第七十八話 女三人寄ればかしましい
「このひと、欲しい!」
シンデレラの銃声が消えたばかりの試験場で、今度は妙な宣言が響き渡った。標的の確認に向かっていた職員まで足を止め、袖を引っ張られたヨナスは返事に困っている。当のディートヒルトは、自分の言葉がおかしいとは思っていないらしい。
「……俺のことか?」
「そう! シンデレラを使えたんだから、ほかにもいっぱい試してほしいの! ねえ、わたしのところに来て!」
言い終わるなり俺の腕にしがみついてきた。小柄な身体が装甲にぶつかっても気にせず、青紫色の瞳を期待でいっぱいにしている。相手が人間かどうかより、研究に付き合ってくれるかの方がよほど大事なのだろう。
「俺は売り物じゃないぞ。ミレイユの護衛で来ているんだ。仕事を放り出すわけにもいかない」
「じゃあ、お仕事が終わったら?」
「王国に帰る。ここに住み込む予定はないな」
「ええーっ! せっかく見つけたのにぃ!」
ますます腕を抱え込まれてしまった。研究の仕組みを説明していたときは年齢を忘れるほど頼もしかったのに、欲しいものを前にした今の姿はずいぶん幼い。とはいえ、扱い手が見つからなかった自信作を、目の前で四発も撃ってみせられたのだ。興奮する理由はわからなくもなかった。
「主任、ルクスさんにもご都合があります。腕を離して差し上げてください」
聞き慣れた調子で取りなすヨナスを見るに、こういう苦労には慣れているらしい。俺としても彼女の技術には興味があるが、この勢いで了承すれば帰国するまで試験場から出してもらえなくなりそうだ。
「気に入られたわねぇ。ここで面倒を見てもらったら?」
「他人事だと思ってるな。お前まで研究材料にされるぞ」
助ける気のないセラスへ言い返していると、ミレイユから声がかかった。
「ルクスさん、セラスさん。少々お話ししてもよろしいでしょうか」
護衛の依頼人から用件があるなら、まずそちらが優先だ。ディートヒルトには待ってもらい、ヨナスに相手を頼む。彼女は不満そうだったものの、すぐに試射の記録について助手に尋ね始めた。
「どうした、ミレイユ」
「グライゼンに滞在する間、護衛に差し支えない範囲でディートヒルト嬢の研究にお付き合いいただけませんか」
護衛の仕事を増やすならともかく、開発局に時間を割いてほしいとは意外だった。だが、答えを急ぐより理由を聞いた方がよさそうだ。彼女の表情には、さっきの騒ぎに押された様子がない。
「アルフォンス様は精密工具や金属部品などを扱う商人です。魔導技術開発局の現場を率いるディートヒルト嬢と知己であることには、大きな意味がございます」
「信用を得る手札になるわけか」
「はい。もちろん知己があるだけで取引が有利になるとは限りません。それでも、信頼を得る材料にはなります」
帝国での取引は、ミレイユにとって新しい商機になる。相手がこちらの商会をどう評価するかも定まっていない段階なら、信用を得るきっかけは一つでも多い方がいい。彼女が目をつけたのは、まさにその部分なのだろう。
「でも、その子に商談を取り持ってもらうつもりじゃないわよね?」
「ええ、セラスさん。口利きも機密情報も求めません。こちらが協力できることを通じてご縁を大切にしたいのです。日程はわたくしが調整いたします」
自分の商売に役立つからこそ、相手を便利に使うような真似はしない。そういう判断ができるところは、護衛を請け負ったときから信用している。
「護衛が優先でいいなら、俺は構わない」
「もちろんです。ルクスさんをディートヒルト嬢に差し上げるつもりはございませんから」
「アタシも異存はないわ。本人が約束を守れるならね」
その指摘には同感だった。研究への熱意と、人の都合を考えることは別らしい。とはいえ、シンデレラには何度も助けられてきた。その開発者が困っているなら、できる範囲で力を貸すのも悪くない。
「ルクス! どうするの?」
「仕事の合間なら付き合えるぞ」
「ほんと!? やったぁ!」
「ただし、試す内容は事前に説明しろ。俺の鎧や装備を勝手に調べたり分解したりするな。予定もヨナスたちと相談だ」
「うんっ! わかった!」
返事が早すぎて少々不安になる。案の定、ヨナスからは試験計画と安全確認、それに施設を管理するエミールの承認が必要だと念を押された。研究の腕は疑っていないが、こういうときに彼女を止めてくれる者がいるのはありがたい。
「明日も来てくれる? もっと話したい!」
「予定が合えばな。仲間も連れてくる」
「お友達!? 会いたい!」
ミレイユとヨナスが翌日の予定を相談し始めても、ディートヒルトは新しい友達の話ばかり聞きたがった。顔合わせに続いて、屋外試験場で俺の戦い方を見せる段取りも組むらしい。さっきの試射だけでは、まだ興味が尽きないということか。
◇
翌日、約束の時間に研究棟を訪れると、廊下の奥から金属を削る乾いた音が聞こえてきた。工房の扉が開くたびに熱気が流れ、図面筒を抱えた職員が行き交う。昨日は騒ぎに気を取られていたが、ここではいくつもの研究が並行して進んでいるようだ。
今日はエマとサクヤも一緒だった。ディートヒルトのことは説明してあるものの、実際に会うのはこれが初めてだ。ミレイユも挨拶と日程確認を兼ねて同行しており、屋外での実証まで見届ける予定になっていた。
「昨日のお話だと、個性的な方なんですよね。うまくお話しできるでしょうか」
「気負うな。気取った奴じゃない」
「ルクスぅ! 来たぁ!」
そこへ研究室から、聞き覚えのある声が飛んできた。額のゴーグルがずり落ちるのも構わず駆け寄ってきたディートヒルトは、昨日と同じように俺の腕へ飛びついてくる。
「急ぐな。逃げたりしないぞ」
俺としては昨日の続きでしかない。だが、隣でそれを目撃したサクヤには、そう受け取れなかったらしい。
「ちょっと待って! 目離してるうちに新しい女の子がくっついてんだけど!」
「昨日話した相手だぞ?」
「浮気!? ルクスさん、浮気なの!? 黒騎士、オマエどういう了見だこのヤロウ! 私みたいな美女に言い寄られてんのに他の女か! あ"ぁん!?」
「落ち着け。そもそも浮気ってのは――」
「えっ!? サクヤさん、ルクスさんのこと好きなんですか!?」
意外なところから声が上がった。ディートヒルトの登場より、サクヤの発言に驚いたらしい。そういえば、サクヤが俺に告白したことをエマへ話した覚えはない。それでも、普段の言動から気づいているものと思っていたのだが。
「そうだけど!? 好きだけど!? って、エマ、今そこに驚く!?」
「だ、だって初めて聞きました! ヒロインとか言ってたの、そういう意味だったんですか!?」
「他にどういう意味があるの!?」
あのヒロイン宣言を、物語に憧れた冗談くらいに受け取っていたのか。エマらしいといえばそうだが、サクヤからすれば自分なりに伝えていたつもりだったのだろう。思わぬところで話がこじれた。
「えっ? サクヤってルクスの恋人なんだ?」
「……へっ?」
「だって、浮気って言ったよね? 恋人だから怒ってるんじゃないの?」
今度は直球すぎるほどの素朴な疑問が飛んできた。さっきまで威勢のよかったサクヤも、この質問には頬まで赤くして口ごもる。自分から浮気と騒いでおきながら、肝心の関係についてはまだ答えに窮するらしい。
「い、いや、恋人っていうか……まだ、そういうわけじゃないんだけど……」
「サクヤから気持ちは聞いてるが、まだ恋人同士じゃない。浮気と言われても困るぞ」
「告白したことまで言わなくてもいいでしょ!」
「お前が騒ぐからだ。誤解されたままじゃ困る」
セラスは助け舟を出すどころか、やり取りをすっかり楽しんでいる。まあ、下手に茶々を入れられるよりはましだろう。それにディートヒルトの方には、相手を困らせている自覚がまるでない。
「なんだ、恋人じゃないんだ! わたしもルクスが大好きだよ! 友達として!」
「……ああ、そっちの好きね」
「シンデレラを使ってくれたんだもん! もっと一緒に話したいの!」
研究への興味だけでなく、純粋に友達ができたことが嬉しいのだろう。俺の腕を離そうとしないのも、その延長に見えた。ようやくサクヤにも伝わったらしく、尖っていた声が和らぐ。
「そっか。それならいいけど……もうちょっと離れてもよくない?」
「どうして? 友達でしょ?」
「じゃあサクヤも友達になろ! わたし、ディートヒルト!」
「話が飛んだ! ……私はサクヤ。よろしくね」
勢いに押されつつも、サクヤはもう怒っていなかった。そこへようやくエマが挨拶できる隙が生まれる。
「わたしはエマです。よろしくお願いします、ディートヒルトさん」
「エマもルクスと戦ったんでしょ? 聞いたよ!」
「わたしはお手伝いしただけです。でも、シンデレラには助けられました。造ったなんて、すごいです」
「にっひひ! 頑張って造ったんだよ!」
褒められればすぐ研究の話へ戻る。説明に熱が入りすぎて、額のゴーグルまで落ちそうになっていた。本人は気づいていないようだが、エマには放っておけなかったらしい。
「ディートヒルトさん、ゴーグルが落ちそうですよ。……ルクスさんに新しい武器を試してもらうんですか?」
「ありがと! うん、試してほしいの!」
「そうなんですね。でも、あまり危ないものは渡さないでくださいね」
「えっ、どうして? ルクスなら使えるよ?」
「使えるのはわかっています。でも、ルクスさんはときどき変わった使い方をしますから……」
どうも俺の信用に関わる話になってきた。危険な魔獣を相手にしていれば、普通の戦い方が通用しないこともある。それでも好き好んで無茶をしているつもりはない。
「俺だって考えなしに動いてるわけじゃないぞ」
「大水源でもバルガルドも、大きな魔獣のお腹の中に入ったのは誰でしたっけ?」
「……あれは必要だった。外からじゃ埒が明かなかったんだ」
「そういうことを平気で言うから心配なんです」
あの戦いに限れば、ほかに取れる手が少なかったのも事実だ。ただ、俺が平気でも周囲までそうとは限らない。無事に戻るまでは気が気でなかったのだろうと思うと、これ以上言い返す気にもなれなかった。
「エマはルクスが心配なんだね! わかった、ちゃんとヨナスにも相談するよ!」
「はい。ありがとうございます、ディートヒルトさん」
心配の理由が理解できたらしい。今度は逆に、エマがバルガルドでどんな役目を果たしたのか聞きたがっている。さっきまでの遠慮もどこへやら、エマも自分の知っていることを丁寧に話し始めた。年齢だけならディートヒルトの方が上らしいが、こうしていると世話を焼くエマの方が年上に見える。案外、いい友達になるかもしれない。
「主任、そろそろ移動のお時間です。屋外試験場の準備が整いました」
「あっ、そうだった! ルクス、いよいよだね!」
「そんなに急かすな。まだ何をどう見せるかも決めてないだろ」
「今日はルクスが戦うところを見せてくれるんでしょ? シンデレラだけじゃなくて、ルクス自身の戦い方も見たいの!」
確かに、昨日の試射でわかったのはシンデレラを扱えるという一点だ。研究協力を引き受ける以上、こちらがどんな動きをできるか、実際に見てもらう意味はある。もっとも、何でも好きに試していいわけじゃない。
「先走るな。内容と安全確認は向こうでヨナスに聞く。それからだ」
「はーい! 早く行こ!」
「主任、案内は私が!」
期待に弾んだディートヒルトの背中を追い、俺たちも研究棟を出る。外へ続く通路には午後の風が吹き込んでいた。何をどこまで見せるかは向こうで決めるとして、まずはあの好奇心に付き合ってやるとしよう。




