第七十七話 理想を詰め込んだ四発
「……ここでか?」
「違うよ! ちゃんと射撃試験場があるもん! そこで撃ってほしいの!」
ディートヒルトは両手を胸の前で合わせ、こちらの返事を待つ間も爪先を弾ませていた。さっきまで人工物の破損箇所を調べていたとは思えない切り替えの早さだが、彼女にとってはシンデレラも同じくらい気になる研究対象なのだろう。
「主任、人工物の解析はどうなさるおつもりですか? まだ調査の準備も整っていませんし……」
「ちゃんとやる! 絶対頑張るから! お願い、ルクス!」
ヨナスの心配を振り切るように答えると、今度は俺の前へ詰め寄ってきた。額のゴーグルが揺れているのも構わず、身振りを交えながら一気に話し始める。
「わたしね、シンデレラを造ったときから、誰かがちゃんと使ってくれるところを見たかったの! 固定して撃つ試験は何度もやったけど、実際に持って撃てる人がいなかったんだもん! なのにルクスは使えるんでしょ!? お願い、一回でいいから見せて!」
「一回と言っても、残っている弾は四発だぞ。撃ってしまえば、それで最後だ」
「四発もあるじゃない!」
「……そう来たか。俺は少ないと思っていたんだが」
残弾が尽きることより、四回も射撃を見られる方が重要らしい。開発者本人がこれほど期待しているとなると、断るのも気が引ける。
「いいじゃない。あれだけの銃を造った本人が頼んでるんだし、見せてあげたら?」
セラスも面白がっているようで、ディートヒルトと俺を交互に眺めている。
「そうだな。こいつには随分世話になったし、開発者の前で一度くらい撃っておくのも悪くない。ただし、試験場を使わせてもらえるなら、だが」
「じゃあ、撃ってくれるの!?」
「最後の四発、見てもらおう」
「きゃああっ! やったぁ!」
弾けるような歓声とともに銀白色の髪が跳ね上がった。両手を突き上げて何度も跳びはねた挙げ句、今度はヨナスの腕に飛びつき、そのまま扉へ引っ張っていこうとする。
「ヨナス! 早く射撃場に行こう! 準備しなきゃ!」
「主任、まずは施設の使用許可をいただかないと。シンデレラの威力を考えれば、安全設備の確認も必要ですから」
「わかってるってば! だから早くお願い!」
「はい、僕が手配しますので、主任は皆さんとこちらでお待ちください。勝手に試験場へ入ってしまわないでくださいね?」
「むぅ……。わかった!」
返事だけは威勢がいいが、ヨナスが手続きを進めに出ていくと、早くも落ち着かなくなったらしい。作業台の周囲を行ったり来たりしながら、時折シンデレラの刻印を覗き込み、今度は俺を見上げて笑っている。
「そんなに楽しみなのか?」
「当たり前でしょ! わたしのシンデレラが、ちゃんと使われるんだよ!? しかも、ルクスは大きな魔獣をこれで倒したんでしょ? どんなふうに撃つのか、すっごく気になる!」
「期待されすぎると少々やりにくいな。普段どおり撃つだけなんだが」
「その普段どおりが見たいの!」
これには返す言葉もなかった。開発者がこれほど嬉しそうにしているのなら、銃の方も造られた甲斐があったというものだろう。
やがて使用許可が下り、俺たちは研究棟から離れた射撃試験場へ案内された。
分厚い防壁に囲まれた敷地は奥行きがあり、射線の先には巨大な土塁が築かれていた。その手前には試験用の金属標的が据えられ、作業員たちが固定具の状態を確かめている。通常の射撃訓練にも使われるらしいが、今回はシンデレラの威力を考慮して、特に頑丈な標的を用意したそうだ。
観測区画には防護された窓が設けられ、射撃位置を正面から見通せるようになっていた。あれならディートヒルトも、俺がどのように銃を扱うのか確かめられるだろう。
「こちらで試射していただきます。見学の皆様は、あちらの観測区画へお願いいたします」
「ねえねえ、標的の替えも用意してある? 測定器は? あっ、発射の間隔も記録してほしい!」
職員の説明が終わるより早く、ディートヒルトから注文が飛び始めた。普段から彼女と仕事をしているのだろう、相手の職員も特に慌てた様子はなく、必要な準備について手短に確認している。
「標的の交換は可能です。観測記録も残しますので、主任は安全区域から出ないようお願いいたします」
「うんっ! わたし、ちゃんと見てるから!」
「主任、そのお返事を聞いても少々心配なのですが……」
「もうっ、ヨナスは心配しすぎ!」
口を尖らせながらも、防護区画へ移動するよう促されると素直に従った。もっとも、途中で何度も振り返って手を振ってくるあたり、まだ随分と浮かれているらしい。
見学者たちが所定の位置へ移ったところで、俺も射撃位置に立った。
シンデレラを取り出し、残った四発の専用弾を装填する。機関部を確かめ、魔石カートリッジの状態にも問題がないことを確認した。何度も使ってきた銃だけに、重量の掛かり方や構えた際の重心には馴染みがある。それでも普通の兵士では持ち上げることすら出来ないと聞けば、改めてとんでもない代物を造ったものだ。
試射のために整えられた足場は平坦で、標的までの間には射線を遮るものもない。これなら余計なことを考えず、銃の性能を見せられそうだ。
観測窓の向こうでは、ディートヒルトが椅子から身を乗り出していた。ヨナスに注意されて一度は座り直したものの、今度は両手を胸の前で握り合わせ、食い入るようにこちらを見つめている。
準備完了を伝えると、職員たちが最終確認を済ませ、射撃開始の合図が出された。
俺はシンデレラを構え、標的の中央へ照準を合わせた。
引き金を絞ると、轟音が防壁に反響した。銃身を跳ね上げようとする強烈な反動を装甲で受け止め、構えを維持したまま着弾を確かめる。
厚い金属板の中央が抉れ、背後の土塁から大量の土砂が噴き上がった。弾丸は標的を貫通したらしく、固定具まで歪んだ金属板が傾いている。
……試験用として用意されたものだから、もう少し耐えてくれると思ったんだが、流石の威力だ。
観測区画へ視線を向けると、ディートヒルトが両手を突き上げて椅子から跳び上がっていた。防護窓の向こうで何やら大声を上げながら、隣のヨナスを何度も叩いている。本人は喜びを分かち合いたいだけなのだろうが、付き合わされる方は大変そうだ。
施設側の確認が済むまで射撃位置で待機し、損傷した標的が交換されたところで二発目の準備に入る。
今回の試射ではシンデレラの威力だけでなく、実際に腕で保持した状態でどの程度安定して発射できるのかも見たいらしい。観測区画では研究員たちが記録を取りながら何やら話し合っていた。
二発目も狙いどおりに命中し、厚い金属板に大穴を開けた。大きく跳ね上がろうとする銃身を押さえ込みながら姿勢を崩さずに済んだのは、これまでの戦闘で反動への対応に慣れていたからだろう。ドミナスの体内では狙いをつける余裕もなく撃ち込んだが、こうして距離を取った標的を相手にすると、銃本来の扱い方を確かめることができる。
観測区画の方はますます騒がしくなっていた。
三発目を撃ち込んだ頃には、ディートヒルトが立ち上がるたびにヨナスが袖を掴んで引き戻すのがお決まりになっている。今度はセラスまで加わったらしく、防護窓に張りつこうとする彼女を二人掛かりで座らせていた。
せっかく射撃を見せているのだから、もう少し落ち着いて観察してもらいたいところだが、あの様子では難しそうだな。
残った最後の一発を前に、シンデレラの状態を改めて確認した。
銃身にも機関部にも異常はない。激しい戦闘を何度も経験しているにもかかわらず、目立った不具合もなく使い続けられるあたり、開発者が自信作と呼ぶのも頷ける。
ラザームで見つけたときは、こんな大きな鈍器を何に使うのかと首を傾げたものだった。実際には幾度も窮地を救われ、とりわけドミナスとの戦いでは、こいつがなければ随分と厄介なことになっていたはずだ。
手放すのは少々惜しいが、開発者本人に出会えたのなら、最後くらいは良いところを見せておきたい。
銃を構え直し、照準を標的の中央へ重ねる。装甲に掛かる負荷を確かめながら引き金を絞ると、四度目の轟音が試験場を揺らした。
弾丸は狙った場所へ命中し、金属板を大きく抉り取った。衝撃に耐えられなかった固定具の一部が吹き飛び、傾いた標的が支柱を巻き込んで崩れる。土塁から舞い上がった土砂が落ち着く頃には、元の形を保っている部分の方が少なくなっていた。
銃口を下げ、弾倉を確認する。これで残っていた四発はすべて使い切った。
試射の終了を知らせると、施設側で安全確認が始まった。損傷した標的の周囲へ職員たちが集まり、観測記録と実際の破損状況を照らし合わせている。交換用の標的まで用意してもらったが、ここまで壊してしまって大丈夫だっただろうか。
「……あの威力の銃を、こんなに易々と扱えるものなんですね」
確認に来た職員が、シンデレラを見ながら話しかけてきた。
「使い慣れているのもあるだろう。こいつとは、それなりに長い付き合いだからな」
「それにしても、発射のたびにあれだけの反動を受けて、照準がほとんど乱れないとは……。主任があれほど興奮されるのも、今ならわかります」
そう言って観測区画へ視線を向けたので、俺もそちらを確かめてみる。
防護窓の向こうでは、相変わらずディートヒルトが大騒ぎしていた。両手でシンデレラを構える真似をしたかと思えば、その場でぴょんぴょん跳ね、身振りを交えながらヨナスに何かを訴えている。何度も袖を引っ張られている青年には気の毒だが、あれだけ喜んでもらえたなら撃った甲斐もあったというものだ。
安全確認が終わり、シンデレラを携えて観測区画へ戻ると、セラスが迎えてくれた。
「お疲れ様。相変わらず、とんでもない威力ね。試験場の標的って、あんなに簡単に壊れるものなの?」
「さあな。少なくとも、もう少し耐えるつもりで用意されていたんじゃないか? 職員には悪いことをしたな」
「試験で壊れることも想定されているのでしょう。それに、随分と貴重な記録が取れたようですわ」
ミレイユの言うとおり、観測区画では研究員たちが記録を整理していた。破損した標的の状態についても熱心に話し合っており、今の射撃が十分に意味のある試験だったことはわかる。
もっとも、肝心の開発者はというと、先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのように黙り込んでいた。
てっきり試射の感想を早口でまくしたてられるものと思っていたが、ディートヒルトは俺の手元のシンデレラと黒い鎧を交互に眺めている。何か考え込んでいるようにも見えるものの、こちらから声をかけても返事がない。
「どうした? あれだけ楽しみにしていたのに、期待外れだったか?」
「……ルクス」
「ん? 何か気になるところでもあったか?」
ようやく顔を上げたディートヒルトは、しばらく俺を見つめていた。やがて青紫色の瞳を輝かせると、堪えきれなくなったようにその場で高く跳び上がり、隣のヨナスへ飛びついた。
「ヨナスっ! わたし、決めたぁ!」
「えっ? 主任、何をですか?」
両手でヨナスの袖を引っ張りながら、ディートヒルトが俺を指さす。弾けるような笑顔を浮かべたまま、試験場中に響きそうな甲高い声で叫んだ。
「このひと、欲しい!」




