第七十六話 灰被姫の里帰り
「……わたしの、って?」
問いかけた途端、シンデレラを指さしたまま固まっていたディートヒルトが、その場で勢いよく跳び上がった。銀白色の髪が跳ね、甲高い声が解析室に響く。
「そう! そうだよ! シンデレラ! わたしが造ったの!」
「……なるほど。こいつの開発者だったのか」
「うんっ! ねえ、ちょっとそっち向けて! そうそう、そこ! ああっ、やっぱり! この加工も刻印もそのままだぁ!」
言われたとおりに銃身を横へ向けると、刻印を確かめようと作業台の反対側まで回り込んできた。額のゴーグルがずり落ちかけてもお構いなしで、今度は銃口側から覗き込もうとするものだから、危なっかしくて仕方がない。
「ほらヨナス! 見て見て! シンデレラだよ! この銃身も刻印も、造ったときのまんまだぁ!」
「主任、落ち着いてください。ええ、僕も覚えていますよ。あれだけ苦労した銃ですから」
「そうでしょ! これ、わたしが造ったんだから!」
よほど嬉しいらしく、今度はヨナスの腕を両手で掴んで揺さぶり始めた。されるがままになっている青年には悪いが、これだけ特徴的な銃を造った本人なら、見間違える心配もないだろう。
「開発局で造られた銃だったのか」
「でしょでしょ! これはね、わたしが設計した技術実証兵器なの! 銃身も専用弾も、何度も試験して完成させたんだよ! 威力なんてすっごいんだから!」
「そこは身をもって知っている」
「えへへっ! ただね、ちょーっと重くて、反動も強くなっちゃって……」
「ちょっと?」
セラスの片眉が上がる。シンデレラを持ち上げようとした経験のある彼女には、聞き捨てならない表現だったようだ。
「アタシでも、持ち上げることすら出来なかったんだけど?」
「うん。だから試験でも扱える人がなかなか見つからなかったの。固定した状態での試験はうまくいったんだけど、実際に持って撃とうとすると危ないって止められちゃって。せっかく完成したのに、使える人がいなくてさぁ……」
両腕を広げて大げさに肩を落としたかと思えば、すぐに顔を上げてシンデレラへ向き直る。どうやら苦労した記憶より、自分の造った銃を再び目にした喜びの方が勝っているらしい。
「でも、すごく良くできたんだよ! だから、いつか使ってくれる人が見つかると思ってたの!」
「それで保管されていた、というわけか」
「そうなの! 大事にしまっておいたんだよ!」
元気よく頷くディートヒルトの隣で、それまで話を聞いていたヨナスの表情が変わった。
「……主任。少々よろしいでしょうか」
「なあに?」
「シンデレラは、開発局の保管庫に収められているはずではありませんでしたか?」
「うん、そうだよ。だからずっと会ってなかったんだけど……」
そこまで言って、ようやく口が止まった。
俺の手にあるシンデレラからヨナスへ視線を移し、何かを考えるように首を傾げる。もう一度銃を見上げたところで、ようやく気づいたらしい。
「……あれ?」
「ええ。僕も今、同じことを考えていました」
「あれれ!? なんでルクスが持ってるの!?」
「それを確認しなければなりませんね」
咳払いをひとつ挟み、ヨナスの姿勢が改まった。ディートヒルトに振り回されていた先ほどまでとは違い、こちらへ向ける眼差しには慎重さがある。
「ルクス様、失礼ですが、シンデレラをどちらで入手されたのかお聞かせいただけませんか。開発局が管理しているはずの兵器ですので、正式な搬出の記録がないとなりますと……」
「ちょっと待って。その言い方だと、アタシたちが持ち出したみたいに聞こえるんだけど」
隣から割って入ったセラスの声は硬い。ヨナスもまずいと思ったのか、慌てて首を振った。
「い、いえ、そのような意味ではありません。ただ、こちらで管理している兵器ですから、確認を取らないわけにも……」
「俺が盗み出していたなら、わざわざここで正直に見せたりしないだろう。そもそも、こいつが開発局の保管品だったことも今初めて知ったんだが」
「……それは、おっしゃるとおりです。申し訳ありません。先に事情を伺うべきでした」
「いや、保管していた物が見知らぬ相手の手にあれば、気になるのも当然だ。入手した経緯なら説明できる」
事情を聞けるとわかって多少は安心したのか、ヨナスは手近な記録用紙を取り上げた。ディートヒルトまで珍しく口を閉ざしているが、シンデレラから離れるつもりはないらしい。銃身に刻まれた文字を眺めながら、俺たちの話に耳を傾けている。
「手に入れたのは王国領の都市、ラザームだ。別件の依頼で禁輸品を扱っていた連中の倉庫に踏み込んだとき、金属製のケースに収められていたのを見つけた」
「禁輸品の倉庫……ですか」
「ああ。銃本体と専用弾、それに魔石のカートリッジが入っていた。厳重に保管されていたから相当な品物だとは思っていたが、どういう経緯で王国まで持ち込まれたのかは知らない」
「その事件でしたら、王国側でも調査が進んでいるはずです。必要であれば、そちらの記録についても問い合わせができるかと存じます」
ミレイユの申し出に頷きながら、ヨナスの筆が紙の上を走る。ラザームという地名を書き留めたところで、幾つか確認を挟み、今度は本部の管理について話し始めた。
「ありがとうございます。まずは開発局本部へ保管記録を照会します。正式な搬出記録がなければ、保管庫そのものの確認も必要ですね。ほかにも所在がわからなくなっている物がないか、調べていただかなければ」
「ほかの子までいなくなってたら大変だもんね……」
ディートヒルトもその点は気になるらしく、銃身から顔を離して口を尖らせた。
「主任、この件はエミール様にも報告させていただきます。よろしいでしょうか?」
「うん、お願い!」
必要事項を書き終えると、近くの職員が呼ばれ、エミールへの報告を託された。保管記録の照会についても、管理部門を通して進めるという。さっきまでの苦労人ぶりからは想像しにくかったが、こういう仕事ではヨナスもなかなか頼りになりそうだ。
「ところで、返却はどうすればいい?」
「返却、ですか?」
「ああ。こいつでなければ切り抜けられない場面もあった良い銃だ。だが、本来あるべき場所が開発局の保管庫だったというなら、戻すつもりだ」
「……良い銃?」
俺の言葉に、それまで大人しくしていたディートヒルトが反応した。銃身へ向けていた顔が、勢いよくこちらへ上がる。
「そうだ。威力は申し分ないし、何度も助けられた。使い手を選ぶのは確かだが、俺は気に入っている」
「ほんと!? ねえ、ほんとにそう思う!?」
「間違いなく、優れた得物だ。世辞で言っているわけじゃない」
「きゃあっ! やったぁ!」
甲高い歓声が上がり、両手を突き上げたまま何度も跳び跳ねる。喜びを誰かと分かち合わずにはいられないらしく、今度は隣のヨナスの袖を掴んで引っ張り始めた。
「聞いた!? ヨナス、聞いたよね!? 良い銃だって! シンデレラが!」
「はい、聞いておりました。主任、嬉しいのはわかりますから、袖を引っ張らないでいただけると……」
「にへへへっ!」
しばらく浮かれた様子だったが、やがてシンデレラの刻印へ顔を寄せ、満足そうに眺め始めた。よほど思い入れのある作品なのだろう。ヨナスもそれ以上は何も言わず、乱れた袖を直している。
「正式な返却については、記録の確認が済んでからご相談させてください」
「わかった。それまでは俺が預かっておこう。ただ、ひとつ伝えておくことがある」
シンデレラを作業台に置き、多次元ポシェットから残っていた専用弾を取り出す。一本が指よりも太く長く、小さな杭を思わせる銃弾だ。四発を銃の傍らへ並べると、ヨナスが記録用紙へ視線を落とした。
「こいつ自体は返却できるが、弾はあとこれしかない。使った分までは戻せないからな」
「四発ですか……」
「何度も戦いで使っているから、残りはこれだけだ」
「いえ、それは仕方のないことです。実際に使用されていたのでしたら、弾薬が減っているのも当然で――」
「ねえねえ、ルクス!」
話の途中だというのに、今度はディートヒルトの方から声が飛んできた。指さしているのは銃弾ではなく、俺の右手らしい。
「さっきから気になってたんだけど、それ、片手で持ってたよね?」
「ん? ああ」
「重くないの!?」
「重いことは重いが、持てないほどじゃないな。この重さがかえって扱いやすいこともある」
「えええっ!? そんな簡単に持てるものじゃないんだけど!?」
銃の重量を知り尽くしている開発者には、どうにも納得できないようだ。俺の腕からシンデレラへ、また腕へと視線を往復させたかと思えば、作業台を小走りに回り込み、銃の反対側から覗き込んできた。
「しかも、さっきこれで魔獣を撃ったって言ったよね!? 本当に撃てたの!? 何発も!?」
「撃てたから倒せたんだが……」
「すごい! どうやって反動を受けたの!? 腕は!? 肩とか痛くならなかった!? ねえ、どんな構えで撃ったの!?」
「ちょっと待ってくれ。全部いっぺんには答えられないぞ」
「だって、気になるんだもん!」
質問に答える暇もない。シンデレラの弾倉を覗き込んでいたかと思えば、今度は俺の鎧へ顔を近づけ、何か確かめるように視線を走らせている。開発者としては当然の疑問なのだろうが、こちらの返事を待ってくれる気配がない。
「あっ! そういえば!」
「次はなんだ。まだ何かあるのか?」
「さっきの大きな携行魔導砲も、シンデレラも、どこから出したの!? そんな大きな武器、背負ってたらすぐわかるよね?」
「こいつだが」
腰の背面に括り付けたポシェットを示すと、さっきまでの勢いが止まった。小さな袋と作業台のシンデレラを見比べながら、首を傾げている。
「……え?」
「ここに入れている」
「ここ!? このちっちゃい袋に!?」
「すべてこれに収めているからな」
「うそぉ!? ちょっと待って! どういうこと!? 中の空間が広がってるの!? それとも別の場所に繋がってる!? えっ、こんな大きなものが何個も入るの!?」
今度はポシェットが研究対象になってしまったらしい。腰を屈めて口の部分を覗き込み、横から眺めたかと思えば、俺の周りを半周して縫い目まで確かめようとする。これだけ興味を持たれると、うっかり中身を出してやるのも考えものだな。
「少しだけ見せて! 中も!」
「待て待て。 中を見せるのはいいが、さっきからの質問もまだ済んでないんだぞ」
「あっ、ごめん! じゃあ、外からだけ! 触ってもいい?」
「主任、お客様の持ち物ですから……」
「だってヨナス! こんなの初めて見るんだよ! 普通の収納魔導具と全然違うんだもん!」
困り果てたヨナスが頭を抱えかけたところで、それまで成り行きを見守っていたミレイユから声が掛かった。
「あの……そもそも管理記録ではなく、こちらのお話が元ではなくて?」
その指先が示すのは、作業台に置かれた人工物だ。
「あっ!」
額に手を当てたかと思えば、跳ねるように作業台へ駆け戻った。あれほど熱心に調べていた物を忘れるとは、ランドルムの発作も相当だったが、こちらもなかなか手強そうだ。
「そうだった! こっちも調べなきゃいけなかったんだ!」
「シンデレラのお話も大切でしょうけれど、総督からのご依頼はこちらですもの。まずは調査の見通しを伺っておきたいのですが」
「うん、そうだね! えっとね、この装置なんだけど……」
手近な探針を取り上げると、それまでの騒がしさが嘘のように破損箇所へ意識を集中させた。先端を外殻の縁に沿わせ、内部を示しながら説明を始める。
「ここから中の導魔路が見えてるでしょ? この配置がちょっと変なの。術式の組み方も普通じゃないし、まずは残ってる魔力の流れを測って、それから内部を調べたいんだけど……」
「すぐにはわからないか?」
「うーん、難しいかなぁ。壊れてるところもあるし、無理に開けたら中の仕組みまで駄目にしちゃうかもしれないもん。何日かかるかも、今はまだわからない」
拡大鏡で破損箇所を確かめ、探針の角度を変えて内部を覗き込む。あれだけ落ち着きなく動き回っていたのに、器具を扱う指先には迷いがない。先ほど廊下で転がっていた人物と同じとは、少々信じがたいほどだ。
「構わない。俺たちも正体がわからないから持ってきたんだ。必要な時間は掛けてくれ」
「うんっ! ちゃんと調べる! あ、あとで戦闘の話、もう一回聞くかもしれないけどいい?」
「わかった、覚えている範囲なら答えよう」
「やった! じゃあ、記録を取って、追加の検査をして……」
そこで言葉が途切れた。
探針を持ったまま動かなくなったので、また何か気になる箇所でも見つけたのかと思ったが、どうも違うらしい。視線の先には、シンデレラと、その傍らに並んだ四発の専用弾があった。
「……ねえ、ルクス」
「急に神妙になったな。今度は何だ?」
「お願いがあるんだけど……」
「聞くだけなら聞こう」
探針を元の位置へ置くと、作業台を回り込んで俺の前へやってきた。両手を胸の前で合わせ、期待に満ちた青紫色の瞳で見上げてくる。
「シンデレラを撃つところ、見せてほしいの!」




