第七十一話 入口を壊される前に出口を壊します
重魔導砲がまた火を噴き、少し遅れて魔獣の群れの奥で爆発が上がった。
狙われているのは、さっきから真っ直ぐ城門へ進んできている二頭の巨獣だ。牛に似た頭には太い角が伸び、盛り上がった肩と分厚い胴は、城壁の上から見下ろしているのに全然小さく見えない。周囲の狼や猪を押し退けながら進む姿を見ているだけでも嫌だったのに、今の砲弾が肩口へまともに入っても、巨体は何歩かよろめいただけで踏ん張ってしまった。
「……うそでしょ。今のでまだ来るの?」
「来ますね。傷は増えてますけど、止まる気はなさそうです」
「いや、そこは見れば分かるんだけどさ。もうちょっとこう……安心できること言ってくれてもよくない?」
エマに無茶を言っている自覚はある。次の砲弾はもう一頭の頭部近くで炸裂し、土煙の中へ巨体を隠したけれど、煙が流れるより先に太い角がその向こうから現れた。血も流れているし、砲撃のたびに足取りだって乱れている。それなのに二頭とも狙いを変えず、城門との距離だけを縮め続けている。
「蛮族の攻城用の魔獣までが、なぜ此処にいる……!」
砲列の近くにいたイルゼは、その一言だけで驚きを切り上げた。
「二番、三番、先頭を狙え! 頭はいい、脚を止めろ! 装填済みから撃て!」
砲声が重なり、一頭の足元が大きく弾けた。さすがに今度は膝をつきかけたけれど、前脚で地面を抉りながら身体を起こし、また城門へ向かい始める。攻城用なんて呼ばれている理由を、わざわざ説明してもらう必要はなさそうだった。
「ねえエマ。あれ、ほんとに魔獣だよね?」
「多分、そうだと思います」
「もう少し迷ってくれてもいいんだよ?」
「でも、牛っぽいですし」
「大きさの話してるの!」
そんなことを言っている間にも二頭は城壁へ近づき、砲撃の間隔がだんだん開いていった。装填を終えた砲兵たちは撃ちたくても撃てないらしく、砲身だけを城門際へ向けている。そこまで見てから、ようやく理由に気づいた。
「……あ、もう下を狙えないんだ」
「あそこまで壁際に入られると、砲身が下がりきらないんだと思います」
城門のすぐ近くまで入り込まれてしまえば、どれだけ威力のある砲でも狙えない。砲兵が悪いわけでも、砲そのものが役に立たないわけでもなく、単純に位置が悪すぎる。
だったら、撃てる場所まで出てきてもらえばいい。
「エマ。あれ、一頭だけ引っ張り出せないかな」
「……どうやってですか?」
「私たちが下に降りて、追いかけてもらう」
エマはすぐには返事をせず、城門へ身体を押しつけようとしている巨獣と、そこから砲撃できる場所までの距離を見比べた。嫌そうというより、本当にできるか考えている顔だったので、私もふざけるのをやめる。
「私たちだけで仕留めるって考えはナシ。あの化物二人組じゃないんだから」
「生き残るのが最優先ですね」
「だから失敗したらソッコーで逃げよ」
「そこを守るなら、やれます」
「そこを守るならって、私そんな信用ない?」
「もう一回だけって言いそうなので」
「……今日は言わないようにする」
そこまで決めたら、あとは撃つ側にも話を通しておかないと始まらない。イルゼのところへ走って作戦を伝えると、案の定ものすごく嫌な顔をされたけれど、危ないから駄目と止めるより先に城外を見ていた。
「イルゼさん! 一頭、砲撃できるところまで引っ張る!」
「方法は!」
「私たちが下に降りて追わせる! 射線に入ったら、私たちが近くても撃って!」
「そんな無謀があるか! 防御はどうする!」
「わたしがやります!」
エマが答えると、イルゼは一度だけこちらを見てから迷いを捨てた。
「了解した。お前たちは誘導だけに集中しろ。射線へ出たらこちらで落とす。無理に留めるな、危ないと思ったら即座に離脱しろ!」
「それはまるっと承知の上だよ!」
「合図は!」
「私が『今』って叫ぶ!」
「それでいい。重砲全門、射撃待機! 目標は先頭の大型! 合図を確認するまで撃つな!」
砲兵たちが短く応じ、すぐに照準と装填の確認へ戻る。話が決まるまでが早すぎて、こっちまで勢いで飛び降りそうになったところで、急に別のことが気になった。
「ねえ、これってルクスさんに叱られるかな」
「ルクスさんが無茶する側なんだから、叱れないんじゃないですか?」
「だよね。あの人にだけは絶対言われたくないよね」
「多分、わたし達もルクスさんに毒されてるんですよ。普通はこんな作戦やりませんよ」
「……それは否定できないかも」
「でも、心配はすると思いますけど」
「……それはするか」
帰ったあとにどんな顔をされるか想像すると、ちょっとだけ気まずい。けれど、帰ってから考えればいい話でもある。
「じゃあ、ちゃんと帰ってから文句聞こっか」
「そうしましょう。言う側になるかもしれませんけど」
エマが私へ加速をかけ、そのまま自分にも同じ術を使う。足元から身体が軽くなったのを確かめて城壁の縁へ向かうと、近くにいた兵士たちにも私たちのやろうとしていることが伝わっていたらしく、途中からいくつも声が飛んできた。
「絶対生きて帰ってこいよ!」
「射線まで連れてこい! あとはこっちに任せろ!」
「私達がここまでやるんだから、ちゃんと当ててよー!」
「当てる! 早く行け!」
「サクヤさん、それ絶対煽ってますよね?」
「激励だって。外さないって信じてるから言えるの」
「多分、向こうには伝わってません」
エマはそう言いながら、もう城壁の縁に立っている。下までの高さを見てから少しくらい悩んでくれてもいいのに、本人は完全に行く気だった。
「しっかり掴まっててくださいね」
「やっぱりここから飛ぶんだよね?」
「階段を使ってる時間がもったいないです。 ルクスさんとセラスさんなら、そうします」
「合理的すぎるのも困りますなぁ……」
諦めて抱きつくと、そのまま二人で城外へ飛び出した。落下の途中で跳座が発動し、景色が一度切り替わる。次に見えた時には足元へ聖壁が展開されていて、エマはそれを蹴って落下の勢いを逃がしながら、もう一度跳座で距離を詰めた。
私は最後までほとんど抱きついていただけだったけれど、無事に地面へ降りられたなら文句は言わないことにする。
「毎回思うけど、エマの移動って心臓に悪いよね」
「手を離さなければ大丈夫です」
「絶対離さないよ。怖いもん」
「わたしも大事な友達を落としたくないので、お願いします」
「こういう時にキュンってさせるの止めて?」
ちょっと安心したところへ地面を揺らす振動が来て、二人揃って巨獣の方を見た。城壁の上からでも十分大きかったけれど、地上に降りて同じ高さから見ると本当に笑えない。砲撃を何発も食らった傷から血を流しているのに、まだ城門へ身体を押しつけようとしている。
「バカみたいにデカいけど、ゲシュペンストよりはマシかも」
「比較対象がちょっとおかしい気はしますけど、なんとなくわかります」
「でしょ? あれよりはまだ話が分かりそう」
「話は分からないと思います」
「ガチの返しはやめて! そういう意味じゃないよ!」
少なくとも、見ただけでどうにもならないとは思わなかった。問題は、こっちへ興味を持ってくれるかどうかだ。
二人で巨獣の後ろ側へ回り込んでも、相手は城門から目を逸らさない。何発も砲弾を受けてなお目的を変えなかったくらいだから、半端な攻撃では無視される可能性が高い。
「ちょっとやそっとじゃ、こっち向いてくれなさそうだよね」
「でも、いまいちばん無防備な部分がこっち向いてますよ」
「エマって結構エグいとこ突くよね」
言われるまでもなく、私もそこを見ていた。
「……まあ、私も同じこと考えてたんだけど」
どうせ怒らせるなら、中途半端にやる方が危ない。残していた魔力をまとめて術式へ流し、巨獣の尻へ狙いを絞る。
「急急如律令......呪符、雷霆っ!」
落ちた雷光がまともに突き刺さり、巨体が大きく跳ねた。城門へ押しつけていた頭が止まり、尻から煙を上げたまま身体がこちらへ回ってくる。その途中から、隣にいるエマの顔もさっきまでより引きつっていた。
「サ、サクヤさん……」
「うん。これかなり怒ってるよね」
「思ってたより、ずっと怒ってませんか?」
「私も今そう思ってた!」
巨獣が地面を蹴った瞬間、二人ともほとんど同時に走り出した。作戦通りなのに、いざ正面からあの巨体が向かってくると全然嬉しくない。加速のおかげで脚は回るものの、背後から響く蹄の音がちっとも遠ざからなかった。
「エマ! これ速すぎない!?」
「速いです! というか一歩が、長っ……!」
「絶対振り返っちゃダメだからね! 私、見ちゃった! 見なきゃよかった!」
「それ言われたほうも怖いんですけど!?」
さっきまでならエマに冷静に返されていたところなのに、今は向こうも普通に声が上ずっている。その方がこっちとしては変に安心するけれど、振り返ってみれば安心している場合でもなかった。私たちが何歩もかけて稼いだ距離を、巨獣は数歩で削っている。
「ちょっと待って、近い近い! エマ、もうかなり近い! 鼻息みたいなの聞こえてるもん!」
「わたしにも聞こえてますけど、聞こえないフリしてたのに! でも、まだ砲のところまで遠いです!」
土を蹴り飛ばす音がさらに大きくなった。次に振り返った時には、角の先が嫌になるくらい近い。
「エマぁ! もう限界じゃない!?」
「もう無理です、止めます! 聖壁!」
進路を遮るように半透明の障壁が現れ、巨獣の頭がそのまま突っ込んだ。腹にまで響く衝撃と一緒に光の壁いっぱいへ亀裂が走り、エマまで一瞬身体をよろめかせる。それでも突進の勢いは崩れ、こちらには少しだけ距離を稼ぐ余裕ができた。
「エマ最高! カワイイ! 大好き!」
「つ、次は無理ですからね! 今のでかなり持っていかれました!」
「じゃあ絶対もう使わせない!」
「お願いします、本当に!」
さすがに今の声は冗談じゃなかった。私もすぐに封締式を飛ばし、巨体の四肢へ術式を絡ませる。丸ごと縛れるなんて最初から思っていないけれど、足を少しでも鈍らせれば、それだけエマが次の聖壁を使わずに済む。
「ほら、こっちこっち! もう城門なんか忘れていいから!」
「サクヤさん、本当にそれでこっち来ます!?」
「来なかったら雷もう一発!」
「さっき逃げるって言いましたよね!?」
巨獣は封締式を力任せに振りほどくと、また私たちへ頭を下げた。その様子を見届ける余裕もなく二人で走り出し、城壁からの距離を稼いでいく。
私の方も雷帝招来を使ったあとの身体に全力疾走が重なって、かなりきつくなっていた。隣のエマもさっきまでみたいに平然とはしておらず、息を切らしながら何度も砲列と巨獣を見比べている。
「はぁ…はぁっ… もう、ちょっと……です!」
「…そのもうちょっとがぁ…長いっ!」
「喋ってる暇があったら走ってください!」
「エマも喋ってるじゃん!」
そうやって騒いでいる間にも砲口の角度は少しずつ上がり、城壁の上ではイルゼが腕を上げたままこちらを待っている。今度こそ本当にあと少しだと思ったところで、エマがもう一度後ろを確認し、今度はさっきより大きな声を出した。
「サクヤさん、入ります! もう入りますから!」
「ほんと!?」
「はい! 今です!」
私は走ったまま城壁へ向かって叫んだ。
「イルゼさぁぁぁん! 今ぁぁぁっ!」
「対魔障壁!」
エマの術式が私たちを覆う。けれど発動させた本人も余裕があるわけじゃないらしく、私の腕を掴んだまま身を低くしていた。
「目標固定! 全砲――撃て!」
直後、世界中の音がまとめて弾けたみたいな轟音が押し寄せた。最初の砲弾が巨獣の足元を吹き飛ばし、続く着弾が肩や胴へ重なる。接近中に二頭へ分けて撃っていた時とは違い、今度は何門もの砲撃が一頭だけへ集中していた。
巻き上がった土砂と破片が対魔障壁へ叩きつけられ、障壁の向こう側はあっという間に何も見えなくなる。それでも光の壁は崩れず、私とエマを爆風から守り続けていた。
「うわあああっ! 音がすごい! 耳とれちゃうって! やっぱこれ怖いって!」
「近くても撃ってって言ったのサクヤさんですよ!」
「言ったけど、実際ここにいるのと想像するのは別なの!」
「わたしだって今すごく後悔してます!」
「そこまで!?」
「怖いものは怖いです!」
「なんか安心した!」
「何に安心してるんですか! 伏せてください!」
二人ともほとんど地面へ張りつくように身体を低くした。対魔障壁が爆風を受けるたびにエマの腕にも力が入り、私もその身体へしがみつく。砲撃が止むまで障壁の向こうは何も見えず、轟音だけが何度も身体を揺らしてきた。
やがて最後の砲声が遠ざかり、土煙の向こうが少しずつ見えるようになった。さっきまで私たちを追い回していた巨獣は抉れた地面へ横倒しになり、砲撃を何発受けても進んでいた身体を、今度こそ動かさなくなっている。
「……今度こそ、やったよね?」
「た、多分……起きませんよね?」
「そこ私に聞く!?」
「だって、さっきから何回当たっても動いてたじゃないですか!」
「そう言われると急に怖くなるからやめて!」
二人で巨体を警戒したまま見ていると、城壁から追加の砲撃は来なかった。さすがにこれなら大丈夫かと思い始めたところで、別の地響きが城門側から響いた。
残っていたもう一頭が、急に頭を振り回し始めている。さっきまで何をされても城門しか見ていなかったのに、周囲の魔獣を巻き込みながら向きを変え、何かを探すように辺りを見回していた。
「……エマ。あれ、さっきまで城門向いてたよね?」
「向いてました」
「私たち、あっちには何もしてないよね?」
「してません」
「お尻も?」
「焼いてません!」
「そんな全力で答えなくても!」
その時、巨獣の視線がこっちで止まった。
エマと目が合う。今度は二人とも、嫌な予感しかしなかった。
次の瞬間には巨体が地面を蹴り、誘ってもいないのに真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「じゃあなんでぇぇぇっ!?」




