第六十九話 サクヤ・オン・ステージ
バルガルド 城壁上 ◆ サクヤ
城壁を駆ける足は、まだ加速を保っている。砲弾や魔石を抱えて走る兵たちの間を抜けながら眼下へ術符を向けると、狼型魔獣の群れが砲撃で倒れた仲間を踏み越え、黒い波みたいに城壁へ押し寄せていた。
「見渡す限りの敵、敵、敵! ほんっと最悪! でも、これなら散らばっても大体あたるかな」
「最後だけ聞くとすごく不安なんですけど......」
「多分、味方には当てないって! そこは信用してよ!」
「喋れば喋るだけ、不安要素しか増えてません!」
術符へ魔力を通し、先頭へ雷霆を落とす。雷光に貫かれた狼型を避けて後続が流れを乱したところへ火焔を走らせれば、炎を嫌った群れが狭い場所へ押し込まれていく。
「三番砲、照準修正! 密集部へ一射、撃て!」
イルゼの号令から間を置かず重魔導砲が吼え、私が寄せた一帯を爆煙が呑み込んだ。細かく注文されなくても、こっちの意図を勝手に拾って一番おいしいところへ撃ち込んでくれる。
「狐耳の術士、次も術式はそちらに任せる。砲撃はこちらで合わせる!」
「サ・ク・ヤ! 私にはちゃんと名前あるから!」
「聞こえた、意気や良し! サクヤ、任せる!」
「いいよっ! この私が任されてあげましょう!」
砲煙の向こうから、馬より大きな巨大猪型魔獣が長い牙を突き出して飛び出してくる。あれを普通の猪に数えていいかは怪しいけど、勢い任せに走る巨体なら細かく曲がるのは苦手そう。
「そっちは通行止めでーっす!」
進路へ火焔を広げると、先頭が炎を避けようとして後続とぶつかり、そのまま数頭が折り重なった。そこへ砲撃が落ちると城壁から歓声が上がり、「やるじゃねえか、狐耳!」と聞こえてくる。
「だからサクヤだってば! そっちにも術、撃つよ!」
「悪い! サクヤ、次も頼む!」
「今ので覚えたなら許す!」
雷を落とせば兵が押し返し、炎で寄せれば砲弾が飛んでくる。さっきまで名前も知らなかった人たちが私の術を待ち、今ではあちこちからサクヤと呼んでいる。こういうのは悪くない。むしろ、かなり好きだ。この場の主演女優って感じ。
炎から逃れた魔獣が一方向へ固まった時、群れのずっと奥で何か大きな影が動いたように見えた。大型の魔獣なんて他にもいるし、砲煙まで流れているせいで形までは分からない。次の敵が城壁へ押し寄せてきて、気にしている余裕もなく視線を戻した。
とはいえ雷霆と火焔だけで押し寄せる数そのものを止めきるのは難しい。城壁下の兵と敵の位置を見直すと、大きく空いた一帯へ一度だけなら切り札を落とせそうだった。
「格好良いとこ見せて、絶っ対に褒めさせるんだからね」
「やっぱりそこなんですか?」
「敵倒すのが一番! 褒めてもらうのは二番! ……でもルクスさんが華も腕もあるって言ったんだよ? 期待されたら応えたくなるでしょ!」
「それで無茶するのを心配されて、わたしが見張ることになったんですけどね」
エマの返しに詰まりながらも、狙う範囲に味方がいないことを確かめて両手を組む。いつもの術とは違う力を身体の奥から引き上げる感覚は相変わらず好きになれないけど、今は文句を言っている場合じゃない。
「よしっ!……この華麗なるヒロイン様の大技見せたるっ!」
「……鬼歹老海、彼は誰時に大禍来りて、奉る……」
詠唱の途中で頭上の羽音が膨らみ、三、四メートルはありそうな翼を広げた翼竜型魔獣が鉤爪を突き出して降下してきた。
「サクヤさん、そのまま続けてください!」
エマの聖壁が鉤爪を受け止めて、弾き返す。守ってくれるなら、こっちは最後まで通せる。
「――雷帝招来!」
空が白く染まり、幾重もの雷が群れへ突き立った。狼型が焼け、突進中の猪型が硬直したまま転がり、ひとつの波だった敵の一角がまとめて崩れる。しかも焼けた地面には放電が残り、知らずに踏み込んだ後続まで痺れて外側へ押し合い始めた。
雷光が消える寸前、また群れの奥に大きな影が浮かんだ。周りの魔獣より明らかに背が高かった気がしたけど、次の瞬間には土煙と押し寄せる群れに紛れて見えなくなる。
「帯電域への射撃中止! 四番、五番、外縁へ照準変更! 密集部を叩け!」
イルゼは残った雷まで利用して砲撃を切り替えた。逃げ道へ寄った群れへ砲弾が落ちるのを見ていると、やっぱりこの人とは話が早い。
「やっぱあの人、好きかも。即決即断の仕事がデキる女っていう感じ」
「女性騎士なんでしょうか。格好良いですけど......サクヤさん、顔色が――」
エマが言い終える前に胃がひっくり返り、城壁へ手をつく。吐き気と一緒に身体から力が抜けたけど、ルクスさんが調合してくれたエーテルを飲み、強壮薬も二本続けて開けた。
「二本も飲むんですか!? それ絶対身体に悪いですよ!」
「これくらいしないと戻んないの! あとでちゃんと休むから!」
「絶対ですよ。今の、ちゃんと覚えておきますからね。 休まなかったらルクスさんに言いつけますよ」
「そういうとこだけ妙にしっかり覚えるよね?」
雷帝招来はもう無理でも、雷霆と火焔、それに封締式ならまだ使える。砲列へ降下してきた翼竜型の片翼を封締式で縛ると、揚力を失った巨体が回転しながら群れへ墜ちていった。
「飛んでるなら、飛べなくすれば自滅するってワケ!」
城壁からまた名前を呼ばれる。胃の気持ち悪さも指先の痺れも残っているけど、笑って返せるならまだ戦える。
バルガルド 城壁正面 ◆ ルクス
城壁の上で雷が弾けるたび、帝国兵の声が大きくなっていく。紫を帯びた長い黒髪と尾を砲煙の中で翻すサクヤは遠目でも目立ち、今では兵たちまで彼女の術を合図に踏み込んでいた。華があると言ったのはおだて半分だったが、残り半分も間違ってはいなかったらしい。
砲兵へ降下しかけた翼竜型が、城壁へ届く前にまとめて姿勢を崩した。セラスが地上から放った三本の矢は一度高く空へ昇り、それぞれ別の軌道を描いて獲物の上から落ちている。胸や翼の付け根を射抜かれた巨体は空中で横へ弾かれ、矢というより剛槍でも投げ込まれたような勢いで墜ちていった。
「......昔より威力がだいぶ上がってないか? 本当に撃ってるの矢か?」
「これでもまだ完全復調じゃないわよ。 まだまだアタシも成長期ってことよ!」
言い返している間にもセラスの視線は城壁を外れない。足元へ潜り込んだ狼型など相手にするまでもないらしく、噛みついてきた顎を空いた手で掴んで引き裂き、続いた一頭の頭を膝で砕く。そのまま番えた矢は、兵の列へ迫っていた大型四足魔獣の開いた大顎へ吸い込まれ、頭蓋の奥まで貫いて巨体を沈めた。
「神弓の姫巫女の姿か? これが......」
相変わらず、とんでもない女だが、目の前の数は感心していられるほど甘くない。大型四足魔獣の間を狼型や巨大猪型が埋め始め、一体を仕留める間にも別の個体が帝国兵へ食いつこうとする。倒せないわけじゃない。ただ、今の爪剣では同時に拾える範囲が足りなかった。
≪蓄積情報の解析完了。魔導織繊維装甲、第二形態への移行を開始≫
≪武装形態更新――六爪剣、展開≫
左右の手から伸びていた三本ずつの爪剣が形を変え、六本すべてが肩から指先ほどの長さまで伸びていく。硬い剣というより鞭に近い柔らかさがあり、軽く腕を払っただけで先端が予想よりずっと遠くの地面を抉った。
「それ......また形状変わってない? そんなの振り回してアタシごと斬らないでよ!」
「なら近寄るな! 俺だって今日おろしたての新品で、間合いが測りきれてないんだ」
「尚更そんなもん嬉々として振り回すなっつーの!」
否定するより、まずはこいつの癖を掴む方が先だ。群れへ踏み込み、これまでの爪剣と同じ感覚で腕を振るう。
最初の三本が狼型へ届いたところまでは予想通りだった。問題はその後だ。腕を止めても長く伸びた刃は止まらず、遅れて大きくしなった先端がさらに奥まで走っていく。狼型の向こうを駆けていた巨大猪型まで脚を裂かれ、勢いを失って地面へ転がった。
「おおっと……思ったより伸びるな、これ」
「アタシがいる範囲で試さないでよ! だから危ないって言ってんでしょうが!」
セラスの声を聞きながら、今度はさっきより腕の振りを抑える。六本の刃はただ長くなったわけではないらしい。手元に近い部分と先端では動きに僅かなずれがあり、腕を返せば、一度外へ膨らんだ刃が別の軌道を描いて戻ってくる。
そこへ狼型が何体も飛び込んできた。
今度は避けず、返ってくる刃の軌道へまとめて入れる。飛びかかった身体が空中で裂かれ、その向こうから突っ込んできた巨大猪型には残る三本を低く回した。脚を断たれた巨体が地面へ滑り込み、後続まで巻き込んで倒れる。
これまでの爪剣みたいに、斬りたい相手へ一本ずつ当てる必要はない。
腕を振った先から六本がそれぞれ違う軌道へ広がり、返す動きまで攻撃になる。身体の向きを変えて一体ずつ拾っていた頃とは、間合いの考え方そのものが違う。
感覚を確かめるようにもう一度踏み込むと、今度は大型四足魔獣が厚い肩を押しつけてきた。真正面から受ける代わりに、その巨体をかすめるよう腕を振る。最初の刃が首筋を裂き、遅れて回り込んだ二本が前脚へ食い込む。崩れた身体の向こうから狼型が飛び込んできても、返した腕についてきた残りの刃がそのまま薙ぎ払った。
まだ最大の間合いまでは読めない。それでも、何のための武装かは見えてきた。一体を斬るためじゃない。押し寄せてくる群れそのものを、まとめて削るための刃だ。
その穴を見た槍兵が勢いよく前へ詰め始めたが、六爪剣のしなる先端はまだ完全に把握しきれていない。味方を気にして振りを狭めれば、この武装を使う意味そのものが薄れる。
「セラス! 槍兵が前に出ては俺の剣の邪魔になる。下がらせろ!」
「はいはい! だから危ないって言ったでしょうが!」
セラスから近くの兵へ声が飛び、前へ出ようとしていた槍列が六爪剣の間合いから離れていく。代わりに抜けてきた魔獣だけを槍で止める形へ切り替われば、こちらも遠慮する必要はなくなる。
腕を大きく振るほど六本の刃は広く走り、人間だった頃なら死角になった角度まで敵を拾っていく。狼型を薙いだ軌道が巨大猪型の胴を裂き、返る刃が大型四足魔獣の首筋へ食い込む。俺が群れの塊を崩し、間合いから漏れた敵を槍兵が受け、さらにその向こうへ魔導砲が撃ち込む形ができると、城壁へ食いついていた敵の波は少しずつ遠ざかり始めた。
それでも、妙に崩れない。
これだけ押し返されれば、普通の魔獣ならもっと散る。ところが一度ばらけた魔獣が、間を置かず別の場所でまた群れを作っていた。恐慌を起こした個体が勝手に走っているというより、崩れた穴をどこかから埋め直されているように見える。
「違和感が拭えん。 さっきから、崩した割には綺麗に戻ってこないか?」
「……言われてみればね。種類まで違うのに、固まり直す場所が同じだわ」
意識して眺めてみると、従来の挙動との違いが見えてきた。
逃げるだけなら爆発から離れれば済むはずなのに、離れた場所の魔獣まで途中で流れを曲げ、結果として別の群れへ合流している。
さらに砲撃が落ちる。その直後にも同じような流れが生まれたところで、偶然だけでは説明しづらくなった。
「誰かが追い立ててるにしても、随分と器用だな」
「人影は見えないわよ。あれだけの数に合図出してる奴がいるなら、とっくに目立ってるでしょ」
「なら人を探すのは後だ。魔獣の中に妙な動きをしてる奴がいないか見てくれ」
六爪剣で押し寄せる群れを削りながら、俺も前線そのものではなく、そのさらに奥へ意識を向けた。多くの魔獣は城壁へ向かって押し寄せている。その中で、戦いに加わらず別の動きをしているものを探す。
「……ルクス。あれ」
しばらくして、セラスの声が変わった。
「群れの奥。でかいのがいる」
視線を追った先で、土煙の向こうから長い尾を引く二足の白灰色の姿があった。最初は近くにいるせいで大きく見えているのかと思ったが、周囲の魔獣と並ぶと明らかに違う。十メートルはありそうな巨体だった。
他の魔獣が城壁へ押し寄せる中、そいつだけは前へ出ようとせず、群れの後方を横切るように移動している。戦っているわけでも、砲撃から逃げているようにも見えない。
「さっきから、あそこにいたか?」
「多分ね。何度か見えてた気はするけど、デカい奴なんて他にもいるから気にしてなかったわ」
白灰色の巨獣がゆっくりと位置を変える。その少し後から、近くにいた狼型の流れが曲がり、巨大猪型も同じ方角へ寄り始めた。
まだ、それだけなら偶然で済む。
目の前の敵を六爪剣で退けながら待っていると、巨獣が再び群れの中を移動した。今度は離れた大型四足魔獣まで向きを変え、上空の翼竜型も旋回位置をずらす。ばらばらに動いていたはずの異種が、あの一頭の動いた後から同じ流れへ収束していた。
「……今度は分かりやすかったわね」
「ああ。あいつが動いた後に群れが動いてる」
もう少し見ようと巨体へ意識を絞ったところで、肩から背にかけての鱗に妙な膨らみがあるのにも気づいた。生まれつきの瘤というより、肉の内側へ何か硬いものを押し込まれたような形をしている。
あれが何なのかまでは分からない。それでも、ここまでの動きが偶然とは考えにくかった。
「……あいつが指揮役だ。あいつが、この群れを誘導してる」




