第六十四話 Welcome back to the conspiracy parade
結局、「なんでも聞いてくれ」と言ったのが間違いだったのかもしれない。
昨夜はあれから、エマとサクヤに左右から交互に質問を浴びせられた。エマから飛んでくるのは、サクヤとはいつ知り合ったのか、自分が神秘院にいた間に何があったのか、古戦場では何をしていたのか。そこへサクヤが四百年前の仲間や昔の暮らしについて割り込んでくるものだから、一つ答えるたびに二つ三つと次が増えていった。
中でも面倒だったのが、途中で何を思ったのかサクヤが放った質問だった。
「昔好きだった女って、どんな人だったの?」
「兎耳で、前髪で片目が隠れてたな。器量のいい娘だった」
聞かれたから答えただけなのに、琥珀色の瞳が見る間に険しくなった。
「……器量のいい?」
「そうだが」
「なんでそこまで言うの?」
「どんな女だったか聞いただろ」
「聞いたけど! じゃあ私とどっちが可愛い?」
「お前だな」
一瞬だけ機嫌が直った。耳の先まで分かりやすい。
「……じゃあ、綺麗なのは?」
「…………」
「なんで今黙ったの!?」
「いや――」
「私の方が綺麗って言えば終わるじゃん!」
「それもう答えを指定してるだろ!」
肩当てを掴んで揺さぶられながら抗議していると、蛇の沈んだ酒瓶を抱えていたセラスが呆れたように口を挟んだ。
「アンタ、一人目でそんなに詰め寄ってたら、他の聞いてるうちに日付跨ぐわよ」
「……他にもいるの?」
セラスの指が一本折れた。
「最初があの子でしょ。それから……ああ、そうそう」
二本、三本。途中で「こっちが先だったかしら」と呟きながら片手を使い切り、そのまま何事もなかったようにもう片方へ移る。
「ちょっと待って! なんでまだ増えるの!? 何人いたの!? ルクスさん!?」
そこから先は、ほとんどサクヤ一人で騒いでいた。
なんでも聞けと言った手前、途中で逃げることもできず、帝国行きの依頼を話せた頃にはずいぶん夜も深くなっていた。三人とも同行することにはなったが、今度から「なんでも」などと軽々しく口にするのはやめておこうと思う。
そんな昨夜の疲れなど俺には関係ないが、三人が起き出すまで帝国行きの準備をどう進めるか考えていたところで、玄関の扉が叩かれた。
訪ねてきたのは第二騎士団の騎士だった。
「ルクス・ウェイン殿ですね。ガダン団長がお呼びです」
「俺を?」
「はい。お一人で来ていただきたい、と」
用件を尋ねても、若い騎士は本当に何も知らされていないらしい。呼び出した本人に聞く方が早そうだった。
屋敷を出て第二騎士団の詰所へ向かう。王都の通りはすでに人で満ち、荷車の車輪が石畳を鳴らし、その隙間を商人や職人が忙しなく行き交っていた。その賑わいを抜けて騎士団の建物へ入ると、待たされることもなく奥へ通された。
案内された執務室には、ガダンしかいなかった。
普段なら書記か副官の一人くらいはいそうなものだが、今日は壁際の椅子まで空いている。机の上だけが妙に賑やかで、何束もの書類と薄い冊子が積み上がっていた。
「来たか。そこ閉めてくれ」
扉を閉じて向き直る。
「随分と物々しいな」
「人払いまでして呼んだんだ。楽しい話じゃないくらい察してくれ」
「先日まで魔獣と遊んでた身としては、座って話せるだけ十分楽だぞ」
「お前の基準で話すな」
勧められた椅子へ腰を下ろすと、一番上にあった紙束がこちらへ滑ってきた。
「ラザームで押さえた証拠。あれの調査が少し進んだ」
ようやくか。
夜秤会のギルスが最後まで手元に残そうとしていた資料だ。王都へ戻ってからガダンに預け、こちらで調べてもらっていた。
「何が出た?」
「色々だ。色々出すぎて頭が痛い」
指先が紙面の一箇所を軽く叩く。
「その中でも、今一番面倒なのがこいつだ。グレイフィールド伯爵」
「伯爵か」
「ああ。それも名前が一度書いてありました、で済む話じゃない。金の記録を追っても、物の受け渡しを追っても、何度かこいつの周りへ戻ってくる」
差し出された紙へ目を落とす。数字と名前が細かく並び、ところどころに印が付けられていた。
俺には現代の伯爵家がどれだけ金を動かすものなのか判断できない。その辺りはガダンたちの方がよほど詳しい。
「伯爵なら金を持っててもおかしくないんじゃないか?」
「もちろんだ。貴族が金持ちだから怪しい、なんて捜査してたら王都中が容疑者になる」
苦笑しかけた口元が、すぐに元へ戻った。
「問題は規模だ。グレイフィールド家の立場や持ってるものから考えて、動いてる金が妙にでかい。しかも溜め込んでる様子でもない。入った金が別の場所へ流れて、また別の名義を通って消える。いくつかは夜秤会の記録とも噛み合った」
「ずいぶん働き者の金だな」
「冗談にしたいところだがな」
椅子が小さく軋む。深く背を預けたガダンは、机に広がった資料を嫌そうに眺めた。
「自分の懐を肥やしてるだけなら、もう少し楽だった。捕まえて吐かせればいい。ところが、どうもこいつは金を使って何かを回してるように見える」
「伯爵が一番上とは限らない、と?」
「今のところはな。もちろん、本人が全部仕切ってる可能性も捨てちゃいない。だからこそ下手に踏み込めん」
伯爵ともなれば、関わる人間も少なくはないだろう。商人、官僚、他の貴族。その全てが共犯とは限らないし、逆にどこまでが同じ穴に繋がっているかも分からない。
「国王は報告が上がってこないと怒ってたんだろ?この情報は上げたのか?」
「いや。まだだ」
返事があまりにあっさりしていて、思わず顔を上げた。
「分かってるよ。俺だって、これが褒められたやり方じゃないくらいな」
机の端を指先で二度叩き、ガダンが眉間を揉む。
「陛下が一番嫌うやり方だってことくらいな。お前の時も、現場からまともに情報が上がらなくて対応が後手後手になった。あの件で散々だったんだ。陛下自身も、知らされないまま手遅れになるのを嫌ってる」
「なら、余計に怒られるんじゃないか?」
「怒られるだろうな」
潔い即答だった。
「だが今回は仕方ない。貴族の名前が出てるんだぞ。どこまで腐ってるか分からん状態で通常の報告を回して、翌朝には屋敷が空、帳簿は灰、関係者は行方不明でしたじゃお話にならん」
「違いない」
「片がついてから頭を下げるさ。まあ、後でお叱りでも受ける」
そう言って肩を竦める様子に、王への反発は欠片もない。怒られるのを承知で黙っているだけらしい。
「一人で抱えてるわけじゃないんだろ?」
「ああ。宰相閣下にだけは通してある」
その名に、机の上へ落としていた視線を戻した。
「信用できるのか?」
「少なくとも、この件を外へ漏らす人じゃない。前に腐敗対策で走り回って、貴族も官僚も片っ端から敵に回した挙句、圧力だの仕事だのを全部抱え込んで潰れた人だ。復職されてな、今度は少しは周りを使ってほしいもんだが……」
ガダンの口元に浮かんだのは、呆れと敬意が半分ずつ混ざったような笑いだった。
「今は宰相閣下の判断で、王国の諜報機関を動かしてる。グレイフィールド本人だけじゃなく、周辺の人間、金の流れ、出入りする商人まで裏を取らせてるところだ」
「そこまでやって何もなければ?」
「俺が伯爵に土下座でもするさ。何かあれば、その時は逃がさない」
その言い方なら、しばらくは任せておいて問題なさそうだ。
ところがガダンは書類を片付けず、もう一束を引き寄せた。
「で、話はもう一つある」
「まだあるのか」
「こっちが、お前を呼んだ理由の半分だ」
開かれた記録には、見覚えのない人名や商会名が並んでいる。その脇に書かれていた国名だけは読めた。
ゼルメト帝国。
「夜秤会が持ってた記録には、帝国方面へ伸びてる取引もある。受取先も仲介も複数だ。今の段階じゃ、グレイフィールドと直接繋がってるとは言えんし、まして帝国そのものが絡んでるなんて話でもない」
「……ちょうど帝国へ行くことになった」
今度はガダンが黙った。
「何?」
「昨日、新しい依頼を受けた。リーディアム商会が帝国の商人と新しく取引を始めるらしくてな。その最初の商談の護衛だ」
「お前な……」
「俺も向こうで調べたいことがある。魔導兵器の流れを追うなら、帝国は一度見ておきたかった」
額へ手を当てたガダンから、深いため息が落ちた。
「そういやお前、前に陰謀だの根回しだのは腹いっぱいだ、みたいなこと言ってなかったか?」
「最近は十分暴れたからな。陰謀絡みの遊びもしたいんだ」
「伯爵が絡んでる話を遊び扱いするな」
「持ってきたのはお前だろ」
「言わなきゃよかった気がしてきたぞ」
そう言いながらも、書類を引っ込める気はないらしい。
「一応言っとくが、帝国でこいつを調べてこいって依頼するつもりはないからな。こっちはこっちで追う。お前は商会の護衛をやれ」
「分かってる」
「ただし、向こうで同じ名前や妙な取引先にぶつかったら覚えておいてくれ。帰ってきた時に聞く」
「それくらいならな」
「あと、もう一つ」
最後に出されたのは、小さく切り取られた紙だった。
紙の中央には、見覚えのない黒い紋章が刻まれていた。
砕けた日輪。その内側で、六枚の刃を翼のように広げた黒い炎が燃えている。背後には細密な術式紋が幾重にも走っているが、下半分だけは焼け落ちたように線が崩れ、灰を散らしたような点へ変わっていた。
貴族の家紋にしては禍々しい。商会印にしては、あまりにも凝りすぎている。
それでいて、妙に完成された意匠だった。
「これは? 見た限りは真っ当な組織の紋には見えんが」
「分からん。貴族家の紋章でも、こちらで把握してる商会の印でもない。同じものが何箇所かに残ってた。今、諜報機関にも当たらせてる」
紙を持ち上げ、灯りへ傾ける。古い封印術式にも似ている気がしたが、見覚えはない。
「帝国でこれを見つけても、嬉々として飛び込むなよ」
「信用がないな」
「あるから言ってんだ。お前は危ないと分かった方へ自分から寄っていくだろ」
「否定はしない」
「しろよ」
黒い環をもう一度目に焼き付けてから、紙を机へ戻した。
帝国で確かめたかったものは元々いくつもある。デア・トルネードにシンデレラ。どこで作られ、どう流れ、どうして俺の手元まで来たのか。
そこへ今度は、夜秤会の向こう側から伸びてきた一本の糸まで加わった。
「帝国で見るものが、また増えたな」
「だから遊びすぎるなよ」
「善処する」
「その返事をする奴は大抵しないんだよ」
呆れた声を背に、椅子から立ち上がる。
どうやら今回の帝国行きは、ただ商人を送り届けて終わる旅にはならなそうだった。




