第六十二話 痛々しい贈り物
「仕事の話じゃなかったのか」
思わずそう返すと、机を挟んだ向こうから楽しそうな笑い声が返ってきた。さっきまで商談の続きを待っていたはずなのに、いきなり帝国までデートと言われれば、さすがに話が飛びすぎている。
「もちろん、お仕事ですよ。以前から帝国の商会とは一度きちんと商談の席を設ける予定でしたし、今回はそのために私も向こうへ参ります」
「なら、俺は護衛か」
「ええ。それが一番大きな理由です。ただ――以前、ルクスさんが帝国の魔導技術に興味をお持ちだったでしょう?」
興味、という言葉では少し軽い。
山賊の手にあったデア・トルネード。倉庫の奥から出てきたシンデレラ。どちらも手元には来たが、誰が作り、どこから流れ、どうしてあんな場所まで辿り着いたのかは、まだ何ひとつ繋がっていない。
点ばかりが増えている。
魔導技術の本場だという帝国へ直接入れるなら、その流れを探るには悪くない。まして商会の商談に同行するなら、工房だけを見る旅より、人と物がどう動いているかを知る機会も多いはずだ。
「確かに、俺には都合がいい話だな」
「でしょう? 知らない護衛の方へお願いするより、ルクスさんに声を掛けた方がお互いに悪くないお話かと思いまして」
「それなら最初からそう言えばいいだろ。どこからデートが出てきた」
「あら。そこは仕事とは別のお話ですよ?」
こちらの問いを待っていたような声だった。
「私も、ルクスさんと少し長くご一緒してみたかったんです。王都ではお忙しそうでしたし、せっかくなら旅の時間くらい独占しても罰は当たらないでしょう?」
「護衛対象がそういうことを言うと、少し答えに困るな」
「困ってくださるなら、言った甲斐があります」
どうやら最初から、反応を見て楽しむつもりだったらしい。もっとも、依頼そのものに不都合はない。帝国へ行く理由もできるうえ、リーディアム商会にはこれまで何度も世話になっている。
「世話になっているからな。構わない。ただ、今回から四人になる」
「四人?」
「エマが戻ってきてな」
「まあ、エマさんが? お話されてた課程を終えられたんですね」
声が一段高くなったと思った次の瞬間、机の脇へ手が伸びた。何を探しているのかと思えば、取り出されたのは分厚い一冊だった。
硬い表紙に細かな飾りが入り、背にも金の意匠が走っている。詩集と呼ぶには厚すぎるし、冒険者向けの実用書にしては妙に丁寧な作りだ。
なんとなく表紙へ目をやり、題字の最初だけが視界に入った。
黒騎士と――。
その先を読む前に察した。
「……またか」
「今度出る新作なんです」
「待て。新作と言ったか?」
「ええ。あちらにも」
細い指の先を追って、部屋の壁際にある書棚を見る。
さっきまでは商会関係の帳簿や資料だと思って気にも留めていなかったが、一角だけ明らかに様子が違う。以前サクヤが持っていたものとよく似た薄い詩集が何冊か並び、その横には、いま机に置かれているものほどではないにせよ、装丁に手間を掛けた本が数冊収まっていた。
「あんな数になるほどの冒険譚はないはずなんだが……」
俺とエマが一緒に旅をした期間を思い返しても、あの棚を埋めるほどの話があるとは思えない。
逸話というのは、本人の知らないところで繁殖でもしているのか?
「人気がありますから。詩だけでなく、物語として読みたいという方も多いんですよ」
「……出る前のが、すでにここにあるのか」
「今回の出版に携わっているのは私の商会ですから」
額へ手を当てると、金属同士が小さく触れた。
「……そういうことか」
詩や舞台が勝手に増えていると思っていたら、目の前に増やす側の人間までいたらしい。さすがに呻きたくなったが、向こうはまったく気にした様子もなく、新刊を大事そうに机の上へ置き直している。
「エマさんがお戻りになったのでしたら、ぜひサインをいただきたいですね」
「本人にこれを見せるつもりなのか?」
「もちろんです。せっかくご本人にお会いできるんですもの」
「エマがどういう反応をするかは知らないぞ」
「それも楽しみです」
「楽しむところなのか、それは」
返ってきた笑い声を聞きながら、もう一度だけ分厚い本を見る。
内容について考え始めると嫌な予感しかしないが、本そのものは随分と立派だ。そこで、昼間に嬉しそうな顔で詩集の話をしていた狐耳を思い出した。
「その本、一冊欲しいんだが手に入るか?」
「ありますよ。ご自分のお話を読みたい気分になりました?」
「違う。この前、狐耳の娘に会っただろう。サクヤというんだが、あいつがこの類を好きらしくてな」
「あら。ご自分が題材になった本を贈り物ですか。洒落ていて面白いわ」
「……そう聞くと、おかしい気がしてくるな」
自分の活躍を扱った本を、自分から他人へ贈る。
言葉にされてみれば、随分と自意識の強い男みたいじゃないか。
「私は素敵だと思いますよ。しかも出版前でしょう? サクヤさんなら、きっと喜んでくださいます」
「なら、最初の考えでいいか」
「ええ。変に考え直さない方がよろしいかと」
しばらくして用意された一冊は、そのまま渡されたわけではなかった。厚手の紙で丁寧に包まれ、細い紐まで綺麗に掛けられている。店で品物を受け取ったというより、最初から誰かへ贈るために用意されたものに見えた。
「ずいぶん変わるものだな」
「女性への贈り物ですから、そのまま渡すのでは面白くないでしょう」
「中身は同じだろ?」
「そういう問題ではありませんよ。こういうものがあるかどうかで、受け取る側は気持ちが全然違います」
「そこまで違うものなのか」
「全然違います」
迷いなく断言されてしまった。
こういうことなら俺より詳しいだろう。余計な手を加えて台無しにするより、このまま渡した方がいい。
包みを抱えてリーディアム商会を出ると、王都の通りにはまだ多くの灯りが残っていた。酒場から漏れる声、店じまいを始めた露店、夜でも客の途切れない菓子屋。屋敷へ戻るならこのまま進めばいい。
数歩歩いたところで、腕の中の包みが目に入った。
「……と、なれば、あいつ一人だけにとはいかないか」
伏魔殿から無事に帰ってきたのはサクヤだけではない。エマも同じ場所へ入り、同じように大仕事を終えて帰ってきた。サクヤにだけ何かを渡して終わりというのも、どうにも収まりが悪い。
来た道から外れ、まだ明るい商業区へ足を向ける。
ところが、いざ店先に並ぶ品を見始めると、早くも困った。
武具なら用途を見ればいい。道具なら何に使うかを考えればいいし、相手の戦い方がわかっていれば必要なものも絞れる。だが、喜ばせるためだけの品となると、何を基準に選べばいいのかがさっぱりわからない。
菓子、装飾品、小物。目に入るものを順番に眺めても、決め手らしいものは見つからなかった。
「……戦闘に使う武具だの道具だのを考えるより、一際難しいとはな」




