第四十七話 一等級に面倒な狐
仲間だと口にしてから、サクヤとの距離は目に見えて縮んだ。
サクヤは以前からよく喋る方だったが、今はもう遠慮という薄皮を一枚剥いだように、俺とセラスのそばへいる。野営になれば、いつの間にかセラスと同じ毛布へ潜り込んでいるし、移動中には俺の横へ来て、これは何に使う、あの術ならどうする、と話題が尽きない。
依頼の選び方まで、こちらに慣れてきた。
「次、これ面白そうじゃない?」
掲示板から一枚引き抜いたセラスに、俺も横から内容を覗く。
「悪質な取り立ての調査と、必要なら実力行使か。魔物相手じゃないだけ変化はあるな」
「じゃあこれにしましょ」
「ちょっと待って。二人とも決めるの早すぎない?」
サクヤが依頼票を奪うように覗き込む頃には、だいたい決まっている。
最初のうちは討伐依頼を選んでいたが、行って、殴って、倒して、帰る。その繰り返しにもさすがに飽きた。そこからは非合法な娼館を運営していた連中への摘発協力だの、他国へ嫁ぐ貴族令嬢の護衛だの、実績になりそうで面白そうなら種類を選ばなくなった。
「普通、もうちょっと悩まない?」
「悩んだら面白くなるのか?」
「そういう意味じゃない!」
口では文句を言うくせに、サクヤは一度も置いていかれようとはしなかった。
俺とセラスが簡単に役割だけ決めて前へ出れば、その背中へ追いつくように術を差し込んでくる。
いちいち指示を出さなくても噛み合う場面が増え、終わったあとはこちらをちらちら見る。
「今のは上手かったな」
「でしょ? いいよ、もっと褒めて」
褒めれば、疲れていたはずの顔まで目に見えて明るくなる。
こちらが昼だろうが夜だろうが依頼へ出れば、当然のようについてくる。三等級として体力がないわけではないのだろうが、さすがに少し心配になって、一日だけ依頼を入れない日を作った。
俺は溜まった戦利品の売却と細かな清算を済ませるつもりで屋敷を出たのだが、門を出たところでサクヤが待っていた。
「お前、今日は休まなくて大丈夫なのか?」
「なんで?」
「ここしばらく動き回ってただろ。俺も用事が済めば休むから、気にせずサクヤも休んでおけ」
「じゃあ、その用事についてく」
「どうしてそうなるんだ。 休養も重要だろう」
「可愛い私が付き合ってあげるんだから、喜んでよ。 何するの?」
「戦利品の売却と清算だ。面白いものでもないぞ」
それでも帰る気はないらしい。売る物の話をすると、今度は俺より先に歩き始めた。
「それなら最初は西通り。あっちはやめた方がいいよ。珍しい素材でもまとめて安く買おうとするから」
「随分と詳しいんだな」
「王都には長いからね。次は道具屋にも寄るんでしょ? だったらそのまま南に抜けた方が早いよ」
王都の店事情など、俺はまだ表面を撫でた程度しか知らない。こういう時は、長く暮らしている人間の知識には敵わない。
「王都のこういったことには疎いから、付き合ってくれるのは助かる」
「ほらあ。私に任せてくれればいいんだって」
ほんの少し胸を張ったあと、「じゃ、こっち」と先へ行く。
休ませるつもりだったのに、気づけばその日も夕方まで一緒だった。
◇
それから五日後、俺たちは冒険者ギルドの奥にある一室へ呼ばれた。
向かいに座るのは王都ギルドの監査官ノーレン。机には俺たちの依頼記録が重ねられている。
古戦場の調査が終わり、ペイルライダー討伐も正式に確認されたらしい。ラザームでの一件を含め、これまでの実績と推薦を合わせた結果、俺は一等級へ、セラスは二等級へ昇格することになった。
「それから、ルクスさん」
話が一段落したところで、ノーレンが俺へ向き直る。
「一等級ともなれば、所属する国の冒険者ギルドの顔とも言える存在です。他の冒険者の模範ともなります。その点はご留意ください」
「模範か。随分と俺には似合わない言葉を背負わされたな」
「常に品行方正であれ、と申し上げているわけではありません。ただ、一等級の行いは本人だけの評判では済まなくなることがあります」
「なるほど。看板ごと泥を被ることになるわけか。覚えておく」
「アンタ、ほんとに大丈夫?」
セラスが笑いを噛み殺すような声を挟む。
「少なくとも、お前にだけは心配されたくないな」
「失礼ね。アタシ、こう見えて品行方正よ?」
「最高に面白い笑えない冗談だよ」
ノーレンは咳払いを一つして、書類をめくった。
次はサクヤの番だった。
「サクヤさんについては、能力と実績だけで申し上げれば、以前から二等級への昇格水準に達しています」
「……じゃあ」
ぱっと身を乗り出す。
「今回、追加の昇格審査を受けていただきます。指定された依頼を完遂できれば、二等級への昇格を認める予定です」
「それだけ? 私たちなら楽勝だし」
「いえ、お二人は同行できません」
浮かんだばかりの笑顔が、綺麗に止まった。
「……え?」
「ルクスさんとセラスさんは今回の審査対象ではありません。サクヤさんには、他の昇格対象者と臨時のパーティを組んでいただきます」
「二人が一緒じゃなきゃイヤ」
返事が早い。依頼の中身すら聞いていない。
「じゃあ三等級のままでいい」
「アンタ、さっきまであんなに喜んでたじゃない」
「二人も一緒だと思ってたから!」
セラスへ噛みついたあと、サクヤは腕を組んで顔を背ける。だがセラスは少し考え、悪戯を思いついたように目を細めた。
「でもアンタ、そのままだと、そのうちアタシたちと同じ依頼を受けられなくなるんじゃない?」
ぴたり、とサクヤが止まった。
嫌な予感がする。
「……私のこと、捨てるんだ」
「なんでそうなる」
「こんなに懐かせてから捨てるなんて酷い」
セラスが吹き出した。
「浮気された恋人みたいな台詞ね」
「違うし!」
「私がいない間に、きっと新しい人を仲間にして仲良くするんでしょ」
とうとうセラスは腹を抱えて笑い始めた。
「もう駄目……アンタ、面倒くささは一等級ね」
「笑い事じゃないんだけど!」
「今のところ、一番文句なしの一等級だわ」
サクヤは恨めしそうにセラスを睨んだあと、今度は俺へ向き直った。
「いま、めんどくさい女だって顔した」
「顔はわからないだろ」
「はぁって溜め息つくのわかったもん」
「まだついてない」
「これからつくつもりだったでしょ!」
そこまで先回りされると、本当につきたくなってくる。
ノーレンがしばらく黙っていたのは、笑いを堪えていたからではないだろう。手元の記録と目の前のサクヤを見比べるようにしてから、静かに口を開いた。
「サクヤさん。貴女の昇格がこれまで保留されてきたのは、能力不足でも実績不足でもありません」
サクヤの勢いが少し萎む。
「複数の対人問題が記録されているためです。今回確認するのも、戦闘能力ではありません。他の冒険者と臨時に組み、依頼を最後まで成立させられるか。それだけです」
「……分かってるよ」
さっきまでの勢いとは違う、小さな返事だった。
審査の場所は王都の魔術院。その地下にある禁忌書庫、《伏魔殿》
魔術院の地下には、禁術に関する書物や封印指定の魔道具が収められている。漏れ出す魔力の影響で魔獣や魔物が発生し、巡回警備用のゴーレムにも制御を外れたものがいるという。
ただし、それらも侵入者避けにはなる。危険が増えすぎない程度に定期的な間引きを行い、完全には排除していないらしい。
今回の審査は、その間引きと、新たに収蔵される禁術書を中階層の指定書棚へ納めること。
他にも三名の昇格対象者が参加するが、顔合わせは依頼当日。サクヤは最後まで渋い顔をしていたものの、三等級のままでは俺たちと同じ依頼を受けられなくなるかもしれない、という一点が効いたらしい。
最後には、しぶしぶ頷いた。




