↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/94

第四十五話 王都へ帰る。そして狐耳の魔術士を拾う。

 古戦場を離れる頃には、西の空が赤く沈み始めていた。


 戦闘が終わった途端、張り詰めていたものまで切れたらしい。騎乗鹿のところまで戻ると、セラスは大きな欠伸を一つして、荷物から毛布を引っ張り出した。


「もう無理。アタシ寝る」


「寝るって、ここでか?」


「アンタの前なら落ちないでしょ」


 当然のように俺の黒鹿へ跨がり、そのまま背中を預けてくる。数分もしないうちに身体から力が抜け、本当に寝息が混じり始めた。


 仕方なく手綱を取り直す。隣では牝鹿へ一人で乗ったサクヤが、こちらの速度を確かめるように何度も見ていた。耳もこちらへ向いたままだ。


「帰りはゆっくりですよ。ほんとに。絶対ですからね?」


「今日はもう急ぐ理由もないからな」


「……なら、いいですけど」


 声も笑い方も、出会った時のものへ戻っている。一度あれだけ崩れた後では、かえって分かりやすかった。


「無理して戻さなくてもいいぞ」


「何のことでしょう?」


「その喋り方だ」


 一瞬だけ耳が後ろへ倒れた。それでも笑顔は崩さない。随分と使い慣れた顔らしい。


「無理に素を出せと言うつもりもない。お前が楽な方で話せばいい」


 しばらく俺を見ていたサクヤが、やがて頬を膨らませた。


「……そういう言い方、ずるくない?」


「何がだ」


「こっちはちゃんと感じよくしようとしてるのに、好きにすればって言われたら、頑張ってる方がバカみたいじゃん」


 声から甘さが消れた。同時に肩も落ち、さっきまで綺麗に立っていた耳からも力が抜ける。


「……もういい。疲れた」


「そうか」


「それだけ?」


「他に何か必要か?」


「ないけど。ほんと調子狂う」


 一度やめてしまえば、取り繕い続ける方が面倒になったらしい。


「最初くらいちゃんと良い子しようと思ってたんだよ。愛想よくして、余計なこと言わないで、面倒くさいって思われないようにして」


「随分意識してたんだな」


「当たり前でしょ。初対面で『私、面倒くさいです』って自己紹介するバカいないし」


「そう言ってくる奴も面白そうで嫌いじゃないが、それはそうだな」


「そこで納得すんな!」


 反射的に声を荒らげ、それから自分で額を押さえた。


「……ほら、こうなる。すぐムキになるし、言わなくていいことまで言うし。相手が引いてるか気になったら、余計喋るし……」


 尻尾が牝鹿の背に沿って垂れた。声にも、先ほどまでの勢いがない。


「私、その……色々、やっちゃってさ」


 そこで言葉が詰まる。視線が街道の先へ逃げた。何をやったのかまでは続かなかったし、今ここで聞き出す話でもない。


「依頼、一緒に行ってくれる冒険者も……なかなかいないんだよね」


「良い子にして生き残れる稼業じゃないだろう」


「……え?」


 俯いていたサクヤの顔が、ゆっくりこちらへ向いた。

 頬にかかっていた黒髪がわずかにずれ、伏せられていた紫の瞳が俺を捉える。耳も半端に倒れたまま、何を言われたのか確かめるようにじっと動かない。


「あの状況であれだけ声を出せる奴のほうが、俺は良い子より信用できるぞ」


「それ、私がうるさいって意味じゃなくて?」


「うるさくはあった」


「ほらぁ!」


「だが、怖いなら怖い、危ないなら危ないと言う。指示も聞くし、必要な時には術も出す。黙って無理をして、限界で動けなくなる奴より組みやすい」


 サクヤはすぐに言い返しかけたが、僅かに寄っていた眉がほどける。


「……それ、もしかして褒めてる?」


「褒めてるぞ。俺の赤い外套を消し炭にする威力の術に関してもな」


 サクヤは一度俺の顔を見てから、何かに気づいたように肩口へ目を移した。そこに掛かっていたはずの赤い外套は、もう残っていない。


「……あれは、その……全力でって言われたから」


「分かってる。指示を出したのは俺だ」


「じゃあ言い方!」


「威力まで含めて評価してる」


「なんか腹立つ褒め方ぁ……」


 口では不満そうだが、伏せていた耳が少し戻った。けれど、それで全部片付いたわけではないらしい。


「でもさ。そうやって出来るって思われるのも、ちょっと怖いんだよ」


「嫌なのか?」


「嫌じゃないから困るの。任されて、失敗して、やっぱダメだったって顔される方が怖いじゃん」


「任せられないと思ってたら任せてない」


「だからそれが重いんだって!」


 俺にとっては出来ると思ったから任せただけだが、サクヤにとってはそう単純ではないらしい。信用されることが嬉しいからこそ、その先にある失望まで先回りして考えてしまう。


「アタシはいまのほうがよっぽど好きだけどね」


「ひゃっ!?」


 毛布に埋もれていたセラスが、片目だけ開けていた。


「起きてたの!?」


「アンタがうるさいのよ」


「聞かれてたとか最悪……」


「でも実際、怖がってても逃げないし、動きも止まってなかったでしょ。三等級なら上澄み中の上澄みよ」


「……そこまで言われるのも…なんか…」


 サクヤは少し居心地が悪そうに、自分の髪を指先で弄った。


「別に今ので急に評価変えたわけじゃないしね」


「最初から?」


「理由のひとつは、その髪よ」


 毛布の隙間から伸びた指先が、腰まで届く黒髪へ向けられた。


「冒険者やってて、そこまで長い髪を綺麗に揃えてる奴ってあんまりいないのよ。戦えば邪魔になるし、傷むし、下手すればそのまま持ってかれるでしょ」


 言われて初めて意識したように、指先が腰まで届く黒髪へ触れた。少し戸惑った顔で一房を摘まみ上げ、毛先まで目で追う。


「まあ……そうだけど」


「それでも綺麗に維持してるなら、よっぽど能力が高いか――何も出来ないかのどっちか」


「両極端すぎない!?」


「で、アンタは前者だった」


「……最初から見てたんだ」


「そりゃ見るでしょ。一緒に依頼行くんだから」


 セラスにとっては当然のことらしい。だがサクヤはしばらく髪を摘まんだまま黙っていた。褒められたからというより、自分が最初から一緒に動く相手として見られていたことの方が、意外だったのかもしれない。


 やがて、その視線が俺の鎧へ移った。


「そういえばさ。前から思ってたんだけど、黒い鎧でルクスって出来過ぎじゃない?」


「何がだ」


「黒騎士好きで、名前まで合わせてる人なのかなって」


「アンタ、黒騎士好きなの?」


 眠そうなセラスが、また毛布の中から口を挟む。


「……憧れ。子供みたいだけど」


 照れ隠しのつもりなのか、鼻先をそっと掻いた。少しだけ頬を緩めたその仕草は、作った愛想とは違って妙に幼く見えた。


「聖女を守り抜いて、何があっても絶対に離れない人。そういうの、いいなって思うだけ。……まあ、そんな人ほんとにいるわけないけど」


 ついさっきまでの話を聞いた後では、単なる英雄への憧れとも少し違って聞こえた。


「黒騎士も詩や劇の通りじゃないかもしれないぞ。もっと俗物かもしれない」


「黒騎士様はそんなことない!」


 返す声に迷いはなく、それまで緩く伏せていた耳も、その勢いに合わせるようにすっと起き上がった。


「バカにしないで!」


「随分信用されてるな」


「当然でしょ。何度も聴いて観てきたんだから。今さら疑う方が無理だよ」


 本人を前にして言っているとは思ってもいないらしい。


 それからは急ぐこともなく、途中で夜を越し、騎乗鹿を休ませながら王都への街道を辿った。


     ◇


 城壁が見えてきたのは、翌日の陽も傾き始めた頃だった。


「アタシ先に酒場行ってるわ。席取っとくし料理も頼んどくから、報告お願いね」


 城門をくぐったところでセラスと別れ、俺とサクヤはそのまま冒険者ギルドへ向かった。


 受付にデュラハン八体分の魔石を並べ、最後にペイルライダーの巨大な魔石を置く。職員の手がそこで止まった。


「……こちらは現地確認が必要になります。古戦場の状況も含めて調査した後、追加報酬を改めて算定させていただきます」


「わかった、それでいい」


 報告を終えて出口へ向かう。古戦場でのことが片付いたからか、隣を歩くサクヤの足取りは少し軽かった。その横顔にも、帰路の途中から増えてきた素の表情がそのまま残っている。


「聖女ならぬ性女は、黒騎士を捕まえたな」


 背後から、笑いを噛み殺した声が飛んできた。


 その声が耳に届いた瞬間、歩調がわずかに乱れた。耳先が反射的に震えたものの、顔は前を向いたまま――聞こえなかったふりをするように、そのまま足を進めた。


「……ほら、こうなる」


 帰路で散々騒いでいた時とは違う。怒っているわけでも、傷ついたことを訴えるわけでもない。ただ何度も見てきた結果を、俺にも見せるような言い方だった。


 振り返れば何人かと目が合い、すぐに逸らされた。王都へ来てから時折感じていた妙な視線は、やはり俺だけに向けられていたわけではなかったらしい。


「俺の仲間に言いたい事があるのなら、俺が聞いてやる。直接言いに来い」


 ざわめきが少しだけ薄くなったが、立ち上がる者はいない。なら話は終わりだ。


 ギルドを出ると、夕方の街は何事もなかったように人で溢れていた。商店の呼び声と馬車の車輪の音が行き交う中、サクヤは数歩後ろからついてくる。さっきまで隣にいたのに、ギルドを出てからはその距離を詰めようとしなかった。


「……あんなこと言っていいの?」


 小さな声と一緒に足音が早まり、サクヤが俺の隣へ並んだ。


「言って困るような事はなかったと思うが」


「私が何したとか、なんでああ言われてるとか、何も知らないじゃん」


 横を見ると、視線は足元へ落ちている。長い黒髪が頬へかかり、耳も外側へ倒れていた。ギルドで陰口を聞いた時より、俺に問いかけている今の方が落ち着かないように見える。それでも、今度は少しも後ろへ下がらなかった。


「冒険者の過去なんぞロクでもない事ばかりだ。スネに傷どころか、スネが無い奴で溢れてる」


「……なにその変な例え」


 小さく笑ったが、まだこちらは見ない。


「過去はどうでもいい。今お前は仲間だ。その仲間に対しての言葉に言い返しただけだ」


 隣から足音が消えた。


 数歩進んで振り返ると、サクヤはその場に立ったままこちらを見ていた。何か言おうとして唇が動くのに、いつものようには言葉が出てこない。尻尾だけが落ち着かなさそうに一度揺れた。


「……仲間って、ほんとに?」


「間違いなく、そうだ」


 ギルドの中でも言ったばかりだ。帰り道であれだけ話して、それでもまだ確認しないと落ち着かないらしい。その顔を見ていると、確かに少し面倒ではある。


「お前、もしかして結構面倒くさい女だな?」


 一瞬ぽかんとした顔になり、それから眉が寄る。


「……うるさい」


「否定しないのか」


「うるさい! デリカシーない! ほんっとウザい!」


 怒鳴りながら、サクヤは大股でこちらまで追いついてくる。


 そして今度は、俺のすぐ隣まで来ても速度を落とさなかった。


 さっきまで伏せていた耳はもう立っている。尻尾も、足取りに合わせて軽く揺れていた。口ではまだぶつぶつ文句を続けているのに、頬には隠しきれない笑みが浮かんでいる。


 俺が何か言えば、またうるさいと返してくるだろう。


 それでも、もう数歩後ろへ戻ろうとはしなかった。


 そのまま二人で、夕暮れの王都を歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。