第四十四話 五里霧中の騒々狐娘
「……ペイルライダー」
サクヤの声から、それまでの軽さが消えた。
「待って。これ、依頼続行する相手じゃないです。一等級以上に回すやつですから。討伐数はもう足りてますし、帰って報告しましょ。ね?」
その判断は真っ当なのだろう。目の前の巨体は、さっきまで相手にしていたデュラハンとは明らかに格が違う。
だが、俺の目はそいつが片手で提げている黒塗りの大剣にも向いていた。あれだけの大物が使う武器なら、持ち帰って調べる価値もありそうだ。
「大物なら大物であるほど良い。それに、あの剣は持って帰りたい」
「…………剣?」
サクヤの視線が俺から大剣へ移り、また俺へ戻った。
「いや、何で戦利品の話してんの? 私は撤退の話してたんだけど! 私は帰ろうって言いましたぁ! 言いましたからね! はい、帰ろー!」
「こういうのが冒険者の醍醐味よねっ!」
「あれ!? 聞こえてない? ちょっと待って、私いま結構ちゃんとしたこと言ってるよね!?」
「帰りたいなら下がっててもいいわよ」
「やだもうこの人たちぃ! こんな時、黒騎士様なら聖女抱き上げて颯爽と逃げて――……いや、戦うかな。あの人も普通に戦うわ……」
「何の話だ」
「こっちの話! でもルクスさんは黒騎士様の真似してるだけなんだから、そこまで真似しなくていいでしょぉ!」
楽しげなセラスの声と元気に鳴き喚くサクヤを背に、双剣を地面へ突き立てる。代わりにデアちゃんを引き抜き、こちらへ歩き始めたペイルライダーの胸へ照準を合わせた。
≪魔力供給路、強制接続、開始≫ ≪目標捕捉、射線固定≫
砲声が古戦場を震わせる。
弾丸は分厚い胸甲へ真正面から食い込み、装甲を大きく抉り取った。衝撃で巨体がのけぞり、辺りの霧が吹き散らされる。
「ひゃぁっ!? ちょ、それ撃てる武器だったの!?」
「驚くのはあとにしろ。 まだ倒れてない」
「いきなりなんか撃つし、なんなのこの人たちぃ!」
後ろからサクヤの声が飛んだが、答えている暇はない。ペイルライダーはもう上体を戻し、こちらへ踏み込んでくる。二射目を撃つまでには詰められると見切り、デアちゃんを脇へ放って地面へ突き立てた双剣を引き抜いた。
「前に出る。 あとは各々の判断でいいな」
「自由にやれってことね、戦果競争よ!」
「よくない! なんで二人とも『じゃあ次』みたいな感じなの!?」
セラスは軽く返すと、弓を手にしたまま巨体の側面へ駆けていく。斥候だから後ろにいる、という発想は最初からないらしい。
「……え、何? 私が神経質なの? ペイルライダー相手に? そんなことある?」
≪余剰魔力、強制供給開始≫
双剣へ流れ込む魔力が跳ね上がった。右の刃を火炎が舐め、左の刀身から白い氷霜が噴き出す。
ペイルライダーが黒塗りの大剣を振り上げる。速い。重い。まともに受ければ地面ごと叩き潰されかねない一撃だ。だが――これは剣技じゃない。
質量と膂力はあるが、ただ大きく振っているだけだ。軌道が素直すぎる。
二振りを合わせて大剣の刃を受ける。衝撃が腕から全身へ抜け、足元の土が抉れたが、押し切られるほどじゃない。力の向きを横へ逃がして刃を滑らせ、そのまま懐へ踏み込む。
「ひぃん! 受けたぁ!」
「受けられるなら問題ない」
「見てる方にはあるの!」
火炎を纏った刃が胸甲の傷口を焼き切り、返す氷霜の一振りが脇腹を深く裂く。白く凍りついた傷口から軋む音がした。
巨体が身を捻ったところへ、側面から赤い光が伸びる。
セラスが番えた矢は、通常のものとは違って鏃から赤く輝いていた。大きく引き絞った弓から放たれた一射が、大剣を握る腕の関節へ吸い込まれる。
命中と同時に爆発が起こり、炎が関節から噴き上がった。腕そのものが燃え落ち、支えを失った大剣が地面へ轟音を立てて落ちる。
それでもペイルライダーは止まらなかった。残った巨体そのものを武器にして、俺へ体当たりを仕掛けてくる。
「もうヤケクソだからね、効いてよ! 封締式!」
サクヤの声とともに地を這った術式が脚へ絡みつき、突進していた巨体が俺の寸前で片膝をついた。地面が沈むほどの勢いを止めたものの、拘束は長く保たない。術式を軋ませながら強引に脚を動かし、そのまま光の戒めを引き千切った。
「ぬぁー! 早いって! もうちょっと効いてよぉ!」
残った腕が地面へ伸び、落とした大剣を掴み直す。片腕だけで持ち上げられた黒刃が、今度は側面にいるセラスへ振り下ろされた。
セラスは刃の軌道から身体を外し、大剣が地面へ食い込んだ瞬間、その剣身へ片足を乗せる。
「甘いのよねーっと!」
沈んだ黒刃を足場に蹴って宙へ跳び、次に着地した時にはもう大剣の間合いから抜けていた。
胸を抉り、胴を斬り、片腕まで落としている。それでも前へ出てくる姿を見ていると、少し前の戦いが頭をよぎる。
「……なるほど。向こうからはこんな風に見えてたのか」
ラザームで戦った連中も、似たものを見ていたのかもしれない。損傷させても止まらない相手は、思った以上に面倒だ。
なら、まずは動きを潰す。
再び懐へ入り、シンデレラを抜く。片脚へ狙いを絞り、至近距離から三発を立て続けに叩き込んだ。
装甲が弾け、膝周りが大きく崩れる。巨体が傾いたところで銃口を胸へ上げ、すでに傷だらけの胸甲へさらに三発を集中させる。六発目の衝撃で装甲は内側まで抉れ、大きな破孔が開いた。
それでもペイルライダーは、残った脚と腕で身体を起こそうとする。
「やはり痛覚を持たない上に頑丈であれば、これでも動けるか」
「アンタ、それ気持ちよくバンバン撃ってるけど、弾数に限りがあるのわかってんの?」
「なくなったら鈍器にはなるだろ」
「そういう問題じゃないわよ!」
火炎で溶断した箇所も、氷霜で凍らせた関節も可動域はかなり狭まっている。このまま正面から殴り合っていても、いずれは倒せるだろうが、時間はかかりそうだ。
殴って倒して大勝利と行きたいところだが――アレを試すか。
多次元ポシェットへ手を入れ、取り出したのは先ほど討伐したケルビーの水魔石だ。立ち上がろうとするペイルライダーの胸元へ踏み込み、シンデレラで開けた破孔へ魔石を押し込む。
「サクヤ! 全力で雷霆を打ち込め!」
「は!? ヤダ! 呪符付いてないし! 全力じゃほんとに制御できないから!」
「気にするな!」
「気にするわぁ! なんで撃たれる本人が一番気にしてないの!? ルクスさんまだそこいるじゃん!」
「俺なら大丈夫だ!やれ!」
「その自信どっから来るの!? ほんと無理! 気張りすぎて吐きそう!」
「サクヤ!」
「もう知らない! 死なないでよ! あと生きてても怒んないでね!」
切羽詰まった声が返った直後、古戦場を揺らす雷鳴が轟いた。
青白い雷撃が俺ごとペイルライダーを呑み込む。それとほぼ同時に、先ほど間合いから跳び退いていたセラスがサクヤを抱え、そのまま後方へ駆け抜けていくのが視界の端に映った。
雷撃が胸部へ押し込んだ水の魔石まで届く。
直後、内側から弾けるような衝撃が走り、大量の白煙が噴き上がった。
熱い蒸気が一気に周囲へ広がり、ペイルライダーの巨体も、すぐ近くにいた俺自身も白の中へ呑み込まれる。
予想より派手になったな。煙の向こうで巨大な何かが地面へ崩れる音が響いた。
少し待ってから白煙を抜けると、後方にいたサクヤの狐耳がぴんと立つ。
「ぴぇっ……! デュラハン出た!」
「誰がデュラハンだ。首もあるだろう」
「紛らわしい出方しないでよぉ! 今ほんとに心臓止まるかと思った!」
横ではセラスが呆れたようにこちらを見ていた。
「ねぇ、ああいうのって出来れば相談とかさ」
「思いつき十割だ。どの程度になるか俺にも正確にはわかっていなかった」
「それを相談しなさいって言ってるのよ」
「待って。今の思いつきだったの?」
「ああ。損傷を気にも留めない身体、水の魔石、お前の雷霆という条件のパズルを突発で組み立てた」
「…………」
狐耳がふにゃりと前へ倒れた。
「やだ。ほんとにこの人怖い」
「成功しただろ」
「成功すれば何してもいいと思ってる!?」
もっともだが、結果は出た。
倒れたペイルライダーはもう動かない。黒塗りの大剣へ目を向けると、主の身体と同じように表面から崩れ始めていた。
「貰っていこうと思ったんだが、無理か」
そこでふと思い出し、俺はサクヤへ向き直った。
「お前、全力で雷霆を撃ったな」
「……え」
さっきまで騒がしかったサクヤが、ぴたりと黙った。
伏せた狐耳と一緒に肩まで僅かに縮こまる。
「……怒ってる?」
「いや」
「でも、その言い方絶対怒ってるじゃん……」
返すより早く、サクヤが慌てて言葉を重ねた。
「ご、ごめん。でも私、ちゃんと止めたからね? 呪符ないって言ったし、危ないって言ったし……ルクスさんがやれって言ったから、それで……」
だんだん声が小さくなる。
「だって、全力って言われたのに加減して、それで倒せなかったらもっと怒られると思ったし……だからちゃんとやったの。巻き込みたかったわけじゃなくて……ほんとに」
「サクヤ」
「ごめんなさい......ごめん、なさい......」
「まだ何も言ってない」
狐耳と尻尾は完全に伏せきっていた。
「もう一緒に来るなとか言わないでね……? 次はちゃんと――」
「あのデカブツを仕留めきるには、いい威力だった」
「……褒めてる?」
「そうだが」
「だったら最初から褒める感じで言ってよ……」
「俺が撃てと言ったんだ。あそこで加減される方が困る」
まだ不満そうではあるが、伏せていた狐耳は少し戻っていた。
魔石を回収している間に身体の状態も確かめてみる。あれだけ動いた後だというのに、不思議と消耗感が薄い。
「魔力が濃いからか、魔獣との連戦で吸収量が多いのか……身体の調子が良いな」
八体分の魔石に加え、ペイルライダーから残った巨大な魔石も回収する。その大きさを前に、サクヤはしばらく目を離せずにいた。
「すごい……デュラハンだけじゃなくて、ペイルライダーまで倒せちゃった……」
「じゃあ仕事終わったし、帰りましょ。さすがにおねむになってきた」
「えっ!? 三人でデュラハンあんなに倒して、ペイルライダーまで倒したんだよ!? もっとなんかないの!?」
「おねむだって言ってるでしょ」
「温度差ぁ!」
セラスはもう帰る方向へ歩き出している。俺も魔石を多次元ポシェットへしまうと、サクヤが慌てて追いかけてきた。
「待って! 帰りはゆっくりだからね! 気張りすぎてほんと吐きそうなの! もう速いの無理!」
「サクヤ、そう叫んでばかりだと身体がもたないぞ」
こちらを見上げたサクヤの狐耳がぴくりと動き、言いたいことでもあるのか唇が僅かに開いた。それでも結局何も言わず、疲れの残る足取りでセラスの後を追っていく。
散々騒がしかった古戦場にも、ようやく元の静けさが戻り始めていた。俺も二人の背中を追い、騎乗鹿を待たせている場所へ向かった。




