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第四十一話 創作もパンも膨らめば膨らむほど良い

 夜もだいぶ深くなった頃、廊下の向こうから賑やかな声が近づいてきた。


 扉が開く前から、誰が帰ってきたのかはわかる。よく通るセラスの声に、ときどきエマが何か言い返している。観劇に出かけただけのはずだが、ずいぶんと機嫌がよさそうだ。


「ここ宿っていうかお屋敷じゃないの?」


 扉を開けたセラスは、部屋へ入るなり改めて中を見回した。両腕には紙包みや菓子の箱がいくつも抱えられている。後ろにいたエマも似たような有様で、観劇へ向かった時より明らかに荷物が増えていた。


「どこに泊まるか確認する前に来ちゃったのに、劇見終わったら商会の人に声かけられて、ここ教えられてビックリしたわ」


「わたしも、ここまで立派なところだとは思ってませんでした。商会の方に案内されてなかったら、入っていいのか迷ってたと思います」


 ミレイユが手配した場所とはいえ、これは宿というより屋敷だろうと俺も思っていた。どうやら二人も同じ感想らしい。


 それにしても、観劇へ出かけた二人が、帰りには両手いっぱいに食い物と菓子まで抱えている。


 完全に王都に浮かれた観光客じゃないか……見たまま、楽しめたのがわかるから良しとするか。


「そうだ、ルクス。これこれ! 見てよ。黒騎士と聖女の人形が売ってたのよ! 手触りよかったから、つい買っちゃったわ」


 荷物を置いたセラスが、二体の人形を得意げに取り出した。


 片方は黒い鎧に赤い外套。もう片方は白を基調とした衣装を着た女。誰を題材にしたものか、聞くまでもない。


「お前も人形になれるように頑張れよ、三等級の神弓」


「チッ……カチンときたわ。表に出なさいよルクス」


「王都に来た初日に喧嘩する気か」


「アンタが売ったんでしょうが、その喧嘩」


 セラスは睨んできたものの、本気で外へ引っ張り出す気はないらしい。それより歌劇の話をしたくて仕方がないようで、すぐに黒騎士の人形を俺へ向けた。


「そもそも舞台上のアンタは兜もしてなかったわよ。めちゃくちゃ綺麗な女優が男装してたわ」


「まあ兜なんてしてたら歌えないものね」


「確かに、それはそうだな」


 歌劇なのだから当然と言えば当然なのだろう。俺が納得している間に、セラスは何か思いついたらしく、にやりと笑ってエマを手招きした。


「エマ、ちょっとこっち」


「なんですか?」


 近づいたエマの耳元へ、セラスが何事か囁く。


 最初は怪訝そうに聞いていたエマの顔が、途中から一気に赤くなった。


「えっ……わ、わたしがやるんですか?」


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと覚えてるから。ほら、聖女役なんだからこっち持って」


「大丈夫の意味がわかりません……!」


 そう言いながらも押し切られ、エマは聖女の人形を持たされる。


 対するセラスは黒騎士の人形を胸の前へ掲げると、急に姿勢まで大げさになった。人形をゆっくりエマの方へ向け、舞台で聞いたらしい節までつけ始める。


「『嗚呼、私だけの聖女よ。君の瞳のなかに映る――』」


「セラスさん、思い出させないでください!」


「はい、次エマ」


「うぅ……」


 さっきまで抗議していたエマが、聖女の人形を握ったまま固まった。


 逃げればいいものを、真面目な性格が邪魔をしているらしい。しばらく葛藤した末、耳まで真っ赤にしながら小さく息をついた。


「『あなたの逞しい腕に抱かれると……聖女なんて肩書を捨てたくなるの』」


 言い終わった途端、セラスが待ってましたとばかりに黒騎士の人形を寄せた。エマの持っている聖女とぴったりくっつけ、そのまま二体を抱き合わせるように動かす。


「あはははっ! そうそう! ここ、ここ! エマ、意外と上手いじゃない!」


「もういいです! セラスさん相手でも、怒りますよ!」


「エマをオモチャにして遊ぶな」


「えー? 本人にやってもらった方が臨場感あるじゃない」


「いらん臨場感だ」


 エマが慌てて人形を押し返す横で、セラスは腹を抱えて喜んでいる。こいつは観劇そのものより、帰ってきてエマをからかうところまで一式で楽しんでいる気がしてきた。


 ようやく人形から解放されたエマは、まだ赤い頬を手で押さえながら俺を見た。


「でも……初めての観劇でしたけど、楽しかったです。実際の旅とはずいぶん違いましたけど、歌も綺麗でしたし、舞台もすごく華やかで」


「恋愛の辺りは、ずいぶんどころじゃなかったけどね」


「セラスさん! あんなこと言われたことないですよ!」


 即座に声を上げたエマを見て、セラスがまた楽しそうに笑う。


 恥ずかしいのは恥ずかしいらしい。それでも観劇そのものを楽しめたのなら、連れていかれた甲斐はあったのだろう。


 俺は自分が題材になった歌劇をわざわざ観たいとは思わないが、二人の様子を見ている分には悪くなかった。


     ◇


 翌日、俺たちは第二騎士団を訪れていた。


 以前ガダンと正式に話した時にいたのは俺とエマだけで、セラスが直接顔を合わせるのは今回が初めてだ。同行しているエルフがいること自体は報告で聞いていたらしいが、紹介されたセラスを見たガダンが、ふと眉を寄せる。


「セラス……エルフでセラスか。いや、まさかな」


 誰に聞かせるでもなく呟いたあと、ガダンはそこで考えるのをやめたらしい。俺たちが持ち込んだ資料へ目を落とし、今度は明らかに疲れた顔をした。


「で、冒険者登録にいっただけのはずが、なんで裏社会の組織一つを潰すようなことになってるんだ?」


「その資料にある通り、人探しの依頼を受けただけだ。それが気づいた時には、平らな生地がパンになるように膨らみきっていただけだ」


「お前のところのパンは、ずいぶん物騒に膨らむんだな」


「パンが膨らみ切ったうえに、中に詰める具材がちょっと多かったくらいの話だろう。騎士団長なら笑って許せ」


「どこをどう聞けば笑えるんだ」


 ガダンの声には、怒るというより呆れの方が強い。


 俺だって最初から裏社会の組織を一つ潰そうとラザームへ行ったわけではない。人探しを始め、その先にあったものを追いかけていった結果がこれだ。途中で見つけたものを見なかったことにしろと言われても、それは無理な話だった。


 俺は持ってきた資料の写しをガダンの前へ押し出した。


「押収した資料の写しだ。人身売買の記録には、購入客として王国内の貴族や有力者の名前もある」


 そこまで読んだところで、資料を捲る手が止まった。


 先ほどまでの緩みが消えた。何枚かを確かめるように捲り、書かれている内容を追っていく。


「……こっちは金の流れか。国外にも繋がってるな」


「ああ。ブラウロ連合国とゼルメト帝国方面にも記録がある」


 俺も全部を調べ切ったわけではない。だが、ただの人攫いが残すには量も範囲も大きすぎる。


「一等級の冒険者を揃えるような裏社会の男が、自らの保身の為に最後まで手元に置いた証拠だ。人身売買だけで済んでるとも思えない」


「だろうな。だからこそ、この紙だけ見て貴族の屋敷へ踏み込むわけにもいかん。名前が本当に本人を指してるのか、実際の取引まで繋がるのか、そこから洗う必要がある」


「俺たちが貴族の周りを嗅ぎ回るより、騎士団が裏を取った方がいいだろ」


 権限も人手も、そういう相手との付き合い方も向こうの方が上だ。俺が無理に首を突っ込む理由はない。


「任せる。もう陰謀だの根回しだのが詰め込まれたパンは腹いっぱいだ」


「よくそんな台詞が出てくるな。ここまで持ってきた張本人だろうが」


「俺は見つけたものを持ってきただけだ。ただし、貴族の屋敷に突入して取り押さえるなら、俺たちも行くぞ」


 資料を追っていた視線が、こちらへ戻る。


「……そこだけはやる気なんだな」


「荒事なら話が早いからな。踏み込んで、殴って倒して終わりだ」


 調べるべきものは渡した。王国の中で誰が何をしているのかを突き止めるのは、ここから先は騎士団の仕事だ。


 なら、俺の用事は終わった。小言と面倒が押し込まれる前に立ち去るべきだ。


 席を立つと、それを待っていたようにセラスも腰を上げる。ガダンだけが、まだ大量に残っている資料と俺たちを交互に見た。


「おい、この証拠に関する仔細を詰めなくていいのか?」


「必要なことは話しただろ。あとはそっちの仕事だ」


「まったく同感ね。アタシ達は冒険者だもの」


「お前らな……」


 疲れたような呆れた声に、俺は肩を竦める代わりに当然のことを教えてやる。


「冒険者は斬って倒して奪う《ハックアンドスラッシュ》で生きるものだからな」


「その通ーり!」


 セラスは即座に乗ってきて、胸を反らして腕を組み、満足気な顔した。


 その隣で、エマだけが気まずそうにガダンへ向き直る。


「ガダンさん、ウチの二人がすみません」


「エマ、お前だけは二人に染まらずにそのままでいてくれ」


 なぜ俺たちが謝る側なのか納得はいかないが、これ以上話すと本当に資料の整理へ付き合わされそうなので黙っておく。


 ところが、今度こそ帰ろうとした俺たちをガダンが呼び止めた。


「待て。もう一つだけだ。お前ら、自分たちの正体を王都で大っぴらにするなよ。黒騎士と聖女本人だなんて話が広まったら、まともに街も歩けなくなる」


「わざわざ言いふらすつもりはない」


「それならいい。まあ、お前はそこまで黒一色の鎧に赤いマントだと、逆に黒騎士に憧れて真似してる奴に見えるから大丈夫かもしれんが」


 それはそれで引っかかる。


 昨日、俺を模した人形まで売られているのを見たばかりなのが余計に腹立たしい。否定したいのに、王都なら本当にそういう奴がいてもおかしくないと思えてしまった。


     ◇


 屋敷へ戻って一息ついたところで、俺はエマを呼び止めた。


「エマ、神秘の伝授には寄進が要ると聞いたが、自分で出すつもりだったのか?」


「そのつもりでした。わたしが教わるためのものですし、そのくらいは自分で出さないと」


 やはりそう考えていたか。


 俺は用意していた金貨の袋を差し出した。重さを見て察したのか、エマはすぐには受け取らず、困った顔で俺と袋を見比べる。


「ルクスさん、これはさすがに……」


「俺たちは仲間だろう。お前の頑張った分だけ、俺たちが助けられるんだ。仲間の為になることに、お前の金は使わなくていい」


 返そうとしていたエマの手が止まった。


 金の額より、別のところに引っかかったらしい。少しの間黙ってから、確かめるように俺を見る。


「……仲間、ですか」


「今さら何を言ってるんだ」


 俺にとっては、とっくにそういう扱いだった。


 そこへセラスが横から口を挟む。からかう時とは違って、今度の声には妙な軽さがなかった。


「こういうことに遠慮なんていらないのよ。アーサー達も仲間、エマも仲間。そこは全員同じなんだから」


 エマは俺とセラスを交互に見た。


 それからようやく袋を受け取ると、今度は遠慮して押し返そうとはしなかった。


「……ありがとうございます。じゃあ、今回は甘えさせてもらいます」


「そうしろ。それと、食事はちゃんと摂れ。睡眠もだ。嫌味な奴や、なにかされたら言え」


「ルクスさん、わたし、神秘を教わりに行くんですよ? そんな危ないところへ行くわけじゃありません」


「危なくなくても飯を抜く奴はいる。寝ずに無理する奴もな」


「それは……気をつけます」


 少しだけ言葉に詰まったところを見ると、釘を刺しておいて正解だったらしい。


 すると横で聞いていたセラスが、呆れ半分、面白がるように口元を緩めた。


「アンタ、母親みたいになってるわよ」


「必要なことを言ってるだけだ」


「はいはい。エマ、ご飯ちゃんと食べるのよー。夜更かししちゃ駄目よー」


「セラスさんまで乗らないでください!」


 エマが抗議する横で、俺はふと別の問題に気づいた。


 神秘伝授の間、エマは俺たちとは別行動になる。


 つまり――。


「……エマ抜きでコイツとしばらく二人か」


「何よ、その言い方」


「セラス、やっぱりエマが戻るまでそれぞれ単独行動で――」


「射貫くわよ」


 エマが仲間でいる事の恩恵を、最も実感した瞬間だった。

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