第三十八話 SISTER&BUNNY
翌日の昼、俺たちは酒場の奥で遅めの昼食を取っていた。
昨日の一件もひとまず片づき、冒険者としての等級も決まった。ラザームで残っている用事はいくつかあるが、そろそろ次にどこへ向かうかは考えておく必要がある。
マルセルのところで確認した記録には、ゼルメト帝国とブラウロ連合国へ渡った品や金の流れも残されていた。事件を追うならどちらへ向かっても無駄にはならないし、帝国方面へ進めば、その先にはヴィルキスを探す目的もある。
「で、次はどっちにするの? 帝国? 連合国?」
パンをちぎりながら話しているセラスは、今日もバニーガール姿だった。昨日の負けをまだ清算しきれていないらしい。
真面目な話をしている横で、長い兎耳と胸元の大きく開いた衣装がやたらと目につく。エマも先ほどから何度かそちらを見て、そのたびに少し頬を赤くして料理へ視線を戻していた。
「どちらにも行く理由はある。急いで決めなくても――」
「わたし、王都に戻りたいです!」
珍しく俺の言葉へ重ねるように、エマが声を上げた。
「王都に?」
「はい。わたし、三等級になりましたよね。等級が上がったことで、今まで教えてもらえなかった神秘や治癒も伝授してもらえるようになるんです」
エマはそこで少しだけ身を乗り出した。
「これからもルクスさんたちと旅を続けるなら、覚えられることは今のうちに覚えておきたいです。今回みたいなことも、またあるかもしれませんから」
昇格した時に嬉しそうだった理由が、ようやく分かった気がした。肩書きが上がったことより、その先で自分に何ができるようになるかを見ていたらしい。
「アタシはいいと思うわよ。帝国も連合国も逃げないし」
「俺も反対する理由はないな」
「あ、それと……」
一度話がまとまりかけたところで、エマが何か思い出したように匙を止めた。
「ガダンさんにも、今回のことを直接お話ししておいた方がいいんじゃないでしょうか。最初の依頼から、こんな事件にまで繋がりましたし」
「それは都合もいいな」
マルセルのところで見た資料には、爵位を持つ王国貴族の名もいくつも並んでいた。
倉庫へ踏み込んで犯罪者を捕まえるのとは違う。貴族の屋敷や周囲の人間まで探ろうとすれば、冒険者という立場では動きづらいし、余計な面倒まで背負い込むことになる。
「貴族を調べるのは俺たちより騎士の方が向いてる。こういう面倒事はガダンにやらせよう」
「やらせようって……前にお世話になった方ですよ?」
「だからこそ、話を持っていきやすい」
「ルクスさん、そういうところですよ……」
エマは呆れたようだったが、ガダンへ報告することには異論はないらしい。
これで国外へ出る前に、王国側でやることができた。帝国と連合国のどちらを先にするかは、そのあとで決めればいい。
話がまとまったところで、俺は改めてセラスを見る。
「それよりお前、そもそもなんで店の外までその格好で歩き回ってるんだ。着替えないのか?」
「面倒だもの。それに、この格好で街を歩いてると店の宣伝になるんですって。その分も働いた扱いになるから、普通に店の中にいるより稼ぎがいいのよ」
「そこまでして返す額なのか?」
「あとちょっとよ。ほんとにあとちょっと」
昨夜から聞いている気がする。
俺はポシェットから金貨をまとめて取り出し、卓へ置いた。
「これで清算してこい」
「イ~ヤッ!」
返事だけは早かった。
「なんでだ」
「アンタに借りなんか作ったら、あとでどんな卑猥なこと要求されるかわかったもんじゃないもの。自分で作った借りくらい、自分で返すわ」
「そういう要求をしているのを見てから言ってくれ。エマが疑いの目で見てくるだろ」
「じゃ、一働きしてくる!」
俺の返事など聞かず、セラスは立ち上がった。兎耳と腰の尾を揺らしながら、そのまま酒場を出ていく。
あれが、かつて勇者と並んで戦った仲間の姿か。
そう思いかけて、昔のセラスを様子をいくつか思い出した。外見はずいぶん大人になったが――いや、中身については当時から大差ない。
「セラスさんって、本当に綺麗ですよね」
向かいから聞こえた声に、意識を戻す。
「急にどうした」
「さっき見てて思ったんです。すごく大人っぽいですし、あんな服まで普通に似合っちゃいますし……綺麗なのに格好いいっていうか」
「見た目だけなら、昔とは比べものにならないくらい女らしくなったな」
「それだけじゃないですよ。明るいし、優しいですし。わたし、セラスさんのこと大好きです」
「そういうところは認める。だが、今日あいつが何を着てたかと、なんであの格好になったのかは分かってるよな?」
「……そこは、まあ」
エマは困ったように笑って、残っていた野菜を口へ運んだ。
セラスがいなくなると、卓は一気に静かになった。俺は食事を必要としないが、エマが食べ終わるまで付き合うことにして、話を神秘伝授へ戻す。
「王都へ行ったら、何を教わるつもりなんだ?」
「四等級を飛ばして三等級になってますから、加速や持続治癒を教えてもらえますし、他にもいくつかありますよ」
戦う技術だけでなく、人を助けるためのものまで積み上がっている。それをエマが学びたいというなら、俺には止める理由などなかった。
「……なんだか、こうやって二人だけでゆっくりお話しするの、久しぶりですね」
「言われてみればそうだな」
最初は二人で歩くのが当たり前だった。それが今では、セラスが横から何か言ってくる方が普通になっている。
三人になったと意識するより先に、それがいつもの形になっていたらしい。
そんな話をしているところへ、見覚えのある女が入ってきた。
シズネだ。
黒髪は下ろしたままで、仕事中の男装めいた服ではなく落ち着いた私服姿。その手には、両手で持つほどの黒いトランクケースがあった。
「こちらを、マルセル様から預かってきました」
卓の横へ置かれたケースが開く。
中には金貨が、隙間一つないほど整然と詰め込まれていた。
セラスが立ち去ったあとで本当によかった。あいつがこれを見ていたら、清算に使うどころか「元手が増えた」と喜んで、そのまま賭場へ勝負を仕掛けていただろう。
「待て。俺はマルセルから仕事を受けた覚えはないぞ」
「そう仰るだろう、とマルセル様も言っていました」
そこまで読まれていたらしい。
「これは依頼の報酬ではありません。お互いにそれぞれの役割を果たして、賭けに勝った。その分配金として受け取ってほしい、とのことです」
「……そういうことなら、もらっておく」
ケースを閉じて足元へ寄せる。
届け物はこれで終わりらしい。帰ろうとするシズネを見て、俺は彼女が仕事着ではないことに気づいた。
「これを届けるまでは仕事だったんだろうが、その格好なら今日はもう休みなんだろ。昼がまだなら――」
「では、ご一緒します」
速い。最後まで言わせなかった。それどころか、そう言ってくるのを読んでいたとしか思えない。
シズネは迷う様子もなく、エマのすぐ隣へ腰を下ろす。今までの落ち着いた受け答えが嘘のような速さだった。
追加の料理が届くと、理由はすぐに分かった。
「エマちゃん、ちゃんとお野菜も食べてて偉いね」
「こ、これくらい普通ですよ」
「ふふ、いいこいいこ」
頭を撫でたと思えば、口元についたソースを拭い、自分の皿から食べやすそうなものまで取り分けている。そのうち一口分を差し出されても、エマは少し困りながら受け入れていた。
昨日一日で何があった。
本当に、こいつがあのシズネなのか。
「そうだ。シズネさん、わたしたち次は王国へ行くことになったんです」
エマがそう伝えた瞬間、シズネの手が止まった。
「……エマちゃん、もう行っちゃうの?」
仕事中にはまず見せないだろう、今にも泣きそうな顔だった。
「新しい神秘を教わりたいですし、第二騎士団長のガダンさんへの報告もありますから。それが終わったら、また旅を続けます」
「そっか……そうだよね。エマちゃんは冒険者だもんね」
どうにか納得したらしい。
だが、その次に俺へ向けられた射貫くような視線は、さっきまでエマへ向けていたものとは明らかに違った。
「ちゃんと休ませていますか?」
「急になんだ」
「食事は? エマちゃん、頑張りすぎるところがありますよね。技量だって三等級で収まる子じゃありません。できるからって無理をさせていませんか?」
一つ答える前に次が飛んでくる。
どうやら昨日、エマから俺やセラスの話を相当聞いたらしい。今まで頼もしい剣士だと思っていた女から、なぜかエマを預かる相手として査定されている気分になってきた。
「必要もないのに無茶をさせるつもりはない。飯だって――」
「大丈夫ですよ、シズネさん」
エマが横から助け舟を出した。
「ルクスさん、たまに本当におかしなことしますけど、ちゃんと優しいですよ」
「そっかぁ。エマちゃんがそう言うなら、そうだよね」
つい今までの詰問は何だったんだ。
シズネはすぐに柔らかい顔へ戻り、エマの頭を撫でる。それから俺へだけ視線を戻した。
「でも、エマちゃんに無理をさせたら斬りますからね」
昨日、その刀がどれだけ速いかは嫌というほど見ている。
冗談として聞き流さない方がよさそうだった。




