第三十七話 清算される代償と精算される報酬
騎士たちへの引き継ぎを終えたあと、俺たちはシズネと一緒にマルセルの店へ向かった。
時刻はとっくに深夜だ。それでも奥の一室には灯りが残り、机の上にはギルスが隠していた書類や封書が広げられている。今度は持ってきただけではない。俺も椅子に座り、一枚ずつ中身へ目を通していった。
取引の日付、金額、品の受け渡し先。王国内だけでなく、ゼルメト帝国とブラウロ連合国へ繋がる記録もある。さらに厄介なのは、別の一覧に王国内の貴族の名がいくつも並んでいたことだった。俺には知らない名前ばかりだが、家名の前についた爵位まで読み違えることはない。
「……これは、ギルスが最後まで手放したがらないわけだな」
紙束を机へ戻すと、マルセルが薄く笑った。
「同感だな。金の流れだけならまだしも、相手の名前までこれだけ丁寧に残してある。彼は商売相手を信用していなかったらしい」
「自分が切られた時の保険か」
「さて、本人に聞いてみなければ分からないね。ただ、溺れた時に咄嗟に足を掴んで一緒に沈もうとすれば、掴まれた者はどう動くかということだ」
そこまで言うと書類を閉じた。口元にはいつもの余裕があるが、目の前にあるものを軽く見ている様子はない。
「こちらからも報告がある。先んじて運び出されていた荷は押さえた。ついでに、逃げ出そうとしていた上の者たちも」
「そいつらはどうなった?」
「少なくとも、今夜から君たちが気にする必要はない。表で片づけることと、表では片づけられないことは別だよ」
何をしたのかまで聞くつもりはない。騎士に渡した連中とは違い、ここから先はマルセルたちの流儀で始末をつけるのだろう。俺たちが請け負った仕事でもなければ、手を貸す理由もなかった。
「原本はそっちで使ってくれ。ただ、俺たちもこの件をまだ調べるつもりだ。写しを一部欲しい」
「この量を?」
「全部とは言わん。俺たちが追うのに必要そうなところでいい」
「それなら用意させよう。さすがに今夜すぐとはいかないがな」
「こちらも次の目的地を決めていないから、急かしはしない。数日内に間に合えばいい」
「なら問題ない。君たちがラザームを発つ前には渡せるようにしておこう」
必要な話は済んだ。証拠の原本を残して俺たちは店を出た。
冒険者向けの酒場は、こんな時間でも営業していた。依頼から戻る時刻など人によって違うのだから当然なのだろうが、深夜ともなれば客はさすがに少ない。俺たちは店の最奥にある円卓へ陣取った。
「お姉さーん! 麦酒いっぱい持ってきて! エマは果実水ね。 サラダにはクルミとナッツたっぷりのやつね、あと猪のソーセージ山盛り! パンと三種の肉のシチューもお願い!」
「この時間まで働き通しなのに元気だな、お前」
「だから食べるのよ。空腹のまま寝るなんて絶対イヤ」
届いた皿が次々と卓を埋めていく。エマも相当に疲れているらしく、いつもより口数が少ない。それでも温かいシチューを食べる顔は満足そうだった。あれだけ治療を続けたあとで全員生き残ったのだから、本人としては疲労よりそちらの方が大きいらしい。
「それではぁ! アタシ達の完全無欠の大勝利と!」
セラスがなみなみと注がれた麦酒のジョッキを持ち上げた。
「作戦成功を祝って、かんぱぁ――」
「いま、よろしいですか?」
「うわぁ! シズネ? 気配消してこないでよ!」
いつの間にか円卓の横にシズネが立っていた。さっきまで一緒にいた相手だというのに、仕事が終わって警戒が抜けた途端これだ。
「どうした? 追加の伝達事項か?」
「いえ……仕事とは関係ありません」
そこでシズネの視線は俺からエマに流れていった。
「エマさんを明日お食事に誘いたいのですが、よろしいでしょうか」
「え? わたし、ですか?」
ソーセージが刺さったままのフォークで自分の顔を指しながら、こっちを見上げてくる。
「エマがよければ構わないんじゃないか? まだ次にどこへ行くかも決めてないし、出るまでには買い物や補給もある。それぞれ好きに動く日があってもいい」
「でも、ルクスさんたちは……」
「俺達の事は気にするな。シズネなら腕も分かってる。何かあってもお前を守れるだろう」
昨日の戦いを見たあとなら、その点だけは心配する必要がない。
「じゃあ、お言葉に甘えますね」
「ありがとうございます。では明日、迎えに行きますね」
それだけ伝えると、シズネは酒場に残らず静かに立ち去った。
その後ろ姿が見えなくなったところで、俺とセラスは揃ってエマを見る。
「いつの間に仲良くなったんだ?」
「ね。アタシも知らないんだけど」
「わたしも分かりませんよ。そもそもシズネさんとは、ちゃんとお話ししたこともほとんどありませんし……顔を合わせたのだって、数えるほどですよ?」
「それもそうだな...... とはいえ、せっかくの機会だからな。楽しんできたらいい」
「ま、いっか! 仕切り直すわよ!」
セラスがもう一度麦酒のジョッキを掲げ、エマも両手で持ち上げて笑っていた。
「作戦成功を祝って、乾杯!」
今度こそ三人の杯がぶつかり、一気に飲み干したセラスが俺の手からジョッキを奪うように受け取る。
便利でもあるが、こういう時に飲み食いできない身体というのは味気ない。
◇
翌日、冒険者ギルドへ向かったのは午後になってからだった。
老齢の険しい男の顔が、入室した俺達を見て、より一層と顔の皺を深めた。
「ここは駄菓子屋じゃねえんだぞ。 菓子を買いにくるみたいに、気軽にギルドマスターを訪ねてくるんじゃねえ」
「かねてからの件について、報告に来たんだ」
「それは分かってる。だが、お前らが来るたび仕事が増えるんだよ」
机の上の書類を叩きながら、バルクは大きく息を吐いた。
「それと倉庫だ。拠点二つ、どっちもほとんど半壊じゃねえか」
「あの傭兵の連中が壊した分もあるぞ」
「お前が壊した分まで消えるわけじゃねえ!」
そこはどうにもならない。
ただし今回は、犯罪組織の摘発と人身売買の阻止、それに捕らわれていた者たちの救出まで含まれている。建物への被害を差し引いても、冒険者としては明確に功績の方が上回るという。
「等級に関しちゃ以前に話した通り、嬢ちゃんは三等級で確定だ。エルフのねえちゃんも三等級に上げておいてやる。ルクス、お前は二等級のまま据え置きだ」
「一等級を倒したから一等級ってわけにはいかないのよね」
「実績として加味してやる。今後の査定にな。今回はここまでだ」
セラスは文句を言いながらも楽しそうなので、本気で不満なわけではないらしい。
「お待ちかねの報酬だ。元の人探しから全部繋がった事件になってる。追加分はまだ算定が終わらん」
「ただの人探しの依頼から、膨れに膨れていってるからな」
「だから今払う。いつまでも金のためにここへ縛りつけるのも気に食わん。今出せる分は俺の裁定で通した。残りが出たら、その時また精算だ」
受付へ行くと話はすでに通っており、渡された金貨袋はかなり重い。
ロビーの空いた卓で数え、きれいに三等分する。自分の分を袋へ詰めたセラスは、途端に機嫌が良くなった。
「セラス......お前、賭場に行く気だな?」
「勝つことがわかっているなら、それはギャンブルじゃないのよ」
「何を言ってるのか分からん」
「じゃ、また夜にねー!」
膨らんだ金貨袋を抱えたまま、セラスは上機嫌でギルドを出ていった。
俺とエマも外へ出ると、そこで待っていた女を見て、二人とも足を止めた。
微笑みながらこちらを見て佇む女は、シズネだった。
いつもの執事服めいた男装ではなく、淡い灰青のブラウスに濃紺の長いスカート。黒髪も束ねず背中へ流している。それだけでも印象が違うが、口を開くとさらに別人だった。
「エマちゃん、お待たせ。昨日は本当にお疲れさま。今日はゆっくりしましょうね」
「……シズネさん、ですよね?」
「ふふ。そうですよ」
確認したくなる気持ちは分かる。昨日までの冷えた仕事口調が消え、姉が妹でも迎えに来たような話し方になっている。
「それじゃ、行きましょうか」
「は、はい! ルクスさん、いってきますね」
まだ半ば固まっているエマの手を握り、シズネは人混みの中へ歩いていった。
◇
夜遅く、俺は宿の自室で今回手に入れた双剣とハルバードを検めていた。実際に戦った武器だから、手に取れば使い手の動きまで思い出せる。
そこへ扉が叩かれた。
「ルクスさん、戻りました」
「アタシもいるわよ~」
「開いてるぞ」
入ってきた二人を見て、双剣を取り落としかけた。
エマは髪型からして変わって三つ編みになり、淡い青色のワンピース姿になっていた。胸元には大きなリボンを添えられ、派手ではないが、普段の聖職者然とした装束とはまるで違う。
どこぞの深窓の令嬢といった風情は似合っているので、そこまではいい。
その隣で腕を組むエルフが、長いウサギ耳をつけ胸元が大きく開いた、光沢のある緑色のバニーガール姿であることのほうが問題だった。
「こういう場合、二人とも似合っていると言えばいいのか?……一体、何があった?」
「シズネさんに『エマちゃんは可愛いね』って、ずっと褒められて撫でられたりしてました。昨日の戦いのことも、治療のことも。それで『デートなんだから』って、服とか小物とか、いろいろ買ってくださって……」
「随分気に入られたな」
「あと……お姉ちゃんって呼んでほしいって言われました」
「仕事と私用では完全に人格が切り替わる性質だったか......」
「私にも理由が分からなくて……良い方ではあるんですけど」
受けた本人がわからないというなら、考えても仕方がない。
次はセラスだ。こっちは昼間の行き先を知っているぶん、聞く前からだいたい察していた。
「お前、やっぱり賭場に行ったんだよな?」
「……行った」
「勝つことが分かってるなら、ギャンブルじゃないんだったか?」
「はいはい負けましたぁ~! 負けたのよ!」
偽兎耳のエルフが開き直って、光沢のある緑色のヒールで床を踏み鳴らす。穴が開いたらどうするんだ、勘弁してくれ。
「それで最後はこの格好で働いてきたの!」
昼間、金貨袋を抱えて自信満々に出ていった姿が頭に浮かぶ。
俺は深く肩を落として、双剣を机へ置いた。
「やっぱり、ただのギャンブルじゃないか」




