第三十三話 アンダーワールド・ザ・サンドイッチ
第二騎士団の斥候を伴い、ラザーム駐留騎士団の詰所へ向かった。頼んだのは、俺とガダンの繋がりを証明してもらうためだ。
商都だけあって、詰所へ出入りする人間も多い。衛兵らしい装備の者に混じって商人や荷運び人の姿まであり、街道の通行許可や荷の確認について話している声が聞こえてくる。今回頼もうとしていることが、この街では単純な門番仕事では済まないのもよくわかった。
「こちらの方が、団長と面識をお持ちなのは間違いありません」
応対に出た騎士へ、斥候がそれだけを保証する。
俺からも冒険者の身分証を見せた。二等級という記載を確かめた相手の反応がわずかに変わる。黒い鎧の見た目だけなら怪しいにも程があるが、少なくとも話を聞く材料くらいにはなったらしい。
「昨日、西の倉庫街で人身売買の現場が見つかったのは知ってるな」
「報告は受けています。あなた方が発見されたとも」
「その背後を追ってる。関係者がラザームから逃げる可能性があるんで、連合国方面へ向かう正規の街道を検めてもらいたい」
言った途端、すぐに返事は来なかった。
まあ、当然だ。ラザームは連合国との交易で栄えている。冒険者が怪しい奴らを追っているからという理由だけで街道を封鎖すれば、止まるのは悪党だけではない。
「街道そのものを閉じろとは言ってない。不審な荷車や集団が通れば、普段より念入りに確認してくれればいい」
「しかし、夜秤会という組織と昨日の事件との関係については、こちらではまだ――」
「だから捕まえろとも言ってない。俺達は俺達で追う」
こちらが求めているのは、騎士団に捜査を丸投げすることじゃない。正規の街道に公の目がある。それだけで十分意味がある。
それでも慎重になる様子を見て、もう一つだけ伝えておくことにした。
「騎士団の信用が落ちてるとは聞いている。ここで動かなければ、それを加速させることになりかねない」
言葉を切ってから、誤解されないよう続ける。
「俺達も、それを望んで行動してるわけじゃない」
黒騎士と騎士団が争っているように見せたいわけでも、噂を使って騎士を脅したいわけでもない。以前ガダンから聞いた話を考えれば、むしろ余計な溝は増やさない方がいい。
「わたし達が助けた方達も、この街で暮らしていくんですよね」
横から穏やかな声が加わった。
「騎士団の方々にも動いていただけた方が、きっと安心出来ると思います」
しばらく考えた末、騎士は大きく息を吐いた。
「街道の封鎖は出来ません。ただ、昨日の事件に関連する逃走者がいる可能性があるとして、検問時の確認を強化する。それならば」
「それで十分だ」
各々が出来る役割の中でこなせばいい。 これ以上を求める必要はない。
◇
詰所を出て通りへ戻ってから、セラスが後ろを気にするように声を落とした。
「でもさ。あの中に夜秤会から金もらってる奴がいたらどうするの?」
「だったら、むしろ都合がいい」
「都合がいい?」
「なんだったら、そいつらが『街道は騎士団が検問してる』って上に上げてくれるのが早いほど効果があるぞ」
正規の街道をそのまま使えば騎士団の目に入る。検問があると知って別の経路を選ぶなら、それはそれでいい。夜秤会にとって使いやすい道を、自分達から捨てることになる。
「ああ、そっか。内通してたら、勝手に教えてくれるのね」
「そういうことだ」
ここまで付き合ってくれた斥候の役目も終わりだ。ガダンとの繋がりを証明してもらうという無茶な頼みを聞いてもらった以上、これ以上拘束する理由もない。
「助かった。ガダンに礼を言っておいてくれ」
「承知しました」
「ついでに、さっきの話に出したが冒険者登録までは済ませたことを土産代わりに伝えてくれ」
一瞬だけ、何とも言えない顔をされた。
「……団長は喜ぶと思います」
「そうか?」
「少なくとも、無事に活動されていることは」
妙な含みがあったが、深く聞く前に一礼される。ガダンが俺について何を話しているのかは少し気になるものの、それを問い詰めるために斥候を引き止めるのも違うだろう。
騎士団への根回しはこれで終わった。
次は冒険者ギルドだ。
◇
「今回の騒動に首を突っ込むことにした」
受付ではなく、奥でバルク本人を捕まえてそう伝えると、案の定嫌そうな顔をされた。
「ただ内容がな内容で、ギルドを関わらせるわけにもいかなそうだ」
「おう」
「それだけ伝えにきた」
「内容はわからないけど何か起きますってのは、報告でも相談でもねえぞ」
もっともな話だった。
「止めろと言ったら止まるのか?」
「人身売買が絡んでる。無理だな」
「だったら最初から聞くんじゃねえ!」
「だから許可を取りに来たわけじゃない」
「なお悪いわ!」
怒鳴られたが、追い出されはしなかった。正式にギルドを巻き込めば、今度は所属する冒険者や受付まで危険に晒す可能性がある。それでも後から何も聞いていないと言われるより、俺達が独自に動いていることだけは先に伝えておいた方がいい。
「何かあったら生きて戻って報告しろ。死んだ奴から事情聴取は出来ねえからな」
「善処する」
「そこは断言しろ! そう答える奴は、大体問題起こすって相場が決まってんだよ!」
最後まで怒鳴り声を背中に受けながら、俺達はギルドを出た。
◇
「ハァ~......このラザームに来てから根回しと根回しで、陰謀をサンドイッチにしましたって感じばかりでイライラしてきちゃう」
大通りへ出た途端、それまで我慢していたらしい不満が飛び出した。
「ほらな。こういう女なんだ」
「はい……でも、わたしも普段見ることがないやり取りばかりで、セラスさんの気持ちもちょっとわかります」
まさかそちらに援護が入るとは思わなかった。
「いつもルクスさんが暴れて解決してましたから……」
「俺を暴力だけで解決してる危険人物扱いしないでくれ」
倉庫で人を投げたり、ゴブリンを吹き飛ばしたりした記憶を辿れば、強く否定しづらいのが腹立たしい。
「俺も好きでやってるわけじゃないんだぞ。裏社会を壊滅させてラザームの経済が滞れば、事件を解決したいのか街を破壊しにきたのかわからなくなるからな」
「ほら、ルクスだって面倒だと思ってるじゃない」
「面倒なのと必要かどうかは別だ。荒事ではお前を頼りにしてる」
「それ褒めてる?」
「俺なりに褒めてる」
納得していない顔は放っておく。裏側に食い込んでいる連中を見境なく潰せば、荷運び、倉庫、商会、その先で働く無関係な人間まで巻き添えになる。この街では剣を振るうより、振るわずに済む場所を選ぶ方が面倒らしい。
そんな話をしながら歩いているうちに、通りの雰囲気が少し変わった。
派手な看板と色布で飾られた建物が並び、開け放たれた入口から通行人へ声が飛んでいる。娼館が集まっている一角らしい。俺達には用がないので、そのまま通り過ぎようとしたところで、一人の女がこちらへ寄ってきた。
「ねえ、黒騎士さん。そんな怖い格好してないで、遊んでいかない?」
胸元の開いた服に、愛想のいい笑顔。どう見ても客引きだった。
「悪いが、そういう身体じゃないんでな」
「あら残念」
諦めたように笑いながら脇を抜けていく。
その瞬間。
女はニコニコとした客引きをしている娼婦の顔のまま、俺達にだけ届く声量で告げた。
「旦那から『小魚が餌にかかった。まだ釣り上げるな』と」
足を止める暇もなく、すぐに明るい声へ戻る。
「気が変わったら寄ってってねぇ!」
背後ではもう、別の男へ同じ笑顔を向けていた。
「……今の、マルセルのところの人?」
「だろうな」
「すごいですね……わたし、普通に客引きされてるんだと思ってました」
「もう全員が、どこかしらの組織の人間だけで構成されてる街に思えてくるわね」
それでいいのだろう。誰が見ているかわからない街中で、わざわざ使者らしい格好をして近づいてくる方が不自然だ。
今はまだだ。まだ泳がせ続ける。
大物を釣り上げるだけなら、冒険者はいらない。
俺たち冒険者が暴れるのは、海竜クラスが食いついてからだ。




