第三十二話 撒き餌の三人
「情報屋を回る前に、一つ聞いていい?」
一覧から顔を上げた視線が、俺と向かいの男を往復する。
「上に報せを上げさせて、その先を追うのはわかった。でもアンタ達、向こうを『動かす』前提で話してるじゃない。何をさせるつもりなの?」
隣からも答えを待つ視線が向けられていた。俺とマルセルの間では通じていたが、二人にはまだ肝心なところを話していない。
「逃げる準備だ」
「逃げさせるの?」
「逃げるために、連中自身へ集めさせる。金、売り物、帳簿、残せば証拠になる物。危険だと判断してラザームを捨てるなら、持ち出したい物も消したい物も出てくる」
「普段は人も物も散らしてある。それをこちらから一つずつ探すより、向こうにまとめてもらった方が早い」
向かいからの補足で、二人の表情から疑問が消えていく。
「あー、なるほどね。アタシ達を餌にして、偉い奴も金も証拠も、逃げるために一ヶ所へ寄せてもらうわけだ」
「そこをまとめて押さえる」
「……お二人とも、かなり悪いことを考えますね」
否定はしなかった。残るのは、集めたものを抱えて街を出ようとした場合だ。国外へ抜けるなら連合国側が有力で、荷車まで使うなら正規の街道が一番早いらしい。裏道もあるが、人と荷が増えるほど使える経路は限られる。
少し考える間を置いて、隣からエマの声が上がった。
「あの、街道を塞ぐなら騎士団の方々にお願いできないんでしょうか?」
「悪人がいるかもしれないって通報があれば、検問とか……」
悪くない。正規の街道を騎士に見てもらえば、そのまま通る連中は止められる。検問を察して別の道へ逸れたとしても、選べる経路が狭まればこちらは追いやすい。最初から全部を騎士団に捕まえてもらう必要はない。
「それと……『黒騎士と聖女』のお話で、騎士団の方達の信用が落ちてるってガダン団長から伺っていて……わたし達、悪いことはしてません」
「でも、そのことで誰かが嫌な目に合ってるなら、これで挽回とか出来るかなって……」
マルセルの背後で護衛に徹していたシズネも、その時だけほんの一瞬エマへ視線を向けた。何を思ったのかまではわからない。
人を助けたことを後悔する必要はない。それでも、その余波まで自分達には関係ないと切り捨てる気もないらしい。
「手としては悪くない。ただ、この街の騎士団がすぐ動くかは別だ。黒騎士の話が広まった理由の一つが、騎士団の動きの遅さでもある」
「話を通す当てならある。第二騎士団長だ」
第二騎士団をここへ呼ぶわけじゃない。あの男との繋がりを証明出来れば、見知らぬ鎧姿が突然持ち込む話よりは信用される。
そして、その証明になりそうなものは既に目星がついている。
「なら試す価値はあるな。こちらは退去の動きを追う。正規の道を外れたなら、君達が動けばいい。必要ならシズネも出そう」
これで役割は決まった。俺達は餌になり、マルセル側は動いた先を追う。騎士団には一番使いやすい逃げ道を狭めてもらう。
◇
一軒目は古道具屋を隠れ蓑にしていた。
「夜秤会について知ってることはないか」
「……うちは古道具屋だよ」
「情報も扱ってると聞いた」
「知ってて真正面から来たのかい!」
結局、西側の運送屋に夜秤会と繋がっている者がいるらしい、という曖昧な話だけを得た。それでも今日の目的には十分だ。黒い鎧姿が夜秤会の名を出して歩いている。その事実さえ残ればいい。
二軒目では夜秤会の名を出した途端に銀貨三枚を要求された。危険手当らしい。払って話を聞いたが、こちらも大した収穫はない。
三軒目は何も知らないの一点張りだったが、名前を聞いた瞬間だけ手が止まった。店を出てから戻ろうとする気配を横に感じ、そのまま先へ進む。
「戻らなくていいの?」
「今はあいつから聞く必要はない」
「向こうから知らせてくれた方がいいんですよね」
「そうだ。 泳がせ続けて、最後に大物を釣り上げる為の餌だからな」
「わかってるわよ。ちょっと問い詰めたかっただけ」
その『ちょっと』の程度は聞かないことにした。
昼前までに七軒。大した新情報は増えていないが、通りですれ違う者の視線は明らかに増えた。こちらを見たあと連れへ顔を寄せる者もいる。ここまで目立てば、夜秤会へ届くのも時間の問題だろう。
「ちょっと待ってて」
次へ向かおうとしたところで、セラスは屋台の並ぶ方へ消えた。しばらくして戻ってきた手には大きな焼き菓子が二つあり、割れ目から白いクリームが盛り上がり、その間には赤や黄色の果物が惜しげもなく詰め込まれている。
「はい、エマ。 甘いの好きでしょ?」
「え? わたしにですか?」
「あんな裏世界の大物の前で、しっかり自分の意見言えた可愛い妹分にアタシからのご褒美よ」
「そんな、ご褒美なんて……」
遠慮する口とは反対に、両手は素直に差し出されていた。受け取った菓子を見つめる口元には、ほんの少しだけ涎まで浮いている。
「まあ騎士団の名誉まで考えてあげるのは優しすぎるかもだけど、エマらしいわ」
「……ありがとうございます、セラスさん」
嬉しそうにかぶりつくのを見届けると、もう一つも自分で食べ始めた。荒事に放り込む時は容赦がないくせに、頑張ったところはちゃんと見ている。妹分というのも、冗談だけではないらしい。何口か食べたところで、声の調子を変えないまま話題が切り替わった。
「で、ルクス。気付いてるわよね」
「一人と見るが」
「正解。ご褒美はないけどね」
両手で菓子を抱えたまま、隣から俺達を見比べる視線が飛んでくる。
「何の話ですか?」
「しばらく前から、俺達に尾行がついている」
「ラザームに着く前からね、監視だってわかってたから放っておいたけど」
「エマ、そこの武具屋の脇道に入るぞ」
「え? はい」
人通りの少ない脇道へ入り、角を一つ曲がる。いつの間にか一人分の気配が消えていた。追ってきた男が角から姿を見せた、その直後。
「こんにちはぁ、追跡者さん。アンタも食べる?」
片手に焼き菓子を持ったエルフが頭上から降ってきたのだから、斥候もたまったものではないだろう。もう片方の手は男の肩に置かれている。軽く添えただけに見えても、あの腕なら少し力を込めれば骨くらい折れる。振りほどこうとしないあたり、本人も同じ判断らしい。
正面には俺、横には両手で大きな菓子を抱えたエマ、背後には菓子を食べながら肩を押さえるセラス。見た目だけなら妙な光景だが、囲まれた側は笑えない。
「第二騎士団の斥候あたりだな?」
「……なぜ、騎士団だとおわかりに?」
「ならず者や情報屋より、気配の消し方が上手すぎるんだよ」
「ここに向かわせて冒険者登録をさせるにしても、目付け役も無しに放り出すとは思えなかったしな」
「結構上手だったわよ。相手がアタシ達じゃなかったらね」
「わたし、全然気付きませんでした……」
「こいつを基準にするな。騎士団は監視だったからまだいい」
倉庫を潰し、今日は夜秤会の名を触れ回っている。この先も同じ種類の尾行だけとは限らない。
「今後は夜秤会の人間がお前を狙ってついてくる可能性がある。エマ、単独行動は絶対にするな」
「はい。ルクスさんかセラスさん、どちらかと一緒にいます」
気付けなかったことを悔やむより、次からの行動を決める。それで十分だ。
「頼みがある。この街に駐留する騎士団を動かすために、俺がガダンと知己である証明をしてくれ」
「何をさせるおつもりです?」
「この街の倉庫で、人身売買の証拠を押さえた。その背後に夜秤会って連中がいるらしい」
「俺達はそいつらを追う。騎士団には、逃走に使われそうな正規の街道を検めてもらいたい」
肩から手が離れても、返事はすぐには来なかった。
「他の騎士団は知らんが、第二騎士団はあのガダンが率いているのであれば信用したい。無理を言っているのはわかるが、頼む」
「……団長との面識について証言するだけであれば」
「それで十分だ。俺は冒険者登録も済ませてる。二等級だ」
「二等級……?」
「そんなに驚くことか?」
「いえ。団長から聞いていた話より、少々進み方が早いもので」
何を聞かされていたのかは気になるが、今は後回しだ。
「来てくれるか?」
「承知しました。駐留騎士団まで同行します」
これで、エマの案を形にする材料も揃った。次はこの街の騎士達に、正面から話を通す番だ。




