第三十一話 都を計る天秤
シンデレラを多次元ポシェットへ戻したあと、俺達は宿の一階へ降りて朝食を取ることにした。
俺は二人の向かいに座り、これからどう動くかを考える。
昨夜の倉庫から持ち出した帳簿は手元にある。だが、人を商品として扱った記録が残されているからといって、そこから組織の上まで素直に線が伸びているとは思えなかった。
リンゴを一切れ齧っていたエマが、ふと思い出したようにこちらを見る。
「でも……この事件は依頼されたわけじゃないですよね。お二人とも当然のように介入しようとしてますけど……」
「厄介ごとに首を突っ込むのが冒険者だからだ」
「厄介ごとに首を突っ込むのが冒険者だからよ」
声が重なると、リンゴを咀嚼していた口が止まり俺とセラスを交互に見る。
「そうだと思ってました……」
「まずマルセルに会う。昨日の連中を締め上げても、上についてはほとんど知らなかった。裏の流れを辿るなら、あいつに聞くのが早い」
「でしょうね。この都市の裏のことなら大抵知ってますって顔してたわ」
パンに肉を挟みながら答える辺り、セラスもそこに異論はない。
「ただ、一つ留意する事がある。マルセルの後ろに控えていた女だ」
「あの腕の立ちそうな剣士ね」
セラスもすぐに分かったらしい。
「あの女の持ってる剣、刀と呼ばれる類だ」
「刀、ですか?」
「片刃の剣だ。形だけならそれほど珍しくもないが、問題は使い手の方だな。あの佇まいで刀使いとくれば、間合いに入っていれば気づいた時には首が飛んでるぞ」
「いたわね。アーサーと互角にやり合った刀使い」
抜いたところを見てから対処する、という考えそのものが遅い相手だった。
剣を抜く前と抜いた後の境目がほとんどなく、アーサーですら一歩踏み違えば危なかった。
マルセルの護衛がそこまでの腕かは分からない。だが、何もしていないのにこちらへ「動けば迎撃する」と理解させた時点で、甘く見る理由もない。
「もし話が拗れて荒事になったら、エマは部屋の入口をプロテクションで塞げ。外から増援を入れるな」
「......わかりました、合図はください」
「セラス、俺の身体なら斬りつけられようが痛みはない。盾に使え」
「随分と雑な盾ね。遠慮なくそうさせてもらうわよ」
「決闘しにいくわけじゃないからな。エマが増援を止めてる間に、俺とセラスで一気に押さえる」
「マルセルさんを、ですか?」
「違う。あの女剣士だ。マルセルに危害を加えるつもりはない。聞きたいことを聞くだけで済むなら、それが一番いい」
何も起きないことを願いながら、何か起きた時には即座に動けるようにしておく。冒険者としては、そちらの方が慣れている。
◇
「これはこれは。随分と早い再訪ですね」
前と同じ部屋で、マルセルは穏やかな商人の顔をして俺達を迎えた。
背後には例の黒髪の女剣士もいる。こちらを威圧する素振りはないが、その存在を一度意識してしまうと、かえって何もしていないことの方が気になった。
「聞きたいことが出来た」
「私でお役に立てることであれば」
俺は腰裏に固定していた多次元ポシェットへ手を回し、昨日の倉庫から持ち出した帳簿を取り出した。
女剣士の視線が、ほんのわずかに俺の手へ寄る。やはり見ている。
帳簿を机へ置き、マルセルの方へ押した。
「昨日、西の倉庫で見つけたものだ」
「……拝見しても?」
「その為に持ってきた」
数枚めくったところで、表情そのものはほとんど変わらなかった。ただ、ページを繰る手が止まった。
「人を商品として扱ってる帳簿だ」
「そのようですね」
「この規模の犯罪を、本当にあんたは知らなかったのか?」
今度はすぐに返事が来なかった。
帳簿が閉じられる。椅子へ深く身体を預けた頃には、先ほどまで声にまとわせていた商人らしい愛想が消えていた。
「……なるほど。今日は商売の話をしに来たわけではないということか」
「俺達の領分の話をしに来た」
「なら、こちらもそのつもりで話そう」
前の丁寧な物腰も仕事上の顔としては本物なのだろう。
だが、俺には今の方が話しやすかった。綺麗に包まれた言葉より、どこから先を許さない人間なのか分かる方が判断材料になる。
「最初に言っておくが、私は善人ではない」
「それは承知の上だ」
「即答されると、それはそれで気分のいいものではないな」
「俺の身分証を用意したのはあんただろ」
「……それを受け取った本人に言われては反論しづらい」
役所へ正面から頼んで、あれほど早く素性のない俺の身分を整えられるはずもない。
「世の中は綺麗なものだけで回ってはいない。表では動かせん荷も扱う。金で口を閉じさせることもある。その辺りを隠して、お前達に善人だと思ってもらうつもりもない」
そこで一度言葉を切る。
「だが、人を売る商売と麻薬には手を出さん。私の決めた線だ」
「理由を聞いても?」
「嫌いだからだ。気に入らんものは取り扱わん」
「随分と個人的ね」
「商売人が何を売るか決めるのに、他人の許可が必要か?」
「それで裏社会の大物やってるんだから大したものね」
セラスの言葉にも腹を立てた様子はない。
「何でも売れば金にはなる。だからこそ、売らんものくらい自分で決める。それだけだ」
犯罪者であることを認めた上で、踏み越えない線だけを自分で決めている。少なくとも今の話は、取り繕われるより信用しやすい。
「なら、この帳簿の連中は?」
「心当たりはある」
マルセルの指が帳簿の表紙を軽く叩いた。
「夜秤会だ」
「よばかりかい?」
「近頃、このラザームの裏へ食い込んできた連中だ。最初は荷運びの仕事を奪う程度だった。倉庫、運送、人足……表から見れば商人同士の縄張り争いにしか見えん」
「最初は、と言うことは今は違うのか」
「ああ。盗品、禁制品、それに人。扱う物を選ばなくなった」
マルセルは以前から連中の動きを追っていたらしい。
ただし、夜秤会は一つの大きな組織として堂々と看板を掲げているわけではない。荷を預かる者、運ぶ者、人を集める者、その場を守る者。それぞれが別々に動き、末端ほど上のことを知らされていない。
昨日、俺達が捕まえた連中も同じだろう。
「俺達が締め上げても、上については知らないと言ってた」
「おそらく本当に知らん。捕まって吐くのが困るなら、最初から教えなければいい」
「追いかける側からしたら、ほんっと面倒ねえ」
足も腕も組んだまま、椅子へもたれたセラスの声には、隠す気もなく嫌気が滲んでいる。
「じゃあ昨日みたいな倉庫を片っ端から潰すのは?」
「悪手だな。下を一つ潰せば、その上が警戒する。二つ潰せば荷を動かす。三つ目へ踏み込む頃には、上はラザームから消えている」
目の前にいる連中を制圧するだけなら難しくない。だが、倒せる相手を片っ端から倒した結果、一番捕まえたい奴に逃げられたのでは意味がない。
「それに、ここは国境にも近い」
「王国内にいるうちはまだいい。連合国まで抜けられれば、王国の騎士だからとそのまま追い回すわけにもいかん」
「先に上を見つける必要があるわけか」
「そういうことだ」
マルセルが追って掴み切れなかったものを、同じように俺達が探したところで結果は変わらないだろう。 なら、隠れて探すのをやめればいい。
「この街の情報屋を、片っ端から教えてくれ」
向かい側から返事が消えた。
「……一応聞くけど、何する気?」
「夜秤会のことを聞き回る」
「誰に?」
「この街の情報屋、全部だ」
隣から、何を言い出しているんだという視線が突き刺さる。
「それ、探ってること隠す気ゼロじゃない」
「隠す必要がない。気付かせるのが目的だからな」
「……また変なこと考えてるでしょ」
「俺みたいなのが情報屋を何軒も回って、『夜秤会について知らないか』って聞けば目立つだろ」
「それはもう、嫌でもね」
そこまで聞いたところで、向かいの男も狙いを理解したらしい。
「黒騎士が、夜秤会を探っている……と」
「そうだ。その中に一人でも奴らの手が回ってる情報屋がいれば、勝手に上へ報告する」
「なるほど。誰が繋がっているかを探すのではなく、繋がっている人間に動かせるわけか」
「報告した奴を捕まえる必要もない。次に誰へ渡すかを追えばいい」
「自分を餌にする気か」
低い笑いが返ってきた。
「目立つのが役に立つなら、使うだけだ」
「いいだろう。こちらで追う人間は用意する。お前達は好きなだけ目立ってこい」
「それなら得意そうね、ルクス」
「俺だって好きで目立ってるわけじゃないぞ」
「それ、本気で言ってる?」
ともかく、これで夜秤会へ繋がる糸をこちらから引きずり出せる。
殴るのは、相手が見えてからでいい。
「それと、もう一つ別件で聞きたい」
俺は腰裏の多次元ポシェットへ手を伸ばす前に、黒髪の女剣士を見た。
「そこの女剣士、いまから武器を取り出すが攻撃の意思はない。確認してほしいものがあるから出すだけだ」
女は何も答えなかった。 ただ、その立ち方がわずかに変わった気がする。俺の思い過ごしでなければ、警戒はしたが先に抜くつもりはないらしい。
「シズネ、構わん」
「承知しました」
俺は腰裏に固定していた革鞄の留め具を外し、手元へ持ってくる。中を意識して腕を差し入れ、まずデア・トルネードを引き出した。
長大な本体が現れるにつれ、マルセルの目がそちらへ移る。
「こちらの長物は故あって外見が変わってはいるが、どこで製造されたものか俺は知らない」
以前とは色も姿も変わっている。それでも、元が何なのかまで消えたわけではないはずだ。
続いてシンデレラを取り出した。
黒鋼を思わせる太い本体に、握り手だけが青みを帯びた銀色。片手用の長剣ほどの長さしかないにもかかわらず、太さは腕ほどもある。
「こっちは昨日の倉庫で見つけた。いずれも魔石から生じる魔力を動力にして動く」
机へ載せるには重すぎるだろうと思い、俺が持ったままマルセルへ見せる。
「あんたは物の流れに詳しいんだろ。こういうものがどこで作られて、どう流れてるか何か知らないか?」
マルセルはまずデア・トルネードを見て、それからシンデレラへ視線を移した。
しばらく両方を見比べたあと、返ってきたのは否定だった。
「悪いが、この二つそのものには心当たりがない」
「ただ、魔石を動力に使う魔導技術兵器という括りなら話は別だ。近年、私のところにも売り込みがあった」
「武器の売り込み?」
ここまで退屈そうだったセラスの声が少しだけ上がる。
「ああ。だが扱わなかった。高すぎる」
「アンタが? 高い商品ほど高く売りつけそうなのに」
「私を何だと思っている」
「裏社会の商人」
「否定出来んのが腹立たしいな」
「個人で使うには値が張りすぎる。それでいて、好事家が屋敷へ飾って悦に入るような代物でもない。実際に使うつもりの組織でもなければ、買う理由が薄い品だった」
「どこから来たものかはわかるか?」
「私のところへ話を持ってきた連中は、連合国を経由していた」
連合国。さっきまでしていた夜秤会の逃走先の話と、妙なところで同じ名前が出てきた。
「ただし勘違いするな。連合国を通ってきたことと、そこで作られたことは別だ」
「なら製造元は?」
「そこまでは知らん。ただ、魔導技術そのものは帝国由来だ」
昨日、シンデレラに刻まれていた文字も、セラスは昔の帝国領で使われていたものだと言っていた。
帝国という共通点は出来た。だが、それだけで人身売買と結びつけるのは早い。
「それ以上は?」
「知らん。扱わなかった商品について、製造元まで調べるほど暇ではない」
「十分だ。感謝する」
二つの武器を多次元ポシェットへ戻した。
夜秤会と魔導兵器の流れが同じなのか、偶然同じ倉庫へ行き着いただけなのか。そこはまだ分からない。
だが、今追うべきものだけは決まっている。
「まず夜秤会だな」
マルセルは机の引き出しから紙を取り出すと、名前と場所が次々に書き込まれていく。
「情報屋だ。表向きは古物商、酒場、荷の仲介、両替商……色々いる」
「都市ひとつにしては、随分と数がいるな」
「千商の都だぞ。表で金が動けば、裏で情報も動く」
やがてマルセルは二十を超える名前が並んだ紙をこちらへ差し出した。
「信用出来る者もいれば、金次第で誰にでも喋る者もいる。誰が夜秤会と繋がっているかまで分かれば、私も苦労はしていない」
受け取った紙を横から覗き込み、セラスの顔が露骨に曇る。
「……これ、全部行くの?」
「そのために全部教えろと言ったんだ」
「二十軒以上あるんだけど」
「よかったな。いっぱい聞き込み出来るぞ」
「何がよかったのよ!」
昨日、倉庫で暴れた黒騎士が、今日はラザーム中の情報屋を回って夜秤会を探している。
それを隠す必要はない。むしろ、出来るだけ早く、出来るだけ上まで伝わってもらう。
「出来るだけ、目立つように立ち回るぞ」
「アンタがそれ言うと、嫌な予感しかしないんだけど」
「失礼な奴だな」
「エマ、絶対アタシの近くにいなさいよ」
「はいっ!」
「なんでそこで素直に返事するんだ」
敵を見つけてから戦うのではない。 こちらを探らせ、動いたところを掴む。
どうにも俺らしくない戦い方だが――最後に殴る相手さえ間違えなければ、それでいい。




