第三十話 灰被姫と革鞄
翌朝、俺の部屋にエマとセラスを呼び、昨日の倉庫から持ち出した物を改めて確認することにした。
衛兵が来る前に慌ただしく多次元ポシェットへ放り込んだきり、昨夜はまともに調べる時間もなかった。酒場から戻った頃にはエマも眠気の限界だったし、何よりあの場で無理に確認する必要もない。
俺は腰の後ろに括りつけていたポシェットへ手を入れ、昨日手に入れた巨大な武器――シンデレラを引き出した。
「何度見てもでかいわね、これ」
床へ置かれたシンデレラを見下ろして、セラスが呆れたように言う。昨日、持ち上げようとして早々に諦めた本人だけに、その言葉には妙な実感が籠もっていた。
続いて同じ金属ケースに収められていた付属品を取り出していく。魔石の収められたカートリッジと、先端の尖った金属の塊。俺には小さな杭のようにしか見えなかったそれを、セラスが一本摘まみ上げた。
「これ、銃弾ね」
「これがですか?」
エマが横から覗き込む。
「ええ。でも、アタシが知ってる普通の銃で使うものより遥かに大きいわ。こんなの、普通の銃には入らないわよ」
俺にとっては、そう言われても比較のしようがない。前の身体の時代には、銃なんて武器そのものが存在しなかったからだ。小さな杭にしか見えない物が、今の時代では武器から撃ち出す弾として使われているらしい。
もっとも、そんな物を知っているセラスから見ても、これは明らかに規格外ということになる。
「じゃあ、シンデレラ専用の弾なんでしょうか?」
「たぶんね。この大きさで合う銃なんて、そうそうないと思うけど」
「入れてみれば分かるだろ」
俺はシンデレラの回転する弾入れを開き、セラスから受け取った銃弾を収めてみた。
金属の塊は、寸法を合わせて作られたようにぴたりと収まった。残りも同じように装填していくと、昨日この武器を手にした時に鎧から聞かされた仕組みと、目の前の実物がようやく頭の中で繋がっていく。
銃弾とは別に用意されている、あの流れてくる声に魔石カートリッジと呼ばれていた細長い部品。
それをシンデレラの握り手部分へ差し込むことで魔力を送り、その魔力が銃弾内部に封じられた魔力へ起爆剤のように作用する。
そこで起きた爆発の圧力で、この大きな弾を撃ち出す仕組みらしい。
俺は魔石カートリッジを、握り手の下側にある差し込み口へ押し込んだ。
「これで一応、撃てる状態か」
「ルクスさん」
妙に真剣な声でエマが俺を呼んだ。
「神妙な顔をして、どうした?」
「ここで撃ったりしませんよね?」
「しないぞ」
「本当ですか?」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「たまに確認しておかないと危ない人です」
迷いのない返事に、なぜかセラスまで当然のように頷いている。
「なんでお前まで頷いてるんだ」
「自覚がないのが猶更に問題なのよ」
そこまで信用がないのは少し納得がいかないが、宿屋の一室でこれを試す気など最初からない。昨日の倉庫ですら救出した連中がいたから撃たなかった代物だ。どれほどの威力が出るか分からない以上、試すなら周囲に何もない場所を選ぶ必要がある。
魔石カートリッジを装着したシンデレラを前に、エマはしばらくその巨体を眺めていた。ところが、その視線がふと俺の腰へ移る。正確には、さっきまでこれが収まっていた多次元ポシェットへだ。
「……あの、ルクスさん。前は途中で聞くのやめたんですけど、そのポシェットって、いったいなんなんですか?」
ようやくそこが気になったらしい。デアちゃんも旅の荷物も、昨日はこんな巨大なシンデレラまで平然と収めたのだから、むしろ今までよく聞かずにいたものだ。
「そうか。いよいよ気になったか」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「いつ聞くのかと思ってたんだよ」
俺は腰からポシェットを外し、口を開いてエマの前へ差し出した。見た目だけなら、腰に括りつけられる程度の革鞄に過ぎない。
「ちょっと手を入れてみろ」
「……大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「急に腕だけどこかに飛ばされたりとか……」
「そんな能力はない」
「そんな能力はって言い方されると、他にはありそうで怖いんですけど」
随分と警戒されている。
それでも好奇心には勝てなかったらしく、エマは恐る恐るポシェットの中へ手を入れた。指先から手首、やがて肘まで入っていくが、当然のように止まらない。
「……あれ?」
「どうした?」
「どうしたじゃないですよ。もうとっくに底に当たってないとおかしいですよね、これ」
「そのまま入れてみろ」
訝しみながら腕を進め、とうとう肩近くまでポシェットへ差し込んだところで、エマはさすがに俺を見た。外から見れば、腕が途中から鞄の中へ消えているようにしか見えない。
しばらく中を探っていたが、底も側面も見つからなかったらしい。ゆっくり腕を抜き、自分の手が無事なのを確かめるように指を動かしてから、改めてポシェットを覗き込む。
「なんですかこれ!?」
「多次元ポシェット。ランドルムの発明品だ」
「ランドルムって……あの、勇者一行の?」
「そうだ。 俺達の仲間の魔術師だ」
エマはポシェットと俺の顔を交互に見比べた。
「どうやったら、こんなものを作れるんですか?」
「それが分かれば苦労しないんだけどな」
「作った人の仲間だったんですよね?」
「仲間だったからって、ランドルムの頭の中まで分かるわけじゃない。特にこいつを作った時のあいつはな」
俺がそう答えると、事情を知っているセラスが嫌そうに眉を寄せた。
「これはランドルムが発作を起こした時に作ったのよ」
「発作……ですか?」
「普段はまともなのよ。少なくとも、あの六人の中じゃ一番まともだったわ」
「おい」
「何よ。アンタ、自分がまともな方だったと思ってるの?」
そこは今はどうでもいい。
ランドルムは元々、冒険者より研究者に近い男だった。それが魔神を倒すため、俺達みたいなのと戦場から戦場へ引きずり回されていたんだから、よく最後まで付き合ったものだと思う。
ただ、その分だけ色々と溜め込んではいた。
「普段は我慢してるんだが、限界を超えると突然研究を始める。あいつが発作を起こしたら、誰にも止められなかった」
「止めようとはしたんですか?」
「最初の頃はな」
「そのうち諦めたわよね」
「やるだけ徒労に終わることがわかってからな」
あの状態のランドルムに理屈を言っても無駄だった。それどころか、研究に必要だからと俺達が持っていた素材まで要求してくる。
「しかも発作中のあいつは、俺達が集めた貴重な素材を全部出せって脅してきてな」
「脅されたんですか!?」
「そうよ。結局、全員で土下座して出したんだから」
セラスの言葉に、当時の光景を思い出す。
魔神討伐の旅の途中で手に入れた希少な素材を並べ、ランドルムの前で俺達全員が頭を下げている。
世界を救うために集められた連中の姿としては、あまり人に見せられたものじゃなかった。
「使ったのはドッペルゲンガー、シュレディンガー、キマイラ、ウンディーネ……他にも色々あったな」
「そんな物を、鞄一つにですか?」
「だから惜しむなって散々脅されたのよ。存在だの次元だのに関わる性質が必要だったみたいだけど、最終的に何をどれだけ使ったのか、アタシも全部は覚えてないわ」
ランドルム自身の説明では、そういう素材の性質を組み合わせて、鞄の内側に見た目以上の空間を作ったらしい。
言葉だけ聞けば簡単だが、俺には詳しい理屈までは分からない。
「使い方は簡単だ。入れた物を覚えておけば、欲しい物を思い浮かべながら手を入れる。そうすれば手に触れる」
「中から探すんじゃないんですか?」
「さっきシンデレラを取り出したのもそれだ」
便利な物ではある。 だがエマは別のところが気になったらしく、もう一度ポシェットを覗き込んだ。
「じゃあ、今でも同じものを作れるんですか?」
「恐らくは無理だな」
「材料が貴重だからですか?」
「それもあるだろうけど、一番の問題はランドルム本人だ」
「作った本人なのに?」
「発作が治まると、その時組み上げた理論をほとんど忘れるんだ」
発作中のランドルムは、それまで頭の中へ溜め込んでいたものを一気に形にしてしまう。順番に理論を組み立てているわけではなく、本人の感覚だけで複雑な術式を完成させるせいで、落ち着いた頃には何をどうしたのか自分でも分からなくなっていた。
一応、発作中に書き残したメモもあった。
だが断片だらけで、字も酷い。術式そのものも複雑すぎて、最後にはランドルム本人が自分の書いた物を眺めながら首を傾げていた。
「だから、同じものは二度と作れない」
「ランドルムさん本人でも……?」
「俺とセラスが現代にいるから錯覚してるかもしれんが、ランドルムはとっくの昔に死んでるぞ」
「あっ……」
エマが黙ってポシェットを見る。
さっきまでは奇妙な鞄を見る目だったのに、事情を知った途端、触れるのも怖いほど貴重な物を見る顔になった。
「ルクスさん。それ、ものすごく大事なものなんじゃないですか?」
「物凄く便利だぞ」
「そういう話じゃないです」
「アタシも昔から言ってるんだけどね。こいつ、本当に物の価値を考えないから」
「使える物は使った方がいいだろ」
ランドルムだって、飾っておくために作ったわけじゃない。
俺はポシェットを受け取り、確認を終えたシンデレラと銃弾、魔石カートリッジを順に戻した。あれだけの物を収めても革鞄の外見には何の変化もなく、それを見ていたエマはまだ納得しきれない顔をしていた。




