第二十九話 神弓犯科帳
十二人全員を床に転がしたところで、ようやく倉庫の中が静かになった。
エマは救出した者たちの間を回り、怪我の具合を確かめている。幸い、今すぐ命に関わりそうな者はいないらしい。俺とセラスはその間に、意識のある連中をまとめて拘束した。
聞きたいことは山ほどある。
「誰の指示だ?」
壁際に座らせた男の一人へ問いかけると、そいつは腫れた頬を歪めた。
「俺達は運べって言われてるだけだ」
「上のことなんか知らねえ」
「そうか。こちらも探せと依頼されたのは一人でな」
俺は男たちを順番に見渡した。救出対象はもう確保している。こいつらが俺達へ武器を向けたことも、ここにいる全員が見ていた。
「お前達の中から一人どうにかなっても、『襲撃されたからやり返しただけで何も知らねえ』で通せるんだが」
「......」
さっきまで強がっていた男の顔から、血の気が引いた。
実際にやるつもりがあるかどうかまで、わざわざ教えてやる必要はない。
「もう一度聞くぞ。誰に言われて、人を運んでる?」
「ほ、本当に知らねえ! 俺達はここに運ばれてきた奴を見張って、指示が来たら別の場所へ移すだけだ!」
「他には?」
「荷物もある! 俺達も中身は知らされてねえ! 奥にあるやつには触るなって言われてる!」
それだけ吐き出すと、男は口を閉じた。
嘘を混ぜている可能性はあるが、少なくとも調べる場所は増えた。
「奥にあるやつ、ねぇ」
木箱に腰掛けて足を組んでいたセラスが、倉庫のさらに先を見る。
「百聞は一見に如かずだ。行ってみるか」
◇
捕らえられていた人々のところにはエマを残し、俺とセラスで倉庫の奥を調べることにした。
帳簿に載っていたのは人間だけではない。品名をぼかした荷や、妙に高額な金額だけが記された欄もある。表向きの荷物に混ぜて、何か別のものまで扱っていたらしい。
積み上げられた木箱をいくつか確認したところで、それは見つかった。
「……これだけ違うな」
木箱ではないし、周囲の荷物より遥かに大きい。
黒く塗られた金属製のケースで、縁には銀色の補強が巡らされている。他の荷に紛れて置かれているくせに、頑丈さだけは明らかに別格だった。
セラスが留め具の前へ屈み、鍵穴を覗き込む。
「この鍵は……アタシの開錠ツールでもいけそうかな」
「こいつでいい」
片腕の爪剣を展開し、ロック部分へ引っかける。
少しし力を加えれば、四か所ある留め具はあっさり切断された。
「あんたね……これがミミックとか箱罠あったら、大怪我だったかもしれないんだからね」
「ここは迷宮じゃないぞ」
「そういう問題じゃないのよ」
文句を言うセラスを横目に、重い蓋へ手を掛ける。
中身は、ケース以上に厳重だった。
黒い内張りの中央に、見たことのない巨大な武器が何重もの紐で固定されている。その横には小さい杭のようなものが整然と収められ、さらに別の窪みには魔石を組み込んだ細長い部品が何本か並んでいた。
「……なんだこれ」
俺には見覚えがない。
セラスはしばらく中身を眺めたあと、武器の形を確認するように首を傾けた。
「これ……銃じゃない?」
「銃?」
「やっぱり知らないのね。矢じゃなくて弾を飛ばす武器よ。今じゃそこまで珍しいものでもないけど……」
小首を傾げながら、そこで言葉が止まる。
「こんな馬鹿でかいの、アタシも初めて見るわ」
固定している紐を切り、俺はそれを持ち上げた。
確かに重い。だが、デアちゃんを扱っている俺からすれば、持てないほどではない。
興味を持ったのか、セラスがこちらへ手を伸ばす。
「ちょっと貸して!」
持ち手を渡しかけたところで、セラスの腕が一気に沈んだ。
「ムリムリムリ! こんなの持ち上がる前にアタシのか弱い腕が折れちゃう!」
「鈍器として振り回すには丁度いい感じの重さだぞ」
「鎧の身体基準で出てくる、その感想がもうおかしいのよ!」
武器を持ち直すと、その瞬間、頭の奥で聞き慣れた声が響いた。
≪兵装解析、完了。兵装正式名、無し≫
≪回転式弾倉、確認。外部魔石カートリッジより起爆魔力供給。弾体内魔力炸薬へ反応、爆発圧による弾体加速、射出≫
≪戦闘適応、完了≫
「……また勝手に覚えたな」
「何が?」
「こいつの使い方だ」
武器の中央にある円筒状の部分が、弾を収める場所らしい。 手元へ差し込む細長い魔石の部品は、発射するための魔力を送り込むもの。
そこから送られた魔力が、弾の中に込められた別の魔力へ火を付ける事で爆発させ、その力で撃ち出す。
随分と物騒な仕組みだ。
「あのさ、撃つつもりじゃないわよね」
「ここでか? 威力のわからない代物を試すわけにはいかないな」
倉庫の向こうには、助けたばかりの人間が大勢いる。俺の手で危険に曝すわけにはいかない。
改めて本体を眺めていると、片側に文字が刻まれているのが見えた。
「シンデレラ……」
「名前かしら?」
セラスが反対側へ回る。
そちらにも細かな文字列が刻まれていたが、今使われているものとは形が違う。
後から追いついてきたエマも覗き込んだ。
「こっちは……読めませんね」
「あー……これ、共通言語になる前の、昔の帝国領の言葉よ」
「読めるのか?」
「文字に見覚えがあるだけ。内容までは無理」
「帝国か……きな臭さでいえば世界最高峰の国ではあるな」
「そうなんですか? 確かに軍事大国とは聞きますけど」
「魔神戦争中に跡目争いしてた国だぞ」
エマが何とも言えない顔をした。
人類が滅ぶかどうかという時に、次の椅子を誰が取るかで揉めていた連中だ。四百年経って多少はまともになっていることを願いたいが、少なくとも俺の中で帝国という名前に良い印象はない。
もっとも、この武器に昔の帝国文字があるからといって、今回の事件と帝国を結びつけるには早すぎる。
今は材料の一つとして覚えておけばいい。
その時、倉庫の外から慌ただしい声が聞こえてきた。
「衛兵みたいね」
「誰か通報したか。大人数を連れて詰所に行くのは手間だからな、丁度良かった」
俺はシンデレラという名の銃をケースへ戻さず、そのまま多次元ポシェットへ収納する。同じ箱にあった銃弾と魔石カートリッジもまとめて入れ、人身売買の記録が残る帳簿も一冊だけ確保した。
残りの証拠は十分ある。
全部持っていく必要はない。
◇
「動くな! ラザーム衛兵隊だ!」
駆け込んできた衛兵たちは、倉庫の中を見るなり足を止めた。
拘束された男たち。救出された人々。砕けた荷物。そして、俺達。
まあ、説明を求められるのは当然だろう。
「ギルドの依頼で人探しの最中に襲撃を受けたので制圧した。俺は――」
「冒険者のセラスよ! アタシが受けた依頼で、解決したの!」
鼻息の荒いエルフに横から割り込まれた。
衛兵はセラスを見たあと、なぜかまた俺へ視線を戻した。
「は……はぁ……わかりました。では、そちらの黒騎士殿にギルドまで同行を――」
「アタシが受けたから! アタシが! 行くからね!」
「ですが……」
「ちょっと待ちなさい」
セラスが床に転がっている男の一人へ歩み寄り、片膝をついて屈むと、髪を掴んで頭を起こす。
そして、にっこりと微笑んだ。
「誰がいちばん活躍してた?」
「…………」
男の口元から、ぽろりと歯が落ちた。 続けてもう一本。
「この……お姉様です……」
「ほらね!」
「わ、わかりましたので、同行を……!」
一歩後ずさりながら、衛兵が折れた。
低い等級というものは、そこまで人を追い詰めるものなのだろうか。
現場の引き渡しを済ませ、セラスだけが衛兵と一緒にギルドへ向かうことになった。
「俺達は宿の部屋をとってから、ギルド近くの酒場に行く。報告が終わったら、そこで落ち合うぞ」
「はいはい。あっ、いちばんいい部屋とりなさいよ!」
最後まで注文だけは忘れないらしい。
◇
宿を取ったあと、俺とエマはギルド近くの酒場へ入った。
さすがに一日中歩き回っただけあって、エマは限界が近いらしい。両手で持ったパンを少しずつ千切り、シチューへ浸しては口へ運んでいるが、時折そのまま目を閉じかけている。
「エマ、食べるのか眠いのかどっちなんだ」
「眠いですけど……おなかもすいてまひゅ……セラスさんもまだ戻ってないですし」
眠気のせいか、最後の方は少し呂律まで怪しい。
それでもパンを食べる手は止まらなかった。
そこへ酒場の扉が開き、上機嫌なのが遠目にも分かるセラスが入ってきた。
「案外はやかったな」
「あれ? アンタ飲み食い出来ないのに、なに持ってんの」
セラスが指したのは、俺の前に置かれたジョッキだった。
「場所を弁えておこうと思っただけだ。酒場にきたら酒を注文しないとな」
「意味わかんないんだけど」
「お前が飲んでくれればいい」
「じゃあ、いっただきまーす」
セラスは俺の前からジョッキを取ると、そのまま一気に飲み干した。
空になったのを見て、近くにいた給仕へ指を一本立てる。向こうもすぐ意味を察したらしく、笑いながらもう一杯を運んできた。
「ギルドから何か確認はあったか?」
「証拠の帳簿もあるから、尋問した上で捜査が進んだら聞く事あるかも、ですって。事件にあたるから、騎士団に引き継ぐらしいわよ」
新しいジョッキを受け取りながら、セラスは続ける。
「報酬は本来の人探し分に加えて、事件規模が確定したら追加報酬があるから待つ事になるってさ」
つまり、ギルドとしての依頼は達成。 あとは騎士団がどこまで掘れるか次第ということか。
「なら、俺達は別口から調べるか」
多次元ポシェットから、持ち出しておいた帳簿を一冊取り出す。
揚げた芋を齧りながら、セラスの顔が楽しそうに綻んだ。
「人探しから膨らんで、なんだか面白くなってきたわね!」
俺も否定する気はなかった。
騎士団には騎士団の調べ方がある。
俺達には、俺達の聞き方がある。
そして、この街の裏側について聞くなら――まず思い浮かぶ男は一人だった。
マルセル・ヴァレッティ。
あいつが何を知っているのか。
次は、それを確かめる番だ。




