第二十八話 あぶない二人
「中に……まだ何人もいる」
男が青ざめた顔で振り返った先には、さっき飛び出してきた倉庫の脇扉が開いたままになっている。
「何人だ?」
「わ、わからない……俺が見た時だけでも十人以上いた。仕事だって言われて中に入ったら、いきなり取り押さえられて……気づいたら、みんな一緒に縛られてたんだ」
「おい! 余計なこと喋ってんじゃねえ!」
追手の一人が剣を抜き、こちらへ踏み込んでくる。
俺は振り下ろされるより先に片腕を伸ばし、男の襟首を掴んだ。
「なっ――」
そのまま持ち上げ、横から近づいていたもう一人へ放り投げる。二人分の身体がまともにぶつかり、石畳の上をまとめて転がっていった。
「て、てめえ……!」
残った一人が剣を構えたものの、俺ではなく、横から歩いてくるセラスへ視線を向けた。
まあ、黒い鎧より細身の女を選びたくなる気持ちはわからなくもない。
ただ、だいぶ相手が悪いだけだ。
セラスは足を止めることなく男の懐へ入り、みぞおちへ拳を叩き込んだ。
「ごっ……」
腹を抱える暇すらなく膝が折れ、拳を引き抜かれるとそのまま石畳へ崩れ落ちる。
「……終わり?」
「みたいだな」
「あんたの言う通り、わかりやすい三下みたいな台詞しか吐かなかったわね」
セラスは倒れた男を放って、何事もなかったようにこちらへ戻ってきた。
エマは俺の後ろで依頼対象の腕を支えている。手首の擦れた跡は近くで見るほどひどく、少なくともこいつが自分の意思で倉庫に残っていたわけではないのは間違いない。
「エマ、そいつを頼む」
「はい。傷を見ます」
「お、俺より中の奴らを……」
「順番だ。お前が倒れたら話も聞けなくなる」
男をエマへ任せ、俺は開いた脇扉へ向き直った。
中にいるという人数が本当なら、ここで依頼人の息子だけ連れて帰るわけにもいかない。とはいえ、逃げてきた男の証言だけで何があるか決めつけるのも早い。
倉庫の奥へ意識を向ける。
≪非敵性存在、十八≫
正確にどこまで拾っているのかはわからないが、少なくとも扉の向こうに相当数いることだけは確からしい。
「どうやら、言ってることは正しいみたいだな」
「何かわかったんですか?」
「中に十八。どこまで正確に拾っているかはわからないけどな」
セラスが脇扉の暗がりへ視線を向けて、楽し気な声を出す。
「じゃあ行くしかないわね!」
「なんで楽しくなってきてるんだよ、依頼だぞ」
俺達は、逃げてきた男が開けた扉から倉庫へ入った。
◇
外から見たよりも奥行きがある。
大きな木箱や麻袋が何段にも積まれ、荷馬車がそのまま入れるだけの幅を空けて通路が伸びている。その奥、荷箱で外からの視線を遮るように仕切られた一角から、人の気配がした。
近づいてみれば、そこにいたのは商品ではなかった。
男も女もいる。若い者が多いが、種族も身なりもばらばらだ。全員が同じ場所へ集められ、何人かは手首を縄で縛られたまま壁際へ座らされていた。
「安心してください! 冒険者ギルドの依頼で来ました!」
エマの声に、それまで身を縮めていた者たちが一斉にこちらを見る。
黒い鎧を見て余計に怯えた奴もいた気がするが、そこは今は気にしないことにした。
「エマ、怪我人を見てくれ。セラス、まだ他にいないか確認するぞ」
「はいはい、アタシは奥見てくる」
拘束を解きながら何人かに事情を聞いたが、話は似通っていた。
仕事を探していたところを声を掛けられた者。街へ来たばかりで宿代に困っていた者。一日だけの荷運びだと聞いてここへ来た者。
そして倉庫へ入ったあと、全員が拘束されている。
なぜ捕まえられたのかを知っている者はいなかった。
「ルクス、ちょっとこっちに来て」
少し離れたところからセラスに呼ばれた。
積み上げられた荷箱の陰に、小さな机が置かれている。その上には何冊かの帳簿が積まれていた。
その中の一冊を開くと、最初は普通の荷の記録に見えた。だが、途中から記載の仕方が変わる。
年齢。性別。種族。その横に金額。そして、搬出を示す日付。
品名を書くはずの欄に、人間の特徴が並んでいた。
「……人身売買、か」
その言葉を口にした瞬間、一人の男の顔が浮かんだ。
マルセル・ヴァレッティ。
このラザームを仕切り、俺にこの時代で使える身分証明書を用意した男だ。
もちろん、この帳簿だけであいつが関わっていると決めつける気はない。だが、人を集めて閉じ込め、どこかへ運ぶ。こんな商売がこの街で続いているのなら、本当に何も知らないのかは聞いてみる必要がある。
横で別の帳簿を確認していたセラスが顔を上げると、倉庫の入口側へ視線を向けてから耳をぴくりと動かした。
「こっちに大人数が走ってきてる」
俺にはまだ、遠くで何かが鳴っている程度にしか聞こえない。
だが、その直後。
≪広域探知、敵性存在、十二≫
「どうやら十二人、お仲間がいるみたいだな」
眉間に皺を寄せたセラスが、帳簿を閉じて机の上に放り投げながら見上げてくる。
「ねぇ、アタシより先に気づくってどうなってんの?」
「俺に聞くな。こっちも勝手に教えられてるだけだ」
足音は急速に近づいている。今度は俺にも、複数人がこちらへ向かって走ってくるのがわかった。
「数は多いが、出来れば殺すな。エマの情操教育に悪い」
「今更でしょ? ゴブリンとか、散々仕留めたじゃないの」
「人間相手の戦闘経験はあるが、進んで見せたいものでもないだろ」
「わたし、そんなに子供じゃありませんよ!」
「なら、情報を聞き出すためって理由でもいい」
「最初からそう言いなさいよ」
セラスの小言を聞きながら、俺は両手の籠手から爪剣を展開する。
そこで、背後からエマの声が飛んできた。
「……ルクスさん、その爪、なんか長くなってませんか?」
「ん?」
言われて見れば、確かに長い。
以前なら籠手の延長程度だったはずの刃が、今は明らかにそこから先へ伸びている。神託の間を出てから、この身体にはまだ俺の知らない変化がいくつも残っているらしい。
試す相手として、こちらへ向かってくる連中はちょうどいい。
そう思ってから、倉庫内を見回した。
積み荷。木箱。狭い通路。そしてすぐ後ろには、助け出したばかりの人間が十八人。
「……これで斬ったら、凄惨な景色を見せることになるな」
「さすがに、それはやめてください!」
「使い勝手は良いんだが、こういう場合は扱いに困るな」
爪剣を引っ込めてから腰に手を回して、デアちゃんを引き抜く。
「無難にこっちでいくしかないか」
「そっちも十分怖いと思いますけど!」
「撃たなきゃ大丈夫だ」
「その理屈もどうなんでしょうか......」
言っている間に、入口側から怒鳴り声が響いた。
「テメェら、どこの組織のもんだ! クソッ......冒険者か!?」
「囲め、囲め! ここで仕留めちまえばバレねぇ!」
剣や棍棒を手にした、どう見ても堅気ではない人相の男たちが通路から雪崩れ込んでくる。
セラスは弓へ手を伸ばさなかった。この距離と狭さなら、その方が早いらしい。
床を蹴ったセラスが壁際へ走り、そのままタタタッと軽い音を立てて壁を駆け上がる。先頭にいた男が見上げた時には、もう遅い。
「は?」
跳ねた膝が側頭部へ突き刺さった。
男の身体が折れ、そのまま崩れ落ちる――前に、セラスはその頭を足蹴にしてさらに前へ跳ぶ。
後ろにいた男が剣を上げるより早く、頭頂部へ踵が落ちた。
果実が潰れるような音が響いて二人目が床へ沈むのとほとんど同時に、セラスは軽く膝を曲げて着地した。
「な、なんだこいつ……! 化けも―― 」
三人目が禁句を吐き終わる前に一歩踏み込み、その開いた口元へ手刀を叩き込んだ。
「ぶごっ!?」
男が仰け反って倒れて、ビクビクと痙攣する。
「出来れば殺すなとは言ったが、それより酷い事になってるな」
「注文が多いのよ! 生かしてあるんだからいいじゃない」
痛そうという表現では物足りない状況だが、少なくとも生きてはいるか......。
なら俺も続くかと、迫ってきた二人へ踏み込み、デアちゃんを腰の高さで横薙ぎに振る。
「ぐっ――!」
「がはっ!?」
剣も棍棒もまとめて弾き飛ばし、二人の身体が横並びに宙を舞った。荷箱へ突っ込まない程度に加減はしたが、床を何度か転がったあと、そのまま動かなくなる。
ほんのわずかな間に、先頭にいた連中がまとめて消えた。
残った男たちが足を止める。
その前でセラスは微笑を浮かべ、手刀の際に刺さったであろう歯を手袋から抜きながら言い放った。
「アタシ、いま実績稼ぎしなきゃいけないから、人数が多いと助かるのよね」
「お前、そういう実績でいいのか?」
「現代での実績ならなんでもいいのよ。 数で稼いで追いつくわよ」
セラスが肩慣らしに腕を回して、男達に視線を投げる。
「どっちが多く片づけるか競争ね」
「後衛に負けてられるか」
残った男たちの顔から、戦意とは別の何かが消えた。
◇
勝負がどちらについたのかは途中から数えていないが、気付けば十二人全員が倉庫の床に転がっていた。
呻いている者。気絶している者。起き上がろうとして、セラスと目が合った途端にもう一度床へ伏せた者。
とりあえず、死人はいないのだから上出来と言っていい。
「……これで情報を聞き出せるな」
そう言いながらデアちゃんを肩へ担ぐ。
人探しの依頼を一つ受けただけだったはずなのに、十八人を助け、人身売買の帳簿を見つけ、床には新しく十二人転がっている。
冒険者としての最初の仕事にしては、ずいぶん話が大きくなったものだ。
聞きたいことなら、山ほど増えた。




