第二十七話 メイクデビュー
冒険者ギルドの掲示板には、思っていた以上に雑多な依頼が並んでいた。
護衛、採取、魔獣討伐、荷運び、失せ物探し。紙の大きさも文字の癖もばらばらで、報酬だけ見れば目を引くものもある。だが、受けられる等級が決まっている以上、何でも好きに選べるわけではないらしい。
「もっと実績になりそうなのないの?」
隣でセラスが掲示板を睨みつけている。さっきから見ているのは討伐依頼ばかりだ。
「何を探してるんだ」
「魔獣討伐。できればでかいやつ」
「六等級が受けられる範囲で探せよ」
「アンタその話いつまで擦るつもり!?」
即座に噛みついてきた。どうやら当分は使えそうだ。
「セラスさん、最初からそんな危ない依頼を選ばなくても……」
エマが困ったように二人の間へ入り、掲示板の下段から一枚の依頼書を抜いた。
「これなんてどうですか? 人探しです」
「人探しねぇ......ふぅん」
セラスが受け取った依頼書に目を通す横から覗き込む。
倉庫街で日雇いの仕事を始めた若い男が、三日前から帰ってこない。行き先はラザーム西側の倉庫街。報酬は高くないが、六等級でも受けられる依頼だった。
「ちゃちゃっと殴って終わりの依頼のほうが助かるんだけど、悪くはないわね」
「嫌なら、俺とエマは他の依頼を受けるぞ」
「やるわよ! 現代の実績になるんでしょ!」
魔神を討った女が、人探しの一件でここまで必死になるとは四百年前には想像もしなかった。
俺達は受付で依頼を受ける手続きを済ませ、そのまま依頼人のもとへ向かった。
◇
依頼を出したのは、倉庫街から少し離れた場所に住む中年の女だった。
姿を消したのは同居している息子で、三日前の朝、「倉庫街で一日仕事が見つかった」と言って出ていったきり戻っていないという。着替えも荷物もそのまま。街を出るような話もしていなかった。
「借金は?」
「ありません。少なくとも、私が知る限りでは……」
「揉めてる相手は?」
「そんな話も聞いたことはありません」
「最近、急に金回りがよくなったとか、逆に金に困ってた様子は?」
女は少し考えてから首を振った。
「日雇いの仕事が減って、困ってはいました。でも、借金をするほどでは……あの日も、仕事が見つかったって喜んでたんです」
自分から消えた可能性を先に潰す。人探しでは、消えた場所より消えた理由のほうが手掛かりになることも多い。四百年前にも、逃亡者から迷子まで嫌になるほど探した。
「ルクスさん、こういうの慣れてるんですね」
「人探しなんて、大抵は本人が消えた理由から探すもんだ。最後にもう一つ。どこの倉庫へ行くかは聞いてないんだな?」
「はい。ただ、西の倉庫街だとしか……」
手掛かりは薄い。だが、少なくとも自分の意思で旅に出た線は薄そうだった。
「わかった。まず倉庫街で聞いてみる」
女が何度も頭を下げるのを背に、俺達は家を出た。
依頼書一枚を受け取って、人のために動く。今までは行く先々で面倒事に巻き込まれることのほうが多かったが、今回は最初から誰かに頼まれて動いている。
これが、今の時代で受ける俺達の最初の仕事らしい。
◇
ラザーム西側の倉庫街は、昼を過ぎても忙しさが衰える気配を見せなかった。
荷を満載した馬車が石畳を行き交い、人足が木箱や麻袋を肩に担いで走り回っている。人間だけではない。獣人も、ドワーフらしい小柄な男も混じり、商人の怒鳴り声と車輪の音が絶えず響いていた。
千商の都という呼び名は伊達ではないらしい。
依頼人から聞いた人相を頼りに、近くの荷運びへ一人ずつ声を掛けていく。最初の数人は知らないと首を振ったが、五人目でようやく反応があった。
「ああ、その兄ちゃんなら見た気がするな」
「どこで?」
「向こうの通りだ。三日くらい前だったか。仕事探してうろついてたよ」
男が顎で示した先には、似たような石造りの倉庫が並んでいる。
「その後は?」
「さあな。俺も自分の仕事があるからよ」
そこでエマが、倉庫への荷馬車の出入りについて尋ねた。
「夜でも動いてるぞ。つーか、ここじゃ珍しくもねえ」
「まあ、商都っていうなら時間問わず出入りくらいあるだろう」
「その通り。夜に荷が動く程度で怪しんでたら、この街じゃ寝る暇もねえよ」
男は笑ったが、すぐに少しだけ声を落とした。
「ただ、あそこの倉庫はちょっと変わってるけどな」
「あそこ?」
「突き当たりの、灰色の屋根のとこだ。あそこだけ、俺らみたいな外の荷運びをほとんど使わねえんだよ」
荷馬車が着けば、そのまま敷地の内側へ入れる。門を閉めてから、中の人間だけで荷を降ろす。どれだけ忙しそうでも周辺の人足を雇おうとしないらしい。
「それだけなら、荷を見られたくない商売ってだけじゃないのか?」
「まあな。そういう商会がないわけじゃねえ」
俺もそう思った。金になる品を扱っていれば、余計な目を嫌う理由はいくらでもある。
ただ、一つ引っかかる。
「待て。その倉庫、本当に外の人間を雇わないのか?」
「ああ。少なくとも普段はな」
「俺達が探してる男は、ここで日雇い仕事を見つけたと言って出てきた」
男の顔から笑いが消えた。
「……そりゃ、妙だな」
セラスも同じところに気づいたらしく、突き当たりの倉庫へ視線を向けている。
「普段は雇わない。でも、たまに雇う相手がいるってこと?」
「さあな」
男の返事が急に短くなった。周囲を一度見回し、話を切り上げるように腰を上げる。
「……まあ、俺が知ってんのはそのくらいだ」
知らない顔じゃない。知っているが、これ以上は言いたくない顔だ。
俺はポシェットから銀貨を一枚取り出し、男の手へ押し込んだ。
「お前はなにも喋っちゃいない」
「……?」
「小銭を拾って、気分よく独り言を話してしまうだけだ。それを誰が聞いてるかは、お前には関係ない」
男は掌の硬貨と俺の兜を交互に見た。少し迷ったあと、硬貨を握り込む。
「……独り言なら、仕方ねえな」
「そうだな」
声がさらに落ちた。
「あそこは普段、外の人間を使わねえ。けどな、時々だけ向こうから声を掛けるんだよ。仕事を探してるよそ者にな」
「どんな奴を選ぶ?」
「身なりがよくねえ奴が多い。旅人とか、仕事にあぶれた若いのとか……この街に身寄りがなさそうな奴だ」
胸の奥に嫌なものが引っかかった。
「それで?」
「仕事を受けた奴を、その後見かけなくなることがある」
エマの口元から、さっきまでの柔らかな空気が消えた。
「それって……」
「知らねえよ。俺は何も知らねえ。ただ、あそこについて余計なこと聞いてると、ガラの悪い連中に目ぇ付けられるってだけだ」
男はそこまで言うと、今度こそ口を閉ざした。
「だから俺なら、人だけ見つけて帰る。仕事以上のことに首突っ込むもんじゃねえ」
「忠告は覚えておく」
これ以上は聞いても出ないだろう。男から離れ、三人で倉庫の並ぶ通りへ向かう。
「……怪しいですよね」
「真っ黒でしょ、あれ」
「黒に近い灰色だ。まだ何も見てない」
セラスは何とも言えない顔で俺を見たあと、ふっと肩の力を抜いた。
「アンタがそれ言う?」
「だからこそだ。見てないものまで決めつけると、判断を間違える」
依頼は人探し。まず探している男が本当にあそこへ入ったのか、それを確かめる。
話はその後だ。
◇
教えられた倉庫は、周囲と比べて特別目立つ建物ではなかった。
高い石壁。大きな搬入口。表には商会名らしい看板も掛かっている。荷馬車も何台か停まっており、外から見る限りでは普通の倉庫と大差ない。
だからこそ、さっきの話だけで踏み込むわけにはいかない。
「少し離れて見るぞ」
「ルクス、もっとしっかり隠れてよ! ただでさえデカくて目立つんだから!」
三人で通りの反対側へ移り、倉庫の出入りを見渡せる場所に立った。すぐに動く必要はない。しばらく様子を見ながら、人と荷馬車の流れを確かめる。
何人かの男が出入りしたが、探している人物はいない。荷馬車が一台入っていき、門が閉じる。聞いた通りではあるが、それ自体に違法性はない。
このままでは手掛かりが途切れる。
そう思った時だった。
倉庫脇の小さな扉が、内側から乱暴に開いた。
一人の男が転がるように外へ飛び出してくる。服は汚れ、片袖が裂けている。手首には赤く擦れた跡。
依頼人から聞いた特徴と一致した。
「あっちから出てきたか。当たりを引いたな」
男はこちらに気づいていない。背後ばかり気にして、足をもつれさせながら通りへ出てくる。
続いて扉から三人の男が飛び出した。
「待て! そいつを逃がすな!」
背後の怒声に追い立てられるように、男がこちらへ駆けてくる。俺達の姿を認めた途端、ほとんど縋りつく勢いで俺の前へ飛び込んできた。
「た、助けてくれ!」
追ってきた男たちも足を止める。そのうちの一人が、息を荒らしながらこちらを指さした。
「そいつはうちの荷を盗んだコソ泥だ! こっちへ渡せ!」
「手本通りの三下みたいな台詞と行動だな。 盗人なら衛兵に突き出せばいいだけだ」
「こっちの問題だ。どけ」
妙な話だ。
依頼人が三日も探していた男が、荷物も持たず、手首に拘束された跡まで残して逃げてきた。そのうえ追手は衛兵を呼ぶ気がない。
ここまで揃えば、さすがに灰色とは言いにくい。
「冒険者ギルドから人探しを依頼されてる。こいつが探してた本人なら、先に話を聞く」
「関係ねえ。どけ!」
男の一人が剣の柄へ手を掛ける。
俺も腰裏のポシェットへ手を伸ばした。
背後へ回った依頼対象が、息を切らしながら俺の鎧を掴む。
「た、助けて……くれ……」
「そのために来た」
「違う……俺だけじゃない」
切れ切れの声だった。
「何?」
男は青ざめた顔で倉庫を振り返る。
「中に……まだ何人もいる」




