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第二十六話 職業、冒険者

 ラザームの冒険者ギルドは、街の規模に負けず劣らず大きかった。


 扉をくぐれば、依頼書の貼られた掲示板を眺める冒険者、受付へ素材を持ち込む連中、仕事帰りらしい一団が行き交っている。四百年前にも何度となく見た光景ではあるが、建物も仕組みも俺の知っているものとは違う。それでも、この雑多な空気だけは妙に懐かしかった。


「なんか、久しぶりって感じするわねぇ」


 隣のセラスも同じものを感じたらしい。


「お前の場合、本当に四百年ぶりだからな」


「そこ強調しなくていいのよ」


 エマに案内されて受付へ向かう。今度こそ腰裏のポシェットには、俺がこの時代に存在するための証明書が入っている。偽物ではあるが、昨日までの何もない状態よりは遥かにマシだ。


「冒険者登録をしたい。俺とこいつの二人分だ」


「はい。では身分証明をお願いいたします」


 受付の女性へ、マルセルから受け取った書類を差し出す。


 少し緊張したが、女性は何度か内容を確認しただけで、特に疑う様子もなく手続きを進めていった。あの男が「出来のいい偽物」と言っただけのことはあるらしい。


「エマさんは、すでに登録済みですね?」


「はい、もちろんです!」


 エマが自分の登録証を出す。


「エマ・アーネットさん、五等級。登録内容にも問題ありません」


「五等級?」


 聞き慣れない言葉に反応すると、エマがこちらを向いた。


「冒険者には等級があるんです。六等級から始まって、五、四、三、二、一等級と上がっていって、その上に特級があります」


「つまりエマは下から二番目か」


「言い方!」


 頬を膨らませたエマを見る限り、数字通りの評価ではないと言いたいらしい。


 実際、俺が見てきたエマを思えば納得できる。何度も命を助けられたし、防衛戦では結界を張りながら負傷者まで治していた。だが冒険者として正式に受けた仕事そのものは少ないと聞いている。腕とは別に、記録を積まなければ等級は上がらない仕組みなのだろう。


「それでは、セラス・アーデルハイトさんですが」


「はいはい」


「新規登録ですので、六等級からとなります」


「なんでぇ!?」


 受付の女性がびくりと肩を揺らした。


「いえ、なんでもなにも……活動記録がございませんので……」


「アタシの討伐実績、魔神なんだけど!?」


 ギルド内の視線が一斉にこちらへ向いた。


 エマが両手で顔を覆う。


 俺もできることなら兜の奥で同じことをしたかった。


「で、伝承と記録は別でございますので……四百年前の活動記録まで遡ることは出来ませんから……」


「…………」


 セラスの口元が引きつる。


「現代での活動記録が確認できない以上、規定では六等級からとなります」


「……わかったわよ」


 どう聞いても納得した声ではなかった。


 魔神を討った勇者の仲間が、現代では駆け出し冒険者。


 本人には悪いが、少し面白い。


「ルクス。今笑ってない?」


「兜で見えないだろ」


「だから聞いてんのよ!」


 そんなやり取りをしている間に、俺の書類を確認していた受付の女性の手が止まった。


「……少々お待ちください」


「何か問題か?」


「書類に不備があるわけではありません。ただ……こちらのお名前と、現在確認されている黒騎士様の活動記録が一致しておりますので、通常の新規登録として処理してよいものか、私では判断できません」


 どうやら問題になったのは偽物の紙ではなく、俺自身だった。


 受付の女性は奥へ確認に行き、しばらくして戻ってくる。


「ギルドマスターがお会いになるそうです」


「俺だけか?」


「お連れの方もご一緒で構わないとのことです」


「またルクスだけ特別扱い……」


「俺が頼んだわけじゃない」


 六等級の登録証を受け取ったセラスが、恨めしそうに俺を睨んでいた。


     ◇


 案内された部屋で待っていたのは、五十代半ばほどの大男だった。


 右目を眼帯で覆い、首筋から覗く古い傷跡と太い腕は、机仕事だけで歳を重ねた男のものではない。ギルドマスターという肩書きより、現役を退いた冒険者と言われたほうがしっくりくる。


「バルク・オルセンだ。ここのギルドマスターをやってる」


「ルクス・ウェインだ」


「知ってるよ。知らねえほうが難しい」


 バルクは机の上に置かれていた俺の書類を持ち上げ、一通り眺めてからこちらへ視線を向けた。


「……ずいぶん出来のいい紙を持ってきたな」


 言葉の意味はすぐにわかった。


「何のことだ?」


「そういうことにしといてやる」


 やっぱりバレている。


 マルセルは、人を見る者まで騙せる保証はないと言っていた。どうやら最初からその類いの人間に当たったらしい。


「俺は長いこと冒険者やって、その後はこっち側だ。紙を見る機会も嫌ってほどあった」


 書類を机へ戻し、バルクは片方しかない目を俺へ向ける。


「だがな、俺が登録するのは紙じゃねえ。冒険者だ」


「……それで?」


「黒騎士ルクス。山賊に襲われた連中を助け、街の防衛にも加わった。魔獣を片付けたって報告もある」


 バルクは机の上に積まれた何枚かの報告書を指先で叩いた。


「こっちは各地から上がってきた記録を見てる。紙切れ一枚の経歴より、よっぽど信用できる」


「なら、この身分証のことは?」


「本物だとは言ってねえぞ」


「聞かなかったことにしてくれると助かる」


「俺も何も聞いてねえ」


 随分と都合のいい耳をしている。だが、俺にとってはありがたい。


「ところで!」


 話が一区切りつくや、黙って聞いていたセラスが我慢できないとばかりに身を乗り出した。


「だったらアタシの等級もどうにかならない?」


「ならねえ」


「なんでよ!」


 バルクは面倒そうに頭を掻いたあと、セラスを頭から足元まで一度眺めた。


「俺とて元冒険者だ。あんたの立ち居振る舞いを見て、勇者の仲間だった“神弓”だって話を疑うつもりはねえよ」


 その目は、さっきまでの受付の女性とは違っていた。


 伝承に残った名前を見ているんじゃない。何気なく立っているように見えるセラスの足運びや重心、周囲へ向けられた視線まで見ている。


「だが、こっちのデカブツと違って、あんたには現代で確認できる活動記録がねえんだ」


「ここに来る前にゴブリンから街を守ったんだけど!? それで多少は──」


「それがあんただって情報がまだ上がってきてねえんだ」


「……」


「報告が届いて、あんたが参加したって確認が取れりゃ、当然実績になる。だが、まだ届いてねえもんを記録にはできん」


「融通利かないわねぇ……」


「ギルドってのは、その融通の利かなさで信用売ってんだよ」


 セラスはむっと頬を膨らませ、腹立ちまぎれに床をこつんと踏み鳴らした。


 本人の腕を信用していることと、ギルドの記録として認めることは別。その辺りは、バルクなりに線を引いているらしい。


「腕があるなら、六等級の仕事で困ることもねえだろ」


「そういう問題じゃないのよ!」


 ここまでくると、バルクのほうが楽しんでいるようにも見えた。


「で、俺は六等級じゃないのか?」


「お前を六等級にしたら、依頼を出す側が困る」


「俺は困らないぞ」


「お前じゃねえよ。 出す側だって言ってるだろ」


 バルクは机の上の報告書をもう一度指先で叩いた。


「等級は腕っぷしだけで決めるもんじゃねえ。依頼を完遂できるか、余計な被害を出さねえか、信用できるか。そういうのを全部ひっくるめた目安だ」


 黒騎士としての俺には、少なくとも現代での行動記録がある。


「実力だけなら、もっと上かもしれん。だがギルドの仕事を一件も受けてねえ奴を、いきなり一等級や特級にはできねえ」


「そりゃそうだな」


「二等級。今ある記録で、俺が責任持って認められるのはそこまでだ」


「それと当然、黒騎士をそこまで評価するってんなら――」


 バルクの視線が、俺の隣にいたエマへ移った。


「そっちの嬢ちゃんの昇格も考慮することになる」


「わたしもですか?」


「黒騎士と一緒に動いて、実際に防衛や救護に参加してるんだろ。報告を見る限り、五等級に置いとく働きじゃねえ」


 バルクは腕を組み、しばらくエマを眺める。


「三等級ってところだろうな」


「三等級……!?」


 エマが思わず胸元で手を握り、信じられないものを見るように目を見開いた。


「ただし、今ここで上げるとは言ってねえぞ。正式な昇格には確認するもんがある。記録を精査して、問題がなけりゃ手続きを回す」


「は、はい!」


 その瞬間、横から刺すような視線が突き刺さった。見なくても、誰がどんな顔をしているのかはわかる。


「……二等級と三等級……」


 セラスは俺を見て、次にエマを見て、それから自分の登録証を見た。しばし無言で三つを見比べた末、とうとう堪えきれなくなったように声を絞り出す。


「そんな表情で俺を見ても、昇級しないぞ」


「アタシ、六等級」


「俺に言うなって」


「魔神討伐、六等級……」


「エルフが恨み節繰り返すと、本当に呪いになりそうだからやめてくれ」


 次の瞬間、バルクの豪快な笑い声が部屋に響いた。対するセラスはますます不満そうに口を尖らせ、その温度差が妙に可笑しかった。


     ◇


 手続きを終え、俺の手元にも冒険者登録証が渡された。


 ルクス・ウェイン。二等級冒険者。


 偽造した身分証に書かれていた名前と同じだ。だが、こっちは違う。俺がこの時代でやってきたことを見た人間が、それを俺のものとして認めたうえで発行された証明だった。


「ルクスさん」


 呼ばれて顔を向けると、エマが俺の手元の登録証を覗き込んでいた。


「二等級冒険者、ルクス・ウェイン……ですね」


「なんだ。確認か?」


「いえ。なんだか、ちゃんと形になったなって思って」


 そう言って、エマは少しだけ嬉しそうに笑う。


 俺はもう一度、手の中の登録証へ目を落とした。


 これがあれば、依頼を受けられる。報酬も、実績も、これからは俺自身の名前で積み上がっていく。


「さて」


 登録証をポシェットへしまい、依頼書の並ぶ掲示板へ目を向けた。


「不審者を卒業したんだ。 せっかくだし、何か仕事でも探すか」


「その前にアタシの六等級をなんとかする仕事探すわよ!」


「まだ引きずってたのかよ」

 お読みいただきありがとうございました。

 結果だけ見ると、ルクスは高位開始、エマは昇格、セラスが最も低いランクからの冒険者になりました。

 次回、冒険者としての初依頼を引き受けます。セラスは無事、六等級から抜け出せるのか。

 またこのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。

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