第二十四話 賭博黙示録 ルクス
丘を下り、ラザームへ続く街道を進む。
遠くから見た時点でも大きな街だと思っていたが、近づくほどその印象は変わった。市壁の前には何本もの車列が伸び、人を乗せた馬車、荷を積んだ荷車、徒歩の商人や冒険者らしい連中が途切れず門へ吸い込まれていく。獣耳を隠しもしない商人の隣をエルフが歩き、その横では人間の商隊が普通に値段の話をしていた。
「朝はまだマシよ。昼前になると、もっと混むから」
栗毛の鹿の手綱を取るセラスにとっては、これが見慣れたラザームらしい。
「これでまだマシなのか」
「千商の都なんて呼ばれてるくらいだもの。荷物と金が集まれば、人も集まるわよ」
四百年前、ここにあったのは小さな村だった。頭巾の下へ長い耳を隠していた少女を思い出すたび、目の前の光景との間に妙なずれが生まれる。それでも、丘の上で初めて街全体を見た時のように足を止めることはなかった。
今は、この街がどうなったのかを自分の目で見たい。
市門では旅人として必要な確認を受け、そのまま街へ入った。黒鹿と俺の鎧のせいで視線は集めたが、大勢の旅人が行き交う交易都市だけあって、それだけで騒ぎになることはない。
門の先は、外から見た以上に人で溢れていた。道沿いには商店と露店が並び、人夫が荷を運び、店先からは客を呼ぶ声が飛ぶ。見覚えのない果物や異国風の布、用途のわからない道具までごちゃ混ぜに並び、その間を種族も服装も違う連中が行き交っている。
少し先では、兎人の男が人間の商人を相手に値切っていた。声まで聞こえる距離なのに、周囲の誰もその長い耳を気にしていない。
四百年前には、同じ耳を持っているだけで追われた少女がいた。今のこの街に差別がないとまで決めつけるつもりはない。それでも、少なくともここでは、耳より商品の値段のほうが先に見られているらしい。
「ルクスさん? ここに来てから、度々止まってますけど......」
「あぁ、なんでもないんだ。行こう」
これ以上立ち止まっていると、また頭の中で四百年を数え始めそうだった。
◇
二頭の鹿を預け、俺たちは徒歩で街を進んだ。
「で、どこへ行けばいいっていうアテはあるの?」
セラスに聞かれ、俺は周囲を見回す。
「裏稼業の連中はな、『おいでませ、裏稼業』なんて看板出してるわけじゃない」
「当たり前でしょ」
「だが、金を動かす場所には、表に出ない連中も寄ってくる」
ちょうど視線の先に、派手な看板を掲げた賭場があった。大勢の客が出入りしているところを見る限り、少なくとも小銭だけを扱う店ではなさそうだ。
「大抵、ああいう賭場には大金を動かす客用の席がある。元締めまで辿れば、表に出ない連中にも繋がる」
セラスも賭場を見上げると、すぐに意図を察した。
「それしかないわよね。ちゃちゃっと済ませるなら、それが早いわ」
「でも、そんな高額のお金どうするんですか? しかも賭けなんて……」
エマの疑問はもっともだった。元締めに目を付けてもらうために、端金を賭けていても仕方がない。
「素寒貧になったら、そこのムチムチエルフとエマにバニーガールでもやって稼いでもらうしかない」
「ムチムチしてないわよ! 誰がやるのよ!」
「わ、わたしもですか!?」
「二人とも似合いそうだぞ」
「ルクス」「ルクスさん」
二人の声が綺麗に重なった。
「そんなに睨むなって……冗談だ」
撤回は早いほうがいい。
◇
賭場の扉をくぐった直後だった。
「騎士団の手入れだー!!」
「うわぁ! 俺はまだ賭けちゃいない!」
「違う! 俺は客だ! 騎士団じゃない!」
「賭場にフルプレートで来るのなんて騎士団しかいないだろ!!」
「決めつけるな!」
逃げようと立ち上がった男が椅子を蹴り飛ばし、卓の周囲が一気に騒がしくなる。入口近くにいた護衛たちまでこちらを警戒したが、俺が両手を見せたまま否定しているのを見て、すぐに飛びかかってくることはなかった。
そんな中、別の客が俺とエマを何度か見比べる。
「……待て。あれ、噂の黒騎士じゃないか?」
「隣の娘……聖女じゃねえのか?」
「えっ、わ、わたしは聖女では――」
エマが否定しようとしたものの、もう遅い。騎士団の手入れという誤解が消えた代わりに、別のざわめきが広がっていく。
「ねぇ」
その横で、セラスだけが露骨に不満そうな顔をしていた。
「アンタたち随分有名じゃない? アタシは?」
「四百年引きこもりが有名だと思うのか」
「誰が引きこもりよ!」
「わ、わたしは知ってますよ! 神弓の姫巫女!」
「エマは優しいわね。でもその二つ名はやめてね」
そこへ賭場のスタッフが様子を見に来たので、セラスはそちらにも矛先を向けた。
「で、アンタ。アタシは?」
「ム……ムチムチのえっちなエルフのお姉さまで……」
「あぁん!?」
「お、お綺麗なお嬢様でいらっしゃいます!」
「それでいいのよ」
何がいいのかはわからない。スタッフが必死に頷いているので、これ以上巻き込まないでおくことにした。
◇
目的は遊ぶことではない。高額を動かす客として賭場側に認識させ、向こうから奥へ招かせる。そのために俺は卓へついた。
最初の数回は様子を見る。賭場側もこちらを探っているらしく、目立った動きはない。ところが賭け金を一段上げたところで、頭の中にいつもの声が響いた。
≪敵性行動を検知。右手側生体、カード入れ替え≫
手を伸ばしかけたところで、わずかに止まる。
戦場で敵の動きを拾ってきた声が、今は大真面目に賭場のイカサマを報告していた。
そのまま次を待つ。
≪左後方生体、手札確認。合図を送信≫
なるほど。
俺自身に賭け事の才能がある必要はないらしい。相手がどうやってこちらを負かそうとしているのかが先にわかるなら、その仕込みを前提に張ればいい。
以降、チップは順調に増え始めた。
「ねえぇ~、なんでアタシが勝負じゃだめなのよ~」
横からセラスが身を乗り出してくる。
「お前の弓も目も耳も信頼してはいる。だが、ギャンブルはダメだ。熱くなるとイノシシよりタチが悪いだろうが」
「失礼ね!」
「リーネとお前のしりぬぐいでランドルムが何回胃痛を――」
「えっ? 聖女様がなにかしたんですか?」
エマが即座に食いついた。
「――知らなくていいこともある」
「なんなんですか!? なにがあったんですか!?」
「エマ。世の中には知らないほうが幸せな歴史もある」
「余計気になります!」
そのやり取りの間にも勝負は続く。こちらのチップが積み上がるにつれ、卓の外から向けられるスタッフの視線が増えてきた。
やがて一人が、丁寧な笑みを貼り付けて近づいてくる。
「お客様、ずいぶんお強い。かなり稼がれておりますね」
同時に、また声が響いた。
≪敵性存在による隠蔽を確認。二枚目、カード入れ替え≫
「まあ、運がいいんだろう」
「運、でございますか?」
スタッフの視線が兜の奥を探ろうとする。どうやって細工を見抜いているのか、それとなく探りに来たらしい。
「ああ、黒騎士にはな。男か女かわからないが、戦いを導く神みたいなもんが囁いてくるんだよ」
「……神、でございますか」
≪敵性存在の心拍上昇。全ベット、推奨≫
妙に生真面目な声で、とんでもないことを勧めてくる。
「ほら、今も全部賭けろって言ってる」
「えっ」
言われた通り、積んでいたチップをまとめて前へ押し出した。スタッフの貼り付けた笑みが、ほんの少しだけ固まる。
そして勝負は、またこちらへ転んだ。
◇
それから間もなく、別のスタッフが卓へやってきた。
「お客様。御高名な黒騎士ルクス様とお見受けいたしました」
「そう呼ばれてはいるな」
「当店オーナーから、ルクス様には特別な席をご用意しろと賜っております」
ようやく来た。
ここで勝ち続けること自体に意味はない。欲しかったのは、向こうから奥へ招いてくる理由だ。
「オーナー殿に感謝しよう。ここで勝負していては他の客にも迷惑だろう。行かせてもらう」
スタッフが一礼し、奥へ続く通路を示した。表の賭場から先へ進む入口は開いた。ここからが本番になる。
「セラス。もしもの時は退路を――セラス?」
「ウェ~イ。ここ、いい酒並んでるわよ~」
いつの間にか、泥酔ムチムチエルフが出来上がっていた。
「ルクスさんごめんなさい~。止められませんでしたぁ~!」
「エマ! その酔っ払いに解毒をかけておけ!」
「は、はい!」
ようやく裏側へ繋がったと思ったら、まずは仲間の酔い覚ましからだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、若干イカサマじみた方法で裏賭博場に入り込むルクス達。
賭けで勝津ことが目的ではありませんが、無事に裏社会の組織と伝手は繋げられるのか。
またこのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。




