第二十二話 住所不定無職、自称黒騎士
酒場へ戻ると、ガダンは部下を中へ入れなかった。
扉の外に二人。町の警戒と人払いを兼ねているのだろう。それ以上を連れてくる気配はなく、卓を挟んで座ったのは俺とエマ、向かいにガダンの三人だけになった。
窓の外へ一度だけ目をやる。
向かいの建物、その屋根はここからでは半分しか見えない。セラスの姿もない。
それでいい。見えていたら、わざわざ外へ出した意味がない。
「先ほども言ったが、貴殿らを捕らえるために探していたわけではない」
ガダンは余計な前置きを挟まず、本題から入った。
「陛下から命じられたのは、黒騎士と聖女――各地でそう呼ばれている二人が何者なのかを確かめることだ」
「私は聖女じゃありません」
「……そこは譲らんのだな」
「はい」
エマの返事だけ妙に強い。
ガダンは一度そちらを見たものの、訂正する気はないらしく俺へ向き直った。
「魔獣、賊徒、火災。王国側が対処に動くより先に、貴殿らが事態を収めたという報告が続いた。しかも土地を移るたびに同じ話が出る。ところが所属も出身もわからず、どこへ向かっているのかさえ掴めん」
「それで騎士団まで出てきたのか」
「それだけなら、もう少し静かに調べられた」
ガダンの顔に、微妙に疲れた色が差す。
「詩まで流行った」
「ああ……」
嫌なところに話が来た。
「王都でも歌われている。子供まで赤い布を巻いて遊ぶ始末だ。こちらが聞き込みに行けば、昨日まで酒を飲んでいた冒険者が急に『黒騎士なんぞ知らん』と言い出す。町の者に尋ねても同じだ」
「随分と嫌われてるな、騎士団」
「否定できんから困っている」
笑い飛ばさないところを見るに、本人も事情はわかっているらしい。
「だから陛下も、善行を重ねている者をいきなり罪人扱いするなと命じた。確認すべきは素性、目的、そして王国に害をなす意思があるかどうかだ」
「なるほどな」
話は思ったよりまともだった。
少なくとも、黒い鎧で歩いているから怪しい、というだけで首に縄を掛けに来たわけじゃない。
「じゃあ、何から聞く?」
「まずは貴殿自身だ。何を目的に旅をしている?」
「今の世界を見るためだ」
ガダンの目がわずかに動く。
「今の世界?」
「ああ。俺が最後に知ってるのは、四百年前だからな」
卓の向こうで、ガダンが止まった。
さっきまで返答に淀みのなかった男が、今度ばかりはすぐに口を開かない。
「……待て」
「まあ、そうなるよな」
「四百年前、と言ったか?」
「言った」
「魔神戦争の時代だぞ」
「ああ」
「貴殿は、その時代から生きていると?」
「生きてる、でいいのかは俺にもよくわからん」
自分の胸元を指で叩く。
硬い音が返るだけだ。
「最後の記憶は暁の迷宮だ。仲間を逃がしたあと、俺は残って戦った。そこから先が途切れてる。次に意識が戻った時にはこの身体で、エマから魔神が倒されて四百年経ってると聞かされた」
ガダンの視線が俺の兜から胸、腕へと落ちていく。
疑われて当然だ。
俺だって逆なら、まず信じない。
「……それを、俺に信じろと?」
「別に」
「何?」
「聞かれたから答えただけだ。今ここで、俺が四百年前の人間だと証明できる物はない」
「ずいぶんあっさりしているな」
「初対面の相手に『四百年寝てました』って話して、はいそうですかと信じられるほうが怖いだろ」
エマが隣で小さく頷いた。
「私も最初は信じられませんでした」
「お前までそっちに乗るのか」
「だって、四百年ですよ?」
「知ってるよ。俺の話だからな」
ガダンは俺たちのやり取りを黙って見ていたが、やがて椅子へ背を預けた。
「四百年前の人間だという主張は、現時点では事実として扱わん」
「それでいい、俺だって同じ立場ならそうする」
「だが、虚言だとも断定しない」
今度は俺が少し意外だった。
「貴殿の身体が尋常でないのは見ればわかる。使っている武器も同様だ。今日の戦闘について部下から聞いた話まで含めれば、常識だけで切り捨てるほうが雑だろう」
「思ったより柔軟だな」
「四百年前から来た男を信じるほどではないがな」
「十分だ」
「報告には、本人はそう主張している。真偽は確認できず、と書く」
「頭がおかしい、じゃなくて助かる」
「その可能性もまだ消してはいない」
「おい」
低い声で、ガダンが初めて笑った。
ほんの一瞬だったが、それで張っていたものが少し緩む。
「四百年前の件は保留だ。今日ここで俺が判断すべきなのは、今の貴殿が何を望んでいるかだからな」
「ああ」
「王国に敵対する意思は?」
「ない。そんな理由もない」
「では、今後も今日のような事件に遭遇すれば介入するか?」
「する」
これは迷わない。
「目の前で誰かが殺されそうになってるのに、管轄がどうとか言って見てるつもりはない」
「王国から控えろと言われても?」
「内容によるが、助けられる奴を見殺しにしろって話なら聞かないな」
「でしょうね」
今度はエマが先に答えた。
「なんでお前が断言する」
「ルクスさんですから」
説明になってない。
だがガダンは納得したらしく、腕を組み直した。
「話と行動は一致している。少なくとも、王国へ害を与えるために動いているとは考えにくい」
「俺からも確認したい」
「なんだ?」
隣へ目を向ける。
「エマも捜索対象になってる。こいつに何か処分があるのか、それは先に聞いておきたい」
「ルクスさん」
「俺の話とは別だ」
エマは自分の意思でここまで来た。それをなかったことにするつもりはない。
それでも、王国がどう扱うかは別問題だ。
「エマ殿への捕縛命令も処罰命令もない。貴殿にもだ。そもそも我々は罪人を追っていたわけではない」
「ならいい」
それだけ聞ければ、一つ肩の荷が下りる。
神々の森を出る前から気にしていたことだ。俺がどう扱われるにせよ、エマまで巻き込んで犯罪者にされるようなら話は変わっていた。
「ただし、問題が消えたわけではない」
「だろうな」
ガダンが俺を指す。
「身分を証明できる物は?」
「ない」
「現在の所属は?」
「ない」
「居住地」
「ないな」
「冒険者証」
「作れなかった」
一つ答えるたび、ガダンの顔が険しくなっていく。
「……よく今まで旅を続けられたな」
「そこは俺も困ってる」
「胸を張るな」
「張ってない。鎧だからそう見えるだけだ」
エマが横で顔を伏せた。
笑ってるな。
「貴殿が善人かどうかと、国が身元不明の武装者を放置できるかは別の話だ」
ガダンの声から笑いが消える。
「今日の働きを見ればなおさらだ。あれだけの力を持つ者が、身元も所属も不明なまま各地を渡り歩き、事件のたびに武力を行使する。結果が善行だから好きにしろ、とはならん」
「筋はわかる」
立場を逆にすれば、俺だって気にする。
何者なのかもわからない奴が、町から町へ巨大な得物を持って歩き、そのたびに死人が出る騒ぎへ首を突っ込む。
本人が「いい奴です」と言ったところで、それを保証するものは何もない。
「そこで一つ提案がある」
「聞こう」
「騎士にならんか?」
思わずガダンを見返した。
「……俺が?」
「他に誰がいる」
「昨日まで探してた身元不明の黒い鎧を?」
「だから本人を確かめに来た」
即答だった。
「陛下からも、人物に問題がないと判断できるなら登用を検討して構わんと言われている。王国が身元を保証するなら、今の問題の大半は片づく」
「ありがたいが、断る」
「即答か」
「一つの国に仕えるために起きたわけじゃないからな」
アーサーたちが残した世界。
四百年前とは何もかも違う、その先を自分の目で見たい。
「俺はまた冒険者として歩きたい。行きたい場所へ行って、困ってる奴がいたら手を貸す。騎士になれば、そう自由には動けないだろ」
「まあな」
ガダンも無理に勧めてはこなかった。
「なら次善だ。正式に冒険者登録をしろ」
「それができないから困ってるんだよ」
「身分証がないからか」
「それもある。鎧も脱げない」
「……顔の確認は?」
「できない」
「出身を証明する書類は?」
「ない」
今度こそガダンが黙った。
騎士にするなら王国が保証できる。
だが、それを断れば俺は元通りだ。正式な冒険者になるにも、入口で身元を示せない。
「正規の手順では難しいな」
「だから最初からそう言ってる」
「聞けば聞くほど面倒な男だ」
「好きでこうなったわけじゃない」
しばらく考え込んだあと、ガダンは卓上で組んでいた手をほどいた。
「……ここからは独り言だ」
「急にどうした」
返事はない。
ガダンは俺たちから視線を外したまま続ける。
「王国西部、ブラウロ連合国との交易路に、第二都市ラザームがある。『千商の都』などと呼ばれるほど商いの盛んな街だ」
ラザーム。
初めて聞く名だ。
「人も物も集まる場所には、表通りだけでは生きていない連中も集まる。世の中には金を払えば、焼けた村で失われた戸籍がなぜか見つかったり、存在しなかったはずの身分証が用意されたりすることもあるらしい」
隣でエマの表情が固まる。
「それって――」
まずい。
このままだと真正面から聞く。
「エマ、いま聞いたのはどこぞの男の独り言だ。俺達はそれが聞こえただけだ。いいな?」
「え?」
「いいな?」
俺とガダンを交互に見て、ようやく意味が繋がったらしい。
「……はい。たまたま聞こえただけです」
「よし」
ガダンは何も言わない。
ただ、わずかに口元が動いた。
見なかったことにしておこう。
「どこぞの男の独り言によれば、その街で身元を整えた者が、後から正式な冒険者登録をすることもあるらしい」
「ずいぶん詳しい独り言だな」
「世の中には物知りな男もいる」
「便利だな、その男」
「俺は知らん」
絶対知ってるだろ。
だが、ここから先を言わせる必要はない。
まずラザームへ行く。
そこで俺がこの時代で使える身分を手に入れ、それから正式に冒険者登録をする。
綺麗な道ではない。
とはいえ、正面の門が全部閉じているなら、横にある細い道を探すしかない。
「助かった、ガダン」
「何のことだ?」
「独り言がよく聞こえる酒場でよかった」
「そうだな」
これ以上は互いに言わなかった。
目的地は決まった。
千商の都 ラザーム。
ようやく、この時代で俺自身の名前を持って歩くための一歩が見えてきた。
「ああ、それと」
立ち上がりかけたところで、ガダンに呼び止められる。
「まだ何かあるのか?」
「これは任務ではない。完全な私事だ」
さっきまでより歯切れが悪い。
あれだけ堂々と王国の事情を話していた男が、何を今さら言い淀む。
「我が子がな」
「うん」
「……黒騎士の大ファンでな」
「…………は?」
ラザームだの身分証だのより、その一言のほうが理解するまで時間がかかった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、新たな目的地が商都ラザームに決まりました。
問題解決の為にもたらされた話が、次の問題を呼ぶことにならなければいいのですが。
またこのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。




