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第二十一話 エマ、ルクス、酒場にて

 街道を駆けてきた数騎は、町へ踏み込む直前で速度を落とした。


 先頭の男がまず拾ったのは、入口近くに転がるゴブリンと魔犬の死骸だった。そこから壊れた店先、負傷者を運ぶ町人、治癒術を続けるエマへと視線が流れ――最後に、黒鹿の背にいる俺で止まる。


 白い大角を戴く巨大な黒鹿。その背には赤い外套を垂らした黒い鎧。そして手には、侵食供給で全体を黒く染めた、巨大な突撃槍を思わせる形のデアちゃん。


 自分で言うのもなんだが、ずいぶんな威圧感だ。


 騎士たちの馬が落ち着かなく耳を動かす。乗り手も平然を装ってはいるものの、黒鹿とデアちゃんへ何度か目が向いたあたり、さすがに何も感じていないわけではないらしい。


 それでも、誰一人として武器には触れなかった。俺を囲もうと馬を散らす様子もない。


 先頭の騎士が、鞍上から礼を取る。


「突然の訪問、失礼いたします。我々はリファール王国第二騎士団の者です」


「ルクスだ。探してる黒騎士ってのが俺なら、たぶん当たりだ」


 兜越しにエマのほうを示す。


「あっちがエマだ」


「では、黒騎士ルクス殿と、聖女と呼ばれている治癒術士エマ殿でお間違いないでしょうか」


「せ、聖女では――すみません、いま行きます!」


 訂正しかけたところへ、負傷者を抱えた町人から声が飛んだ。エマはそちらへ駆けていき、そのまま治療へ戻る。


 忙しいな。


「……本人はああ言ってるが、エマで間違いない」


「承知いたしました」


 騎士は余計な詮索を挟まない。むしろ俺のほうが拍子抜けするほど丁寧だった。


 騎士団が俺たちを探していると聞いてから、最悪の場合は武器を突きつけられることも考えた。ところが、目の前の連中から感じるのは緊張こそあれど敵意じゃない。


「我が団長、ガダン・アダルトルより命を受けております。御二人を確認しても包囲や武装解除を求めず、まず所在を確かめ、団長へ報告せよと」


「話が早くて助かる。俺たちも、そのガダンって団長に会うために来た」


 その返事で、騎士の肩からほんの少し力が抜けた。


「感謝いたします。では、団長のもとへ――」


「いや。その前にやることがあるんじゃないのか」


 言葉が途切れる。


 俺が見たのは騎士ではなく、その向こうだった。


 治療を待つ負傷者はまだいる。血の跡が残る通りでは、動ける町人が壊れた荷車を起こし、倒れた仲間へ肩を貸す。外周は俺も見てきたが、一度襲われた直後だ。安全だと言い切って放っておくには早い。


「騎士団なんだろ。負傷者と被害を確かめて、町の周りも見てやってくれ。俺たちを案内するのは、そのあとでもできる」


 先頭の騎士は俺から町へ目を移し、短く息を吐いた。


「……仰る通りです。失礼いたしました」


 言い訳は続かなかった。


 振り返った途端、声が変わる。


「一騎、団長へ報告! 黒騎士ルクス殿、治癒術士エマ殿を確認。両名とも面会の意思あり! 残りは救護と被害確認へ。町外へ出る者は街道と周辺を再確認しろ!」


 返事が重なり、騎士たちはすぐ散った。馬を降りた者は負傷者の運搬へ、別の者は町人から襲撃時の様子を聞き取り、報告役の一騎だけが来た道を引き返していく。


 なるほど。遅れてきたことはともかく、動きそのものは悪くない。


「団長は近いのか?」


「この周辺で探索を指揮しております。報告が届けば、こちらへ向かわれるかと」


「なら、来てもらおう。エマは治療を途中で放り出せないし、俺も襲撃直後の町を空けたくない」


 黒鹿の首筋へ手を置き、もう一つ理由を足す。


「それに……貴君らも、得体の知れない二人を別の場所まで連れていくのは骨が折れるだろう」


「……お気遣い、痛み入ります」


 否定しないあたり、正直でいい。


 これなら話くらいはできそうだ。


      ◇


 騎士団が加わると、町の空気が少し変わった。


 治療が必要な者、動かしていい者、家へ戻せる者。ばらばらだった負傷者の状況が整理され、倒壊した店や家の確認にも手が回る。最初は硬い顔を向けていた町人たちも、目の前で担架を担ぎ、崩れた木材を退ける騎士まで拒むほど頑なではなかった。


 エマが最後の重傷者から手を離す頃には、通りを覆っていた慌ただしさもようやく山を越える。


「終わったか?」


「はい。すぐに治療が必要な方は、これで全員です」


 返事はしっかりしている。ただ、立ち上がる途中で一度、膝へ手を置いた。


 魔力はエーテルで補えても、朝から鹿に揺られ、そのまま戦闘と治療だ。人間の身体まで元気になるわけじゃない。


「セラス、騎士団が探しているのは俺とエマだ。 もしもの時の為に――」


「わかってる。アタシは面会には出ないわ」


 こっちが言い切るより早く、セラスは弓を肩へ掛けた。


「いざって時の場所についておく。合図だけちょうだい」


「頼む」


 四百年前から、こういうところは話が早い。俺たちが騎士団長と向かい合う間、セラスには外から周囲と退路を見てもらう。その備えが無駄になれば、それが一番いい。


 建物の陰へ消える銀髪を見送ったあと、エマがようやく辺りを見回した。


「あれ? セラスさんは?」


「もしもに備えて、退路の確保だ。あと――」


「あと?」


「面会が乱闘になりかねない。第一声が『役立たずの自分たちの尻拭いをしていただいて、ありがとうございますじゃないの!?』でもおかしくないぞ」


「騎士団相手に、セラスさんがそんな喧嘩売るようなこと――」


「――あったんだ。前科がある」


「…………」


 深く聞くのをやめたようだ。


 賢明だ。


      ◇


 団長を待つ場所には、町の酒場を貸してもらった。


 ゴブリン達の襲撃があったので客はいない。店主も事情を聞くと奥へ下がり、広い店内には俺とエマだけが残る。


 椅子へ腰を下ろしたところで、エマも向かいへ座ろうとする。その顔を見て、俺は先に腰の背面へ手を回した。


「エマ。よく頑張った」


「え?」


「出発してから戦闘もあって、食べてないだろ。食べておけ」


 多次元ポシェットから、里を出る際にエルフたちから持たされた包みを取り出す。果実の砂糖漬けと、穀物を固めた菓子。腹持ちを考えるならちょうどいい。


 差し出すと、エマはようやく自分の空腹を思い出したらしく、腹へ手を当てた。


「……そういえば、朝から」


「治療に夢中になるのはいいが、自分が倒れたら次が診られないぞ」


「はいっ! いただきます」


 まず砂糖漬けをひとつ。口へ入れた途端、強張っていた頬が緩んだ。


「あまぁ~......これならずっと食べれます」


「お前、本当にそれ好きだな」


「果実ごとに味が違って美味しいんですよ。 これがあると思うと頑張れます」


「食べすぎるとよくないって......まあ、頑張った後ならいいか」


 答える代わりに、もうひとつ口へ放り込む。


 食欲はある。それなら心配するほどじゃない。穀物の菓子まできっちり腹へ収める頃には、治療中の張り詰めた空気もだいぶ抜けている。


「ごちそうさまでした。 では、次はルクスさんです」


「俺は食えないぞ」


「知ってます。 ルクスさんの鎧です!」


 いつの間に用意したのか、エマの手には布が握られている。


「騎士団長様って偉いんですよね。綺麗にして会わないとです」


「一理あるな」


 黒鹿で町中を駆け回ったせいで、脚や腰の装甲には土埃が残っている。血や泥まで付けたまま正式な話し合い、というのも相手に失礼か。


 任せていると、エマは妙に真剣な顔で胸元まで磨き始めた。


 四百年前には、王侯貴族に会う前だからと仲間に鎧を磨かれた覚えなんてない。そもそも、あの頃は自分で手入れするのが当たり前だった。


 妙なものだな。


 そんなことを考えたところで、外から幾重にも馬蹄が重なってきた。


 斥候の時より多い。


 俺の胸元を磨いていた布が止まる。


「……来たみたいですね」


「ああ、意中の相手とご対面だ」


      ◇


 酒場の前へ出れば、到着した騎士たちの中心から一人の男が進み出てくる。


 色黒の肌に短い黒髪。分厚い胸板と太い腕は鎧の上からでも隠しようがなく、背にはその体格に負けない巨大な戦斧。


 あれがガダン・アダルトルか。


 先ほどの斥候から短く報告を受けた男は、俺とエマを認めるや、迷わずこちらへ足を向けた。


「第二騎士団長、ガダン・アダルトル団長です」


 付き従う騎士の紹介に、ガダンが口を開く。


「黒騎士ルクス殿。それに、エマ殿だな」


「ああ」


 さて、何から聞かれる。


 そう構えた俺の予想を、ガダンは最初の一手で外した。


 俺の正面で止まった巨体が、深く折れる。


「まず、礼を言わせていただきたい」


 エマが隣で小さく息を呑んだ。


 俺も、さすがにこれは予想していない。


「これまで貴殿らには、魔獣、賊徒、災害――本来であれば王国が対処し、民を守るべき事柄に幾度も力を貸していただいた。そして今日も、我々が辿り着くより先にこの町を救っている」


 低く太い声に、取り繕う響きはなかった。


「さらに今回、我が団の斥候へ、騎士とは何のために存在するのかまで教示いただいた。民を守る。そのために我々は剣を帯びている。そんな当たり前のことを、改めて思い出させていただいた」


 ガダンが顔を上げる。


「第二騎士団を預かる者として感謝する。本当に、ありがとう」


 騎士団長と聞いて、もっと堅苦しい男を想像していた。


 まさか最初に頭を下げられるとはな。


「俺は、当たり前のことを言っただけだ」


「その当たり前を、遅れてきた我々が果たせていなかった。ならば礼を言うのも、詫びるのも当然だ」


 返答に迷いがない。


 少なくとも、自分の肩書きを守るために言葉を並べる男ではなさそうだ。


 俺は少しだけ肩の力を抜いた。


「わかった。礼は受け取る。俺たちも、あんたと話すためにここまで来た」


「ありがたい」


 ガダンは酒場へ目を向け、それから俺へ戻す。


「では、場所を借りよう。貴殿らを探していた理由――そして王国が、これから貴殿らとどう向き合いたいと考えているのか。順を追って話したい」


 ようやく本題か。


 俺は酒場の扉へ手を掛けた。

 お読みいただきありがとうございました。

 次回、遂に対面した団長ガダンと黒騎士ルクス。

 敵対する意図はない二名ですが、話は穏便に済むのか、それとも荒れるのか。

 またこのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。

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