第二話 冒険者と書いてチンピラと読む
外の世界は、思っていたより明るかった。
暁の迷宮を出て最初に感じたのは、光の量だ。四百年前と太陽が変わったわけでもないだろうに、やたらと眩しく感じる。長く暗がりにいたせいか、それとも、この目がもう人間の目じゃないせいか。
どっちでもいい。生きてる奴が眩しいと思えるなら、それで上等だ。
「ルクスさん、あの、もう少しゆっくり歩いてもらえると……」
半歩後ろで、エマが息を切らしていた。
俺の歩幅に合わせようとして、小走りになっている。鎧のぶんだけ背が伸びたから、歩幅もその分伸びたらしい。加減がまるでわからない。
「悪い。これでどうだ」
「……まだ速いです」
「これは」
「もうちょっと」
三回くらいやり取りして、ようやくエマの隣に並べる速さになった。人と歩く速さ一つ、四百年ぶりだと思い出すのに苦労する。
街道は、覚えている道と半分だけ違っていた。石畳が敷かれ、道標が立ち、荷馬車の轍が深く刻まれている。俺が知っている頃は、ここは獣道に毛が生えた程度の細道だった。
四百年で、道が育ったわけだ。
「エマ。この道、王都まで続いてるのか」
「はい。まっすぐ行けば、二日くらいで」
「二日か」
昔なら、この距離は野営を挟んで警戒しながら進む道のりだった。今は道標が立ち、宿場町がある。平和になったってことだ。
俺たちが守っていたものは、ちゃんと残っていた。それを確かめられただけでも、目覚めた甲斐はある。
◇
日が傾く頃、宿場町に着いた。
酒場と宿屋を兼ねた店に入ると、エマの足が止まった。
見れば、酒場のテーブル席に見覚えのある──いや、俺は知らない顔だが、エマにとっては見覚えのある連中がたむろしていた。四人組の冒険者だ。剣を提げ、それなりに装備も整っている。新米冒険者、ではないが熟練といった風情でもない。
「……あの人たち」
エマの声が、露骨に硬くなった。
察しはついた。エマを暁の迷宮に置き去りにした連中だ。荷物を持って先に逃げ、新米の治癒術士一人を魔獣の巣に残していった、その当人たちだろう。
「知り合いか」
「……わたしを、迷宮に連れて行ったパーティーです」
言葉を選んだ言い方だった。「置き去りにした」とは言わない。この期に及んで、こいつはまだ連中をかばうような言い方をする。
そういう子だってのは、もうわかっていた。
連中の一人が、こっちに気づいた。エマを見て、ぎょっとした顔をする。死んだと思っていた人間が生きて歩いてきたんだから、当然の顔だ。
「おいおい、エマじゃねえか。生きてたのか!」
男は呑んでいた酒のジョッキを片手に掲げて笑った。心配していた友の生還を喜ぶ、みたいな笑い方だった。反吐が出るほど自然だった。
「よかったよかった、心配してたんだぜぇ。運悪く、はぐれちまってよ。探したんだけど、どうしても見つからなくてな」
「……はぐれた、ですか」
エマが小さく繰り返した。震えている。怒りなのか、恐怖なのか、両方か。
「そうそう、はぐれた。いやあ、無事でよかった。なあ、こんな所で会えたのも縁だ。ちょうどいい、一緒に王都まで戻ろうぜ。ギルドへの報告も、俺たちが一緒にいてやった方が、話が早い」
話が早い、か。
要するに、こういうことだ。エマが一人でギルドに戻って、置き去りにされたと証言すれば、こいつらは「新米を魔獣の巣に捨てて逃げたパーティー」になる。冒険者の資格に関わる。だから連れ戻して、「はぐれただけ」という筋書きに引き込みたい。口を塞ぎたいわけだ。
再会を喜ぶ顔の裏で、こいつはずっと自分の心配をしている。
近づいてきた男がエマの肩に手を伸ばした。
俺は、その手が触れる前に、二人の間へ体を割り込ませた。
仲間を置いて逃げる。その一点にだけ、俺はどうしても腹の底が冷える。理由は言わない。言う必要もない。ただ、自分が怒っていると理解する前に身体は動いていた。
鎧の胸当が、男の腕を押し戻す。強く押したつもりはない。それでも男は、たたらを踏んで二歩下がった。
「……なんだ、あんた」
男が俺を見上げる。ようやく俺の全身が視界に入ったらしく、その顔から血の気と酔いが引いていった。黒い鎧、脈打つように鈍く光る継ぎ目、赤く光る目。人間が身につける装備に見えないのは、俺が一番よくわかっている。
「一度だけ言うぞ」
俺は言った。
「ここから失せろ。彼女に近づくな」
声が、金属の内側で反響して、地の底から響く音になった。脅すつもりはなかったが、この声はもう、普通に喋るだけで脅しになるらしい。
「な……なんだよテメェは!」
男が虚勢を張って、こっちの胸倉に手を伸ばしてくる。
「美少女の誘い方を知らないみたいだな。教えてやる」
俺がその腕を掴むと、パキッと乾いた音がした。
そのまま、淑女の手を取って舞踏へ誘うような繊細さで放り投げた。
優しくしたつもりだった。それでも男は宿の扉をぶち破り、道を挟んだ向かいの建物の壁まで飛んでいって、そこで止まった。土埃が舞う。壁際でぐったりしているが、胸は上下している。伸びただけだ。死んじゃいない。
......俺も、教えてもらう側だったかもしれない。
力加減の良い練習になった、そういう事にしておこう。
「長く寝てる間に」
俺は残った三人へ向き直った。
「冒険者と書いてチンピラと読むようになったみたいだな」
三人は、腰を抜かしかけながら後ずさった。仲間が壁にめり込んでいるのを見て、戦う気はすっかり失せたらしい。じりじりと、逃げる隙をうかがっている。
逃がすのは構わない。こいつらを痛めつけたところで、エマがされたことは消えない。
ただ、一つだけ。
「おい」
俺はふと気付き、逃げかけた三人を呼び止めた。
「ドアの修理代を出していけ」
三人は顔を見合わせ、それから慌てて財布を漁った。その中の一人が全員分の財布を引っ掴んで、宿のカウンターへ全て投げ出し、転げるように逃げていった。壁際で伸びていた一人も、仲間が肩を担いで引きずり、追いかけるように消えていった。
冒険者たちが逃げ去り、店の中にいた客たちは呆気にとられ静かになった。
俺は、台帳を持ったまま固まっていた宿の主人へ、頭を下げた。
「店主、悪いな。迷惑をかけた」
でっぷりした中年の主人は、割れた扉と、カウンターに散らばった硬貨と、俺の顔を順番に見た。それから、ゆっくり首を横に振った。
「いえ……様子を見た限り、連中の落ち度なのでしょう」
話のわかる主人で助かった。放られた硬貨は、扉の修理代には十分足りたようだった。
◇
その晩、俺たちは同じ宿に泊まった。俺は眠らないから、正確には泊まったのはエマだけだ。
俺は宿の裏手の、井戸の縁に腰かけていた。鎧の重みで石の縁がわずかに軋む。空には四百年前と変わらない星が出ていた。星だけは、道みたいに育ったりしないらしい。
「……ルクスさん」
振り返ると、エマが出てきていた。寝間着の上に外套を羽織って、両手で湯気の立つカップを持っている。
「眠れないのか」
「……はい。ちょっと、目が冴えちゃって」
嘘だな、と思った。目が冴えたんじゃない。昼間のことを、まだ抱え込んでいるんだろう。
エマは井戸の縁の、俺から少し離れた場所に腰かけた。近すぎず、遠すぎない距離だ。俺の見た目を怖がりながら、それでも隣に座れるくらいには、この子は肝が据わってきた。
「すみません、ルクスさん」
しばらくして、エマが言った。
「......わたし、怖くて、動けなくて。あの人たちが来た時も、ただ立ってるだけで」
「気にするな」
「でも」
「あんたが動けなかったのは、当たり前だ」
俺はそう言った。
「置いていかれた相手が、平気な顔で近づいてきたんだ。足がすくまない奴の方が、どうかしてる」
エマは、カップに口をつけた。それから、ずいぶん長く黙っていた。
「……でも」
ようやく口を開いたエマの声は、さっきより少しだけ、軽くなっていた。
「こんなこと、言っちゃいけないのかもしれませんけど」
「なんだ」
「少し、すっきりしました」
言ってから、慌てたように付け加える。
「あの人たちが痛い目に遭ったからじゃなくて、その、なんて言うか……ちゃんと、間違ってるって、誰かが言ってくれた感じがして」
俺は、少し笑った。顔がないから、笑えたかどうかは自分でもわからない。
「悪かったな」
「え?」
「俺はいま無一文だ。修理代を出せと言われていたら、払えずに衛兵に突き出されるところだった」
「それに、エマに殴らせる前に放り投げちまった」
エマが、きょとんとした顔をした。それから、小さく吹き出した。
「ふふっ……わたし、あんな人たち殴れませんよ」
「そうか? リーネ......聖女は、ああいった連中には──」
「えっ?」
「いまのは忘れてくれ。夢は壊したくない」
「なんですか? 教えてください!」
夜の空気が、少しだけ緩んだ。
俺は星を見上げた。四百年前、同じ空の下で、俺は仲間たちと野営をしていた。アーサーが火の番をして、ヴィルキスが飯の量に文句を言って、リーネが酒を持ち出して、ランドルムが何かを分解しはじめて、セラスがそれを蹴り倒す。そういう夜が、確かにあった。
今は、隣にエマが一人。
悪くない、と思った。少なくとも、独りじゃない。
「なあ、エマ」
「はい」
「明日も歩くぞ。王都まで、まだ遠い」
「……はい!」
エマの返事は、昼間よりずっと、しっかりしていた。
お読みいただきありがとうございました。仲間を見捨てる者にだけは、ルクスは本気で凄みます。その理由は、いずれ。
次回、二人は王都を前に、一度別れることになります。顔を隠せないルクスは、城壁の中へは入れません。エマがどうするのか──次回、お付き合いいただけたら嬉しいです。




