幕間 踊る黒騎士捜査線
第二騎士団長ガダンが黒騎士と聖女の捜索に動き始めた理由は、単純だった。
各地で魔獣や山賊による被害が出るたび、王国側が現地へ到着するより先に、黒い全身鎧の男と若い治癒術士が問題を片づけている。その報告が一度や二度なら偶然で済んだが、さすがに重なりすぎた。地方の騎士団や領軍から上がる報告のたびに同じ二人の特徴が現れ、とうとう国王から第二騎士団へ命が下った。
黒騎士と聖女を探し出し、まず接触せよ。
捕縛ではない。少なくともガダンは、最初からそのつもりで動いていた。これだけの力を持つ者が王国内を善意だけで動き続けている状況は、本人にとっても王国にとっても危うい。何者なのかを確かめ、必要なら正式に動ける立場を用意する。そのために一度、直接話をしたかった。
ところが、捜索を始めてみれば驚くほど上手くいかなかった。
「また駄目だったか」
「はい。宿屋も商店も、黒騎士の話を出した途端に口が重くなりまして」
戻ってきた団員の報告を聞きながら、ガダンは机に広げた地図へ目を落とした。黒騎士たちが現れたとされる町や村には印を付けてある。そこから進路を絞るつもりだったのだが、肝心の目撃情報がほとんど繋がらない。
「以前の被害調査でも愛想は良くなかったが、今回はそれ以上だな」
「ええ。今回は被害そのものではなく、黒騎士と聖女を直接探していますから。『あの方たちになにをする気だ』とまで言われました」
「捕らえる命令ではないと説明したんだな?」
「もちろんです。それでも『知らない』の一点張りでした。こちらが身分を明かすほど、かえって警戒されます」
ガダンは返事をせず、別の報告書へ目を移した。どこの町でも反応は似ている。騎士団が来るより先に、自分たちを助けたのは黒騎士たちだった。その二人を今さら王国騎士団が探しているとなれば、住民が素直に居場所を教えるはずもない。
「目撃した者が一人もいない、というわけではないんだろ?」
「むしろ逆です。見たはずの者ほど『覚えていない』と言います」
「……ずいぶん嫌われたものだな、俺たちも」
「否定はできません」
苦い報告だったが、団員を責める気にはなれなかった。脅して口を割らせるような任務ではないし、そんな真似をすれば本当に黒騎士を追う敵として見られる。
しかも、状況をさらに面倒にしているものがあった。
「団長。こちらもご覧になりますか」
差し出された紙を受け取り、ガダンは眉間にしわを寄せる。そこには最近、街道沿いの宿や酒場で広まっている詩が書き写されていた。
無辜の民に 山賊どもの魔の手が忍び寄る
その前にかざされるのは 麗しき聖女の守りの手
あわや聖女に悪漢どもの剣が迫る そこに立ちはだかるは英雄 黒騎士
赤く靡く旗に集うは冒険者たち 俺たちゃ明日をも知れぬ無頼漢
されど外道非道を放ってはおけぬ 矜持忘れた獣たちを酒の肴に変えちまえ
「……誰が作った」
「フィネガンという吟遊詩人だそうです」
「王都でも流れているというのは?」
「事実です。酒場だけではありません。市場で口ずさむ者もいますし、赤い布を巻いて黒騎士の真似をする子供までいるそうです」
ガダンは詩の写しを机へ置いた。内容がまるきり嘘なら、まだ扱いやすかった。だが困ったことに、根本は事実から外れていない。兵士崩れの山賊が町を襲い、黒騎士と聖女が住民を守り、そこへ冒険者たちも加わった。誇張はされていても、英雄譚として広まる芯が最初から揃っている。
「この状況で騎士団が二人を探して回れば、どう見えるか……考えるまでもないか」
「はい。町によっては、我々が二人を捕らえに来たと思っている者もいるようです」
「王命は接触だ。そこを何度説明しても駄目か」
「黒騎士本人より、我々の方が信用されていないということでしょう」
身も蓋もないが、その通りだった。
住民から情報が取れないなら、現場を知る冒険者を当たる。そう判断して酒場へ向かった団員たちも、結果は同じだった。
◇
「黒い全身鎧の男と、若い治癒術士について何か知らないか」
酒場の一角でそう尋ねると、樽のような胸板をした大男が酒杯を掲げて笑った。ハーゲンと名乗ったその男は、問いかけた騎士団員の顔を見ながら、わざとらしいほど大きな声を張る。
「俺たちゃ明日には生きてるかどうかもわからねえ生業だぜ! 黒騎士だか聖女だかわかんねえが、いたところで覚えてねえなあ!」
「そうだそうだ!」
「昨日のことだって怪しいぜ!」
「まず自分のツケを覚えろ、ハーゲン!」
周囲の冒険者たちが一斉にはやし立て、酒場に笑いが広がった。誰も騎士団員へ敵意を向けてはいない。だからこそ余計に厄介だった。冗談にして、何も答えない。それがこの場にいる全員の意思らしい。
「……全員、同じ答えか」
「おう。知らねえもんは知らねえなあ!」
「では、黒騎士と一緒に山賊と戦ったという冒険者については?」
「さあなあ。冒険者なんざ毎日出入りしてるからよ!」
再び周囲から「そうだそうだ」と声が飛ぶ。あの襲撃で冒険者たちが黒騎士と共に戦ったことは、すでに複数の報告から確認済みだ。ここにいる者たちも事情を知っている可能性は高い。それでも一人として口を割る気はなかった。
無理に問い詰めれば、今度こそ騎士団が悪役になる。それ以上の聞き込みを諦めた団員たちは、最後に町の冒険者ギルドへ向かった。
住民も冒険者も口を閉ざす。それでも王国の制度下にある組織へ正式に照会すれば、さすがに何らかの情報は得られる。少なくとも、そう考えていた。
「王国第二騎士団です。黒い全身鎧の人物と、エマという治癒術士について確認したい」
「こちらに該当情報はございません」
受付に立つヒルダは、穏やかな声で答えた。
「……この町で起きた山賊襲撃については、そちらの冒険者も多数関わっていたはずです。何も知らないというのは――」
「こちらに該当情報はございません」
「我々は二人を捕縛しに来たわけではありません。事情を聞き、所在を確認したいだけです」
「承知しております」
「でしたら、せめて二人がどちらへ向かったかだけでも」
そこで初めて、ヒルダが騎士団員を正面から見た。声を荒らげることも、露骨に睨むこともしない。ただ、受付としての丁寧な口調を崩さないまま告げる。
「こちらを襲撃して捕縛された山賊たちを回収しにくるのに、騎士団と王国軍は三日かかりました。つまり、なにもなければ三日間は救助がなかったということでもあります」
「それは……」
「事情がおありなのは承知しております。ですが、こちらにもこちらの事情がございます」
騎士団員は続きを言えなかった。目の前の受付嬢が言っているのは感情論ではない。あの日、本当に王国側が間に合わなかったという事実だ。
「どうぞ、お引き取りください」
丁寧な一礼とともに告げられ、団員たちは何一つ持ち帰れないままギルドを出ることになった。
◇
「……三日、か」
報告を聞き終えたガダンは、椅子の背へ体重を預けた。捜索が進まない理由を、ようやく数字で突きつけられた気分だった。
「ギルドに正式な開示命令を出しますか?」
「やめろ」
返事は即座に出た。
「今それをやれば、本当に俺たちが黒騎士を追い詰めているように見える。住民が黙り、冒険者が庇い、ギルドまで突っぱねているところへ王国の権限を振り回したら、それこそ終わりだ」
「しかし、このままでは捜索が進みません」
「わかっている」
ガダンは机の上に積まれた報告書を一枚抜き出した。山賊襲撃。住民救助。冒険者との共闘。そして、拘束された者たちの経歴。そこに並ぶ文字を見るほど、こちらの立場が悪い理由ばかり増えていく。
「今回の件、ただでさえ対応が遅れた。しかも民を襲った連中が元王国軍人だ。そこへ今度は、助けた黒騎士と聖女を騎士団が探している。悪評に悪評の上塗りだぞ」
部下は黙り込んだ。
黒騎士の人気が高まること自体は、ガダンにとって問題ではない。むしろ、あれだけ民を救っているなら支持されるのは当然だ。問題なのは、王国と黒騎士が敵対しているという誤解が広がることだった。
もし接触した団員が不用意に剣へ手を掛ければ、その瞬間だけが切り取られて次の詩になる。今の状況なら、それすら笑い話では済まない。
「今後、二人を見つけても取り囲むな。武器にも手を掛けるな」
「では、発見した場合は?」
「距離を取って所在を確認し、まず俺に報告しろ。俺が直接話す」
「承知しました」
団員が退出したあと、ガダンは一人で机へ視線を戻した。所在不明を告げる報告書と、王都ですら人気だというフィネガンの詩が並んでいる。
黒騎士本人の居場所はつかめない。それなのに、騎士団が黒騎士と聖女を探しているという話だけは、こちらが追いつくより早く広まっていた。
「……頼むから、向こうから出てきてくれんか」
誰もいない執務室で漏れた言葉に、答える者はいなかった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、エマとルクスがエルフの里から主立します。次の目的地は何処へ。
またこのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。




