禁書を探る二人
暖炉の炎が放つ光が過去を話し終えたアレックスの頬を撫でる。
「私は、儀式への参加を拒んだ――それが、マイヤの希望だったから」
アレックスの低い声が、冷たい石壁に反響した。
その瞳は閉ざされている。
けれど花鈴には分かった。確かに彼の瞳は光を映さないかも知れない。でも、実際の彼は、マイヤの気持ちがはっきりと見えてしまったのだろう。
「……マイヤは、貴方のことが大切だったのね」
花鈴の声に、アレックスは小さく空を仰ぐ。
「私を巻き込みたくない、と言った。自分の存在が誰かを傷つけることを、何より恐れていた――私がどれほど助けたいと思っていたか、知っていても」
その声音は、炎のはぜる音に溶けて消えそうだった。だが、その沈黙の奥にある痛みが、花鈴の胸を締めつけた。
マイヤを助けたい気持ちを押し殺し、ただ彼女の意志に従った男。その孤独は、花鈴の知るどんな寂しさよりも深かった。
「……でも、今こうして私がここにいる」
花鈴は膝の上で手を握りしめた。
「私……湖に落ちて意識を失う最後の瞬間に、黒髪の自分を見たような気がするの。もしかしたら、彼女は――」
「君の世界にいるのかもしれない」
アレックスが穏やかに言葉を継ぐ。
「私もそう考えている。だが、証拠はない。……分からないことは、調べ上げればいい」
そう言って彼は立ち上がった。
その動作は静かで、空気の密度さえ測っているように繊細だった。
「まずは君を侯爵家に送り届けよう」
「待って」
花鈴は即座に立ち上がる。
「私も調べる。一体何が起こったのか、私も知りたいの」
「だが――」
「私自身のことだもの。譲れないわ」
あの屋敷にいても、何も進展しないことを既に十分理解していた花鈴は、この機会を逃すまいと必死だった。
押し問答の末、アレックスの口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「……人のことは言えないが、君も相当頑固だな」
彼はため息をつき、指先で宙に魔法陣を描いた。淡い光の粒が空中に浮かび、侯爵家の紋章を形作る。
「これで、君――いや、「マイヤ」がしばらく魔塔に留まると伝わるだろう」
「便利ね。メールより速いわ」
「……め、い?」
「こっちの話!」
花鈴は思わず笑った。
アレックスも眉をひそめながらも、口角をわずかに上げた。
「さて。調べるなら最上階だ。ついてこい」
* * *
魔塔の螺旋階段は、どこまでも続くようだった。
花鈴は何度も息を切らしながらも、前を行くアレックスを見失わないように必死で追う。彼の歩みは一定で、手すりに触れずとも一度も足を踏み外さない。
「……見えてないのに、どうして迷わないの?」
「音だよ」
アレックスは短く答える。
「この塔のすべてが、私の「目」だ。風が壁を撫でる音、石の軋み、魔力の流れ……それらが地図になる」
「なるほど。名実ともに「魔塔主」なのね」
「皮肉なものだ」
淡々とした声が続く。
「幼いころ、魔力の暴走で光を失った。だが、以降ずっと多くのものが見えるようになった」
その言葉は、花鈴の胸にすっと染み渡った。
多くの人は、「見た目」で判断する。自分が皆と違う色なのを理由に、恐れられ、避けられてきたように。
けれど彼は…見えない目で本質を見抜く。
* * *
最上階の扉を開くと、そこは息を呑む光景だった。
天井まで届く本棚が円を描くように並び、部屋全体が淡い蒼光に包まれている。
静寂の中に紙の匂いと冷気が溶け合い、時間さえ凍りついたようだ。
「ここが……禁書の部屋?」
「ああ。王家でも、許可なく足を踏み入れることはできない」
アレックスは迷いなく一冊の古書を取り、指先で表紙をなぞった。
「氷の精霊との契約、魂の転移、時の境界……。今の君の状況を説明できるとすれば、このあたりだろうか」
花鈴は興味津々で覗き込んだが、ページを開いた瞬間、眉をひそめた。
「……文字が全然違う。読めないわ」




