花鈴とマイヤの絆
マイヤは、あれから幾度となく廃れた社を訪れていた。
雪に覆われた静寂の境内。吐く息さえ白く溶けていくほど冷たい空気の中で、マイヤは御神木の根元に手を添え、目を閉じた。
(きっと、この木に直接触れることが鍵なのよ……)
初めて触れたあの日。
耳元で確かに聞こえた、初めてなのに不思議と懐かしい響き──花鈴の声。
あの感覚をもう一度掴みたくて、マイヤは幾度も試みた。だが、微かな波動さえ返らない。
(花鈴と私が、同時に何かをしたときに共鳴が起きた……あれを、もう一度)
そう思いながら幹に頬を寄せて囁いた。
「お願い。教えて……御神木さま。私はどうしたら……?」
そのとき、積雪を踏む音がし、親しみのある声が響いた。
「おーい、お嬢さん。また来なすったか」
顔を上げると、元神主の蛯名が古びた作務衣姿のまま立っていた。
「蛯名さん……」
「実はな、昨日うちの叔母が、また急に自我を取り戻してな。お嬢さんにこれを渡すよう言われたんだ」
蛯名は大きな手で、小さな包みを差し出した。
開くと、中には指先ほどの木彫りの猫が入っていた。木目の美しい茶色に、優しい彫り跡が残っている。
「それは昔、近所の腕白が御神木様に登って折っちまった枝で叔母が彫ったやつだ。叔母は「これは鍵だ、あの子に渡してくれ」と言ってな」
「鍵……?」
マイヤは、その小さな猫を胸に抱きしめた。
冷えた木肌が掌にじんわりと馴染む。触れた瞬間、ほんの微弱な――だが確かに存在する波動が指先に伝わった。
(これは……!)
御神木の力の欠片。
マイヤの心は熱く震えた。
「ありがとうございます。大切にします」
深々と頭を下げると、蛯名は照れくさそうに鼻をかいた。
* * *
ノールヴァルドの夜明けは、雪の世界を淡い金色に染め上げていた。
目を覚ました花鈴は、久しぶりに胸の奥が軽いと感じた。
(おはよう、アレックス)
心の中でそう呟き、蒼いビーズにそっと唇を寄せる。
返事はない。
それでも、一度でも確かに繋がれたという事実が、花鈴の心を支えていた。
「……今、私にできることをやらなきゃ」
自分の気持ちに正直に生きる決意を固めた花鈴は、軽く頬を叩き、身支度を整えると、温室へ向かった。
* * *
「こちらでございます、お嬢様
リースに案内され、温室の扉が開かれる。
そこは、まるで春そのものだった。
「先日、枕元に置いた花も、こちらからお持ちしたのですよ」
あの日。あの花に触れた瞬間、マイヤと繋がった。
その後は何も起きなかったが、それでも花鈴は確信していた。
――この花は、きっと必要なのだと。
「お嬢様のお名前のお花が、心を休めてくれるのではと思いまして」
その言葉に、はっとする。
(そうだ……マイヤの名前は、母の愛した花に因んで付けられたって、アレックスが言ってた)
スズラン。
祖母が庭に咲くその花を見て、「鈴みたいで可愛い」と思い、「花鈴」と名付けてくれたことを思い出す。
マイヤと花鈴。共にスズランに因んだ名を持つ二人。
――偶然で済ませていいはずがなかった。
温室いっぱいに咲き誇るスズラン。
白銀の外とは対照的な、柔らかな白。
風もないのに、花房が揺れ、かすかな音を立てているように思えた。
(触れたら……何か分かるかもしれない)
そう思い、歩み寄った、そのとき。
奥に、誰かが座り込んでいるのに気づく。
近づいた瞬間、花鈴の呼吸が止まった。
――母。侯爵夫人だった。
自分とよく似た面影を持つその女性は、虚ろな瞳でスズランを見つめている。
(もし、この世界にDNA鑑定があれば……)
そんな思いが、胸を締めつけた。
夫人はふらりと立ち上がり、一輪のスズランを手に取ると、ゆっくり花鈴へ近づく。
そして、何の迷いもなく、その花を花鈴の髪に飾った。
――その瞬間。




