当たり前が難しい
魔力を扱うには、まず精神を整えること――それが基礎中の基礎だと、ジャッキーは言った。
だが今の花鈴には、その当たり前がいちばん難しかった。
(アレックス……無事に着いたかしら?)
指先に残る体温、抱きしめられた時の強い腕の感触。思い出すほど胸の奥がざわめく。
「お嬢様、心を空にして。集中です」
「あっ……そうよね。ごめんなさい」
(集中……でも、どうすればマイヤとまた繋がれるの? アレックスは今、私のこと……)
「……お嬢様……」
困ったようなジャッキーの声に、花鈴はハッと我に返った。
「ご、ごめんなさい。私、上手く出来なくて」
するとジャッキーは、小さく首を振った。
「気がかりなことが沢山ある中で、よく頑張っています。炎を出そうとするのは初めてなら、出来なくて当然です」
年端もいかない少年に気遣われ、花鈴は思わず視線を落とした。
(いけないわ……この子に心配かけてどうするのよ)
慌てて話題を変える。
「大抵の人は魔力を持ってても、火を灯すくらいなんでしょう? ジャッキーの魔力って、やっぱり普通より強いのよね?」
「それが良いことかは分かりません。でも……光や炎を操るのは得意です」
「良いことじゃないの? 強い魔力は自分を守れるし、仕事にも困らないし」
ジャッキーは少しだけ俯いた。
「……強い魔力を持つ子は、魔塔に保護されます」
「保護……?」
「魔力の強い赤ちゃんは、自分の力を制御できず、周囲を傷付けることがあるんです。制御できるようになるまで、親元には戻れません」
「じゃあ……ジャッキーは、ずっと魔塔に?」
「いいえ。僕は、魔塔主様――アレクサンドル様に訓練していただいて…もう大丈夫だと保証してくださったので、家に戻れました」
「そうだったの……」
胸の奥がじんわりと熱を帯びた。
(さすが、アレックス……ジャッキーの優しさって、きっとアレックスの教えの影響もあるのね)
花鈴はお礼に作ってきたクッキーを渡した。ジャムをのせた、小さな焼き菓子。
「いただきます!」
一口かじった瞬間、ジャッキーの顔がパァッと輝いた。
「すっごく美味しいです! ぼ、僕、こんな美味しいクッキー初めて!」
花鈴も自然と笑みがこぼれる。
「気に入ってくれて良かった。また作るから。これからも特訓、よろしくね。ジャッキー先生」
「せ、先生なんて……!」
照れながらも嬉しそうな様子が微笑ましい。花鈴が袋を閉じようとするジャッキーに聞く。
「もう食べないの?」
ジャッキーはもじもじと頬を掻いた。
「あの……これ、持って帰ってもいいですか?」
「いいわよ。全部あなたのものよ」
「よかった……! お母さんに食べさせてあげたかったんです!」
あまりに可愛い願いに、花鈴はくすりと笑った。
「ええ。ぜひ、食べてもらって」
こうしてその日の稽古は終わり、花鈴は私室へと戻った。




