危険な場所
「つまり……サラマンカランで干ばつが続き、対策を怠った王族に対して反乱が起きた。そこまでは分かったけれど、どうして遠い東の港町を狙ったのかしら?」
花鈴はリースと向かい合い、朝の光差すティールームで報告書を読みながら眉を寄せた。
ノールヴァルド王国はガルダバル大陸北部の極寒地帯に位置し、西側とは広大なサルガ山脈を挟んでいる。
自然の要塞と称されるその山脈により、西の国々との接触はほとんどない。
サラマンカランとは、地理的にも文化的にも隔絶しているはずだった。
「気候的に、我が国の農業生産量は、自国民全てを養うには十分ではありません。そこで古くから、東大陸の農業大国との貿易が重要視されてきました」
「要するに……食糧を確保するために、東へ出る玄関口であるハンプルトンが狙われた、ということね」
「左様でございます。あの港を押さえれば、東大陸との貿易路の大半を手中に納められますから」
リースの説明は淡々としていたが、その声には明らかな緊張が混じっていた。花鈴は強く唇を噛む。
(アレックス……本当に危険なところへ行ってしまったんだわ。私にも移動魔法さえ使えれば、後を追えるのに……)
胸の奥が痛む。
思わずネックレスの緑の石を握りしめる。石は微かに熱を帯び、アレックスの魔力が確かに込められていることを知らせるようだった。
「ねぇ、リース。私の魔力で魔法陣を動かせると思う?」
その一言に、リースは固まった。
「お……お嬢様。魔法陣を発動できる方は、この国でも数名しかおりません。そもそも魔法陣の構築には、深い学識と膨大な魔力が必要で……。あの方のように簡単に発動できる人など、そうそう……」
「でも、アレックスは指を鳴らすだけで、私を魔塔から王都に送ってくれたわよ?」
リースは困ったように微笑んだ。
「それは、魔塔主アレクサンドル様だからですわ。あの方は特別なのです。生まれ持つ魔力量も、魔法制御の精度も、他者とは比較になりません。大抵の魔力持ちは、火を灯す程度が限界ですもの」
(最初に出会ったのがアレックスだったから気づかなかったけど……すごい人なのね)
「ハンプルトンって、どれくらい遠いのかしら?」
「そうですね……既存の魔法陣の座標を辿っても、四〜五日は掛かる距離と聞いております。徒歩での移動ならば、もっと……」
逃げ場のない距離感に、花鈴は沈黙した。
リースは花の香り漂う温かい茶をそっと差し出す。
「大丈夫ですわ。アレックス様は必ずご無事で戻られます」
花鈴は、小さく息を吐きながら頷いた。
「……そうよね」
しかし胸の奥は、深い井戸のように冷たかった。




