感応と波動
翌朝、アレックスが侯爵邸を訪れると、花鈴はもう待ち構えていた。
まるで夜明け前から落ち着かなかったかのように、視線が定まらない。
「アレックス、あのね、昨日……マイヤと繋がったの」
唐突な言葉に、アレックスの蒼い瞳がかすかに揺れた。
「繋がった?」
「そう。突然、頭の中で……声がしたの。私じゃない「誰か」の意識が触れてきたの。たぶん、マイヤ。あれは間違いなく――」
花鈴が息継ぎも忘れて説明するあいだ、アレックスは黙って聞いていた。やがて、顎に手を添え、ゆっくりと首を傾げる。考え込むときの癖だ。
「花……だろうか。君の周囲で何かが触媒となり、思念の道が開いたのかもしれない」
「それもあるかも知れないけど、もっと複雑な要素が絡み合っている気がする」
彼女の声音に揺らぎがない。アレックスは花鈴の直感の根拠を知ろうと質問を続けた。
「どうしてそう思う?」
「知ってるの。あの波動……あれは私の記憶の、ずっと奥の方に触れる感じ。懐かしくて、寂しくて……青森と繋がってる気がする」
その言葉に、アレックスはハッと息を呑んだ。
「花鈴の故郷とノールヴァルドが「扉」で繋がっているならば、当然古くて深い繋がりがあるのだろう。私はずっとこちら側の伝承ばかり追っていたが……花鈴。青森では、何か古い言い伝えはなかったか?」
改めて考えてみると、花鈴は地元に強い思い入れを持っていなかった。周囲の疎外感のせいで、あの街をふるさとと呼ぶ気持ちは薄かった。
それでも、一つだけ思い出せる話があった。
「おばあちゃんがね、子どものころよく言ってた。……あの地には、昔から金髪碧眼の民が突如現れて、土地に根付いたって。私の祖先にも、その血が流れてるのかもしれないって」
言って、花鈴は息を呑む。
(もしかして……その民がノールヴァルドの人だったら?)
その考えは、まるで散らばっていた点が線を描くように、すべての出来事と結びついていった。
「……どうやら北の「扉」をくぐった人間は、確かに存在した訳だな。そして入れ替わりでノールヴァルドに来たのが例の記述にあった黒髪の民ということか」
「やっぱり、そうよね」
「だが、やはり単なる入れ替わりの現象では説明がつかない。花鈴とマイヤに関してはもっと……根の深い何かが動いている」
花鈴も気づいていた。マイヤと繋がった瞬間のあの感覚。
「私、マイヤとは……魂のもっと深い部分で繋がってる気がするの。これが何なのかは、まだ分からないけど」
花鈴が強く目を閉じて思考に沈むと、アレックスはそっと肩に手を置いた。
「無理に考え込むな。魔塔に現れた隠し棚についても、まだ調べられていない。また何か分かるかもしれない」
花鈴は小さく息をつき、アレックスと並んでテーブルに向かった。
お茶の温かな蒸気と花の香りが、張り詰めていた心をわずかにほどいていく。
しかし――その穏やかな時間の裏側で、静かな影が二人を侵食し始めていた。




