二人で選ぶ正確
あれから、二週間が過ぎた。
あの日の雪はすっかり溶け、また新しい白が地面を覆っていた。
哲司が現場から持ち帰ったスマホの動画は、決定的な証拠となった。崇たちは全員逮捕され、彼らを庇おうとした大人たちも次々と事情聴取を受けた。
崇の父親は、息子の尻拭いに奔走したが、もう誰も助けようとはしなかった。
そして動画の中には──依頼人として金を渡すあやめの姿が、はっきりと映っていた。
事件の翌週、あやめ一家は姿を消した。
土地も家も売り払い、北海道の親戚のもとへ移ったらしい。今はただ、住んでいた家の前には『売地』の看板が立っているだけだった。
けれど、その話題は村人たちの噂にのぼることもなく、雪解け水のように静かに消えた。
誰も彼らを惜しむことはなかった。
もう二度と、この土地に戻ってくることはないだろう。
* * *
また雪が降り積もり、世界は静かな白に沈んでいた。
哲司とマイヤは並んで歩いていた。
踏みしめた雪の上に、ふたつの足跡が並ぶ。
「……あやめは、哲司のこと、好きだったのね」
マイヤの声は、風に溶けるように静かだった。
哲司は小さく息を吐き、苦笑を浮かべる。
「あいつが好きなのは「俺」じゃない。ここで生まれて、ここで暮らしてる──そういう条件に俺がちょうど当てはまってただけさ」
「それでも、気持ちは本物だったかもしれないわ」
「……俺はそんなにモテないよ」
マイヤは立ち止まり、じっと彼を見上げた。
「ううん。モテるよ」
「誰に?」
「私に」
その一言に、哲司の顔は一瞬で真っ赤になった。
雪の冷たさよりも、頬の熱の方がずっと強かった。
(やばい、心臓が爆発しそうだ……)
慌てて落ち着こうとする哲司をよそに、マイヤは真面目な顔で言った。
「ねぇ、私、ノールヴァルドでは婚約者がいたの。でもそれは政治的なものだったの。だから、恋人になる過程っていうのを、よく知らないの」
「お、おう……」
哲司はまったく予想のつかない展開に、気の抜けた返事をした。
「だから、若い男女がどうやって恋人になるのか、教えてもらえる?」
「……ふ、普通はどっちかが「付き合ってください」って言って、相手が「はい」って答える感じ、かな……」
マイヤは一瞬考えこみ、そして、いたずらっぽく微笑んだ。
「じゃあ、哲司。私と――」
「わーっ、ちょ、ちょっと待って!」
哲司は慌てて両手を振った。
そして、深呼吸をひとつ。
心を決めて、マイヤの正面に立つ。
「……頼む、俺から言わせてくれ。マイヤリリスさん、好きです。俺の彼女になってください」
マイヤは驚いたように目を見開き、そして、しばらく黙り込んだ。
哲司の血の気が一瞬で引いていく。
「ダメ、ですか……?」
「そんなわけないじゃない!」
マイヤは顔を輝かせた。
「ただ、返事の作法を知らなかったの。「はい」でいいのね?」
「う、うん。「はい」でいいです」
「はい! よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします……!」
互いに照れながら見つめ合い、同時に笑い出した。
哲司の足の力が抜け、その場にしゃがみ込む。
マイヤも隣にしゃがみ、首をかしげた。
「なるほど。恋人同士になると、こうして座るのね?」
「いや、それ違う……緊張が限界なんだよ」
「ふふっ、哲司って面白いのね」
マイヤが微笑むと、雪の白さの中でその笑顔は柔らかく溶けた。
哲司は胸の奥が温かくなるのを感じた。
そして、二人はゆっくりと立ち上がった。
「ねぇ哲司。次はどうすればいいの?」
「うーん……儀式みたいに決まりはないけど。強いて言えば、俺たちが選ぶことが正解なんじゃないかな」
マイヤは少し考え、真剣な目で言った。
「頬にキスしても失礼じゃないかしら?」
「……正解」
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