最悪のシナリオ
――薄暗く、湿った匂いのする場所だった。
ズキン、ズキンと脈打つたびに、こめかみの痛みが鋭く響く。
左目の視界が滲んでいる。頬を伝う血が乾くより早く、また新しい血が流れた。手を動かそうにも、両腕は後ろ手に縛られ、椅子の背もたれに固く括り付けられている。
(ここは……どこだ……?)
哲司は、朦朧とした意識の中で、遠くから聞こえてくる言い争いの声を聞いた。
「話が違うじゃないの! なんで哲司まで巻き込んだのよ! 殴るなんて……!」
「仕方ねぇだろ。あの兄ちゃん、花鈴から離れなかったんだ。連れて来るしかなかった」
「どうするつもり?」
「まぁ、見てなって」
女の怒り混じりの声に聞き覚えがあった。
――あやめだ。
途端に意識がはっきりと覚醒する。
(マイヤ……! マイヤはどこだ!?)
哲司は椅子を揺すった。だが、がっちりと固定され、身動きが取れない。口には分厚いガムテープ。声すら発せられない。焦燥が喉の奥で焼ける。
「おや、目が覚めたか」
陽気な声とともに、崇が目の前に現れた。
いつもの軽薄な笑みではなく、どこか愉快そうに歪んでいる。
「せっかく来たんだ。兄ちゃんにも、ちょっと「手伝い」してもらわねぇとな」
(手伝い? 何を言ってる……?)
哲司が眉をひそめると、崇は満足げに笑った。
「分かんねぇか。俺のIQくらい高くないと無理かもな」
そう言って、崇は横へ移動する。
ライトの下に座らされた女の姿が見えた。
—――マイヤだ。
両手を縛られ、頭を垂れている。
声を上げようにも、口を塞がれていた哲司は激しくもがいた。椅子がきしむ音だけが響く。
「安心しな。殺しなんてヤバいことはしねぇよ。終わったらちゃんと帰してやるさ」
崇はそう言いながら、ホルダーに置かれたスマホを指差した。
カメラ機能がオンになりビデオが選択されている。赤いボタンをタップすれば、撮影が始まる画面になっていた。
「撮影が終わったらな」
周囲の男たちが口笛を吹き、下卑た笑い声が広がった。
「兄ちゃんはこの一部始終を見届ける。けど訴えることはできねぇ。この映像が出回るのが怖くてな」
(……最低だ……!)
「これからは俺たちの言いなりってわけだ。いい取引だろ?」
崇は哲司の口元のガムテープをゆっくり剥がした。
痛みに顔を歪めながらも、哲司は怒鳴った。
「ふざけるなっ! マイヤ! 目を覚ませ、マイヤ!!」
その叫びを嘲笑うように、崇が裁ち鋏を取り出した。
「何を――やめろ!」
哲司が声を荒げた瞬間、刃がマイヤのセーターを裂いた。




