ラズールヌィ湖
青森は連日の晴天で、雪解けは一気に進んだ。
ついこのあいだまで白一色だった景色が、少しずつ色彩を取り戻している。常緑樹の深い緑、舗装道路の鈍い灰色、遠くに見える屋根の赤茶。
本格的な冬に向かう前の、寒さが緩む一時だった。
集落のある山麓ではまだ雪がところどころ残っていたが、街の中心部ではすっかり地面が顔を出していた。
屋根の雪も落ち、道路の縁石に積もっていた氷も、今は小さな水溜まりに変わっている。
マイヤと哲司は、街を抜けた郊外の公園にいた。
郷土資料館で探しものをする前の腹ごしらえだ。乾いたベンチとテーブルを見つけて腰を下ろすと、哲司が持ってきたお弁当を広げた。
「わぁ……美味しそう」
マイヤは目を輝かせ、丁寧に詰められた弁当箱を覗き込んだ。
海苔を巻いたおにぎりに、照り焼き風のお肉、黄金色の卵焼き。色とりどりのおかずが、冬の光に映えている。
「哲司は何でも出来てすごいなぁ」
感心したように言ってから、少し首を傾げる。
「少しずつおばあちゃんに料理を習ってるんだけど……砂糖と塩って、どうしてあんなに似てるのかしら?」
その一言に、哲司は吹き出した。
「そこからかよ。ばっちゃんも大変だな」
「だって、見た目がそっくりなのよ。間違えるじゃない」
「まあ、侯爵令嬢は料理しないだろうしな。仕方ないよ」
「そうなの。料理人って偉大だって、ようやくわかったわ」
二人は顔を見合わせて笑った。
あたたかな陽射しがテーブルを包み、遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。どこまでも穏やかな時間だった。
マイヤは一口おにぎりを食べて、次はおかずに箸を伸ばす。
「このお肉、美味しいっ!」
思わず感嘆の声をあげると、哲司は少し誇らしげに微笑んだ。
「親父が山で獲ってきたイノシシだよ。ちゃんと処理してあるから安心して食べて。……花鈴のじっちゃんが生きてた頃、よく三人で山に行ったなぁ」
マイヤは、部屋に飾ってあった祖父の写真を思い出した。背が高く、慈悲深い眼差しをしていた。
「どんな人だった?」
「山の男って感じだったな。静かだけど強くて、山や獣のことを何でも知ってた。花鈴も、小さいころから一緒に行ってたんだ」
祖父は昨年亡くなったと聞いている。
マイヤは、青空を仰いだ。
(会ってみたかったな……)
胸の奥で、小さくつぶやいた。
* * *
昼食のあとは、二人で自転車を並べて郷土資料館へ向かった。
雪解け水が流れる小さな溝の音が、車輪の回転に混じって響く。風は冷たいが、どこか柔らかくなっている。
「はい、こちらで受付を済ませて、入館証をお持ちくださいね」
受付の女性に案内され、二人は木札の入館証を受け取ると、展示室の方へ向かった。
館内には、この地方の歴史や生活に関する資料が整然と並んでいる。遺跡から出土した土器、古い信仰行事に使われた面や衣装、猟具や農具。
木の香りと古紙の匂いが混じり、どこか懐かしい空気が漂っていた。
マイヤは、ひとつひとつの展示物に興味津々で見入った。
「木で作られたものが多いのね」
「そっちの世界は違うのか?」
「木製よりも、石製や金属製が多いかな。火を扱う職人が多いの」
哲司は笑いながら頷いた。
「なるほど。文明の形が違うんだな」
昔の暮らしのコーナーを過ぎると、ガラス細工の展示があった。
その中に、マイヤの目を引くものがあった。それは、津軽びいどろの大鉢だった。ライトの光が、青緑のガラス鉢の透明感を引き立てている。
「……綺麗だよな」
魅入るマイヤに、哲司が呟いた。
「ラズールヌィ湖みたい」
「え?」




