異国の歌
アレックスは一瞬、目を丸くし、言葉を失った。
そのタイミングで、テントの灯りがふっと落ち、舞台が照らし出される。
「始まったな」
(……助かった)
アレックスは、動揺を悟られずに済んだ。
* * *
舞台の中央に、南方の衣装を纏った芸人たちが現れた。
太鼓が鳴り、弦の音が絡み合い、空気が震える。
その響きに合わせて、踊り子の衣が翻り、光を受けて金の飾りが瞬く。
アレックスは目を細め、空気の流れや振動、音の反射に集中し、舞台を五感で捉えようとした。
しかし、花鈴の言葉が頭から離れない。
(マイヤと恋人……? 違う。あれは……)
互いに孤独を抱えていた。似ていたから、理解し合えた。
だが、そこに甘い情はなかった。あれは「共鳴」だ。それ以上でも、それ以下でもない。
思考の隙間を、舞台の歌声が満たす。
昼間の広場で聴いたあの声が、テントの空気を震わせた。
――
昔、昔の物語
南の国に巨大な滝があった
そこは、扉があるところ
扉を潜り入れ替わる。
黒髪の男がやって来た。
真紅の花を抱いて
その花は、世界を渡る鍵
第三の月が道となり
運命は廻り出す
北の国に凍った湖があった
そこは、扉があるところ
扉を潜り入れ替わる。
黒髪の女がやって来た。
白銀の花を抱いて…
この調子で東、西と歌詞が変わり歌は続いた。
観客たちは静まり返り、灯火の揺らぎが顔を照らす。
花鈴は息を飲み、アレックスの袖を掴んだ。
「ねえ……これ…」
「ああ…驚いたな」
「ね。あんなに書物を漁ったのに、異国の歌が「湖にある何か」の存在を教えてくれるなんて」
二人は小さく笑った。
「早く祭りに来れば良かった」
「予知能力でもあればね」
二人が盛り上がって笑いながら話していると、後方の席からシーーッと、静かにするよう促された。
慌てて口を閉じたが、花鈴は、急速に輪郭を取り始めた全貌に、胸が震えた。
踊り子たちの舞と、太鼓のリズムが最高潮に達し、舞台の灯が落ちると、観客の拍手がテントを包んだ。
* * *
劇が終わるや、アレックスは迷いなく立ち上がった。
「行くぞ」
「どこに?」
「今の歌手に、詳しく聞く」
花鈴は慌ててついて行く。楽屋を覗くと、千秋楽を迎えて興奮冷めやらぬ芸人達が、早くも打ち上げの酒を酌み交わしていた。
陽気に騒ぐ芸人の中から、歌を歌っていた褐色の髪の、目がギョロリと大きい歌手を見つけた。
歌手は、花鈴に気付くと声を掛けてきた。
「おや。昼間の綺麗なお嬢さんじゃないか。舞台も観に来てくれたんだね」
「そうなんです。とても素敵でした」
花鈴が微笑むと、歌手は嬉しそうに笑った。
「あの、お伺いしたいことがあって…」
歌手は、もう既に酔いが回ってきているようで、ふらつく手付きで、花鈴に酒を渡した。
「まぁ、まずは乾杯しようよ」
「いや、私まだ未成年なので…」
「ええ?じゃあ、教えな〜い」
口を尖らせて、拗ねるフリをした。
(どこの世界も酔っ払いは、同じねぇ)
花鈴は、子どもたちのお楽しみ会に毎年酒を持って乱入してきた村長の絡み酒を思い出していた。
すると、後からスッとアレックスの手が伸び、歌手の手から盃を受け取り、グイッと一気に飲んだ。
「おおっ! 兄ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ。気に入ったぞ。何で聞いてくれ!」
歌手がさらに酒を注ぐ。
アレックスは、澄ました顔で遠慮なく質問した。
「歌詞の意味を詳しく聞きたい。「扉」とはどのようなものだ? 南の国に巨大な滝とはどの滝か? 「第三の月」とは何を指す」
歌手は、更に酒を飲みながら陽気に答えた。
「兄ちゃん学者か? 質問沢山だな。えーと、「扉」がどんなものかって? 俺が見たわけじゃないから分からないけど……ただ、うちのひいひい爺さんが、そこから現れた人でね」
「現れた?」
「そう。村の誰かが居なくなったと騒いでいた時、突然、水の中から出てきたそうだよ。どこの国の者かも分からず、言葉も文化も違った。まるで別の世界から来たようだったって。その人が黒髪だったから、ほら、俺も髪の色が暗いんだよ」
アレックスと花鈴が顔を見合わせる。
「水の中からって、その巨大な滝からですか?」
花鈴の問いに歌手は、頷いた。
「そう、南の果て、霧の谷の奥にある巨大な滝からね。あとは…質問なんだっけ?」
「第三の月だ」
「そうそう。「第三の月」ってのは、うちの国じゃ「世界を渡る月」って呼ばれる。水面に映る月が、何かの拍子に、もう一つの世界に吸い込まれる。そうすると光の道ができて、その瞬間だけ、世界の境が揺らぐってね」
「……境が揺らぐ。それが「扉」なのか?」
アレックスの声が低く落ちた。




