聖暦の祭
昼下がりの王都は、祭りの熱気に包まれていた。
朝よりも出店は増え、路地ごとに楽師の笛や太鼓の音が響く。子どもたちは軽業師を追いかけ、観光客は珍しい菓子や香辛料を買い求めている。
石畳に反射した陽光がきらめき、街全体が色と匂いに満ちていた。
二人は約束通り、祭りで軽い昼食を取ることにした。
聖暦の祭らしく、丸焼きではないが、小さく切った雪うさぎの串焼きと、チーズとハーブ入りソーセージを挟んだパン、アイスが乗った焼き林檎を屋台で買って食べた。どれも美味しくて花鈴は大満足だった。
食事が終わると、南の芸人一座の劇が始まる夕方までまだ時間があるので、通りを練り歩くことにした。
広場で輪になり音楽に合わせて踊る人たちもいた。男女がペアになってくるくる回るダンスは、決まった型の通りに動くようだった。
微笑みながら楽しそうに眺める花鈴に気付いた、一人の男性が、ダンスの輪から出て来た。
「やぁ、綺麗なお嬢さん。一緒にダンスは如何?」
誘いの言葉と共に手を差し出す。
花鈴は、後ろに立っていたアレックスを見た。
「やりたいのか?」
「ええ。楽しそう。でも、一人じゃ不安だから…」
アレックスが何か言おうとしたのを遮り、誘ってくれた男性は、花鈴に言った。
「彼氏は、踊りたくないみたいだし、放って置いて、俺と踊ろう!」
再度、差し伸べらた手を、今度はアレックスが遮った。
「私の連れだ。私と踊る」
「おおっ。兄ちゃんもやる気になったな!そう来なくっちゃ。今日はお祭りだ!」
半ば強引に、二人を輪の中に押し込んだ。
音楽に合わせて三歩進み、男性が女性の手を取りクルッと回らせる。二人でまた三歩進み今度は、男性が一人で回る。
繋がれた手と手に、花鈴はドキドキした。
(誰かと手を繋ぐなんて、小学校のキャンプファイヤー以来だわ)
花鈴とアレックスは、最初はテンポが遅れていたが、回を重ねるごとに上手になっていった。
音楽が終わると、拍手が興った。
人々は互いに褒め称え、散っていく。
少し離れたところにいた、先程誘ってくれた男性が、二人に声を掛けた。
「上手に踊れてたじゃないか!お似合いのカップルだ。仲良くな!」
そして手を振りながら行ってしまった。
「あはは。ありがとう!」
花鈴は、照れながら手を振りかえした。
アレックスは、「手中にはまってしまった」とぼやきつつ、満更でもなさそうだった。
その後も、見るもの聞くもの食べるもの、全てが花鈴の興味を引いた。
アレックスは、花鈴の好きにさせてくれていたが、キョロキョロよそ見をしては、はぐれそうになるの花鈴の手をとり、自分の腕に絡ませた。二人は腕を組んで、さらに練り歩いた。
「わあ……! あの髪飾り、綺麗!」
小物売りの前を通ると、花鈴の声が弾んだ。
露店のテーブルには、宝石のように輝くビーズや刺繍糸、そしてそれらで作られた髪飾りが並んでいる。陽光を浴びて、ガラスの粒がまるで万華鏡のように光を放っていた。
「好きなのか?」
アレックスが、少し首を傾げて尋ねる。
「うん。こういう細かいの、見てるだけでワクワクするの」
花鈴はそっと手を伸ばし、指先で小さなビーズを撫でた。淡く透ける青、琥珀、翡翠色。光を通すたび、それぞれの粒が命を持つように瞬く。
中でも、ひときわ彼女の目を引いたのは――深い蒼のビーズだった。
澄みきった湖の底のような色。どこか、アレックスの瞳を思わせた。
(これでブレスレットを作りたいな。一人でいる時も、少しだけ心が強くなれるように)
「それが気に入ったのか?」
アレックスが気配を捉える。
「うん」
短く答えた瞬間、彼は迷いなく店主にコインを差し出した。
「これを」
花鈴は驚いたように彼を見たが、アレックスはただ小さく笑っていた。
「その掴んでる糸もいるか?」
胸の奥がふっと温かくなる。
「ありがとう。……大事にするね」
「君は不思議なものを欲しがる」
「そう? 私、これでお守り代わりのブレスレットを作りたいの」
「女性たちは、もっと飾り立てるために選ぶものだと思っていた」
「ふふ、貴方の周りの女性たちはそうだったのね」
アレックスは考え込むように視線を落とした。
(私の周りにいた女性……そういえば、個人的な話をしたのはマイヤぐらいか)
「言われてみると……私は女性が何を好むか知らないな」
真面目な声に、花鈴は吹き出してしまう。
「じゃあ、プレゼントとかどうしてたの?」
「……ない」
「え?」
「贈り物をしたことが、ない」
二人の間に一瞬の沈黙。次の瞬間、同時に笑い声がこぼれた。
こんなたわいない会話が、ふと心を近づける。
* * *
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕暮れが街を朱く染め始めた。
通りの先にある大きなテントへ向かった。
渡されたチラシによると、昼間、広場で歌っていた南方の芸人たちが、今夜はここで劇を披露するらしい。
入口には松明が焚かれ、炎が幕をゆらゆらと照らし出している。
「入口は、あっちみたいね」
人の流れについて中に入ると、二人は中央付近の席に座った。木製の長椅子に腰を下ろすと、湿った布と香辛料の匂いが漂ってくる。観客たちのざわめき、火のはぜる音、遠くの夜風。
「私、こういうテント劇って初めて」
「私もだ」
アレックスは、小さく笑った。
「今日は、初めてのものばかりだ。なかなか楽しいものだな」
花鈴がずっと気になっていたこと、ふと問いかける。
「じゃあ、マイヤとはどんなところに行ったの?」
アレックスは眉を寄せた。
「どことは……? マイヤが訪ねてくるのは、いつも魔塔だった」
「え? 二人は、秘密の恋人同士じゃないの? 王太子に隠れてデートとか…」




