連鎖
「昨日、君が感じた心の奔流――あれは危険な兆候だ。制御しなければ、君自身が壊れる」
花鈴は小さく頷いた。
アレックスは指先で円を描き、彼女に保護の魔法をかけた。淡い光が皮膚の上をすべり、膜のように彼女を包み込む。
「簡易だが、これで人の思考に呑まれずに済む」
着替えを済ませ、二人は屋敷を出た。
「……あっさり外に出られたわね。王都ってもっと警備が厳しいのかと思ってた」
「私が一緒にいる」
「そっか……魔塔主だもんね」
花鈴が笑うと、アレックスが不思議そうに首を傾げた。
「何がおかしい?」
「ううん、なんでもない。ただ……こうして歩いてると、まるでデートみたいだなって」
アレックスがわずかに顔を赤らめる。
「訓練だ」
「わかってるってば」
ふと見ると、通りは人で賑わっていた。準備中の屋台からかおる香ばしい匂い、音楽、歓声。
「今日は何の日?」
「聖暦の祭だ。かつてこの国を救った聖人の誕生日を祝う」
「へぇ……クリスマスみたいなもの?」
「クリスマス……?」
「ううん、日本の冬祭りみたいなものよ。家族でごちそう食べたり、贈り物をしたり」
「この国では「雪うさぎの丸焼き」を食べる習わしだ」
「……雪うさぎ? ちょっと可哀想な気もするけど……美味しいの?」
「美味いぞ。うさぎではなく、白い鳥の料理だがな」
「鳥なの?! 紛らわしいわね」
花鈴の笑い声に、アレックスも小さく口元を緩めた。
「訓練の後、時間があれば祭を見ていこう」
「ほんと?! 約束だからね!」
* * *
森の中は、街の喧騒と逆に、ひんやりと静かだった。
常緑樹の間を光が縫い、落ち葉の上を霜がきらめいている。
「まずは、自分の思考を閉じる訓練からだ」
「思考を……閉じる?」
「そう。心を「透明な箱」に入れるように。内側で考えても、外には漏らさない」
アレックスの指示で花鈴は深呼吸し、目を閉じた。
――静かに、静かに。何も考えない。
だが、次の瞬間――
「今日の朝ごはん、クルミ入り粥にクランベリーソースだったな」
「っ!? ちょ、なんでそれが――!」
アレックスが肩をすくめた。
「思考が漏れている。もっと深く集中を」
もう一度、目を閉じる。だが今度は――
「ロディオンを見たら吐き気がして、その後本当に吐いた」
「や、やめてそれ!!!」
花鈴は真っ赤になって叫んだ。
言葉にしない心の中が漏れてしまうのは、予想以上に恥ずかしかった。
アレックスがわずかに笑う。
「率直な感想だ」
「もう! 恥ずかしいんだから!」
悔しさに地団駄を踏む花鈴を見て、アレックスは微かに首を振った。
「焦らなくていい。今日はここまでにしよう」
保護の魔法を再びかけ、森を出る。
王都へ戻る道の途中、昼の鐘が鳴った。
「お腹すいたね」
「……祭りで昼を取ろう」
* * *
広場には屋台が並び、人々の笑い声があふれていた。
焼き菓子の香り、絹の布を売る露店、子どもたちの歌声。
まるでこの国に偽善の影などないように思えるほどの、明るさ。
花鈴は、お祭りが好きだ。夏は、七夕に花火大会。秋は、収穫祭。幼い頃、祖父母に手を引かれて街のお祭りに行ったことを懐かしく思いだした。
アレックスがかけてくれた保護魔法のお陰で、人混みの中でも、誰かの悪意に飲み込まれることなく安心してお祭りを楽しむことが出来ていた。
その時、人だかりの中心から歌声が響いた。
「昔、昔の物語――ある日、黒髪の男が湖から現れた。白銀の花を抱いて——♪」
花鈴とアレックスは顔を見合わせる。
「……今の、聞いた?」
「ああ。湖、そして黒髪の男――」
歌声に導かれるように、二人は人垣を抜けた。
そこにいたのは、南方の衣装をまとった旅の芸人。唇に微笑を浮かべ、透き通る声で続けた。
「その花は、世界を渡る「鍵」――第三の月が道となりーーー♪」
アレックスの目が細められた。
「……偶然とは思えんな」
花鈴の心臓が早鐘を打つ。
「湖」「門」「鍵」――その言葉が、何かを呼び覚ます。
歌が終わると、芸人はふとこちらを見た。褐色の髪でいかにも南方系の風貌だ。琥珀色の瞳が、人懐っこそうに花鈴を見つめた。
「1人5シリング願いします。気に入った方は10シリング、お貴族様は15シリングで〜す」
お金を入れ話しかけようとすると、花鈴にチラシを渡した。
「夕方、広場で劇をやるよ〜南の国に古くから伝わるこの日にピッタリの催しさ。おいらの歌を聴きたけりゃ、観に来ておくれよ〜」
と走り去って行った。
* * *
祭りの喧騒の中で、運命のピースがカチリと音を立ててはまる予感がした。
それが、さらなる「連鎖」の始まりとも知らずに――。




