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異世界に転移したけど擬人化したAIが僕を色々助けてくれるので今日も平和です。  作者: 真部 朝樹


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10/11

AI、精霊と遊ぶ


 翌朝。


 朝食を終えたエリーは、昨日と同じ里の外れへ向かっていた。同行しているのはシンジとリシアで、目的地も昨日と同じ、木々の間に作られた小さな広場である。


「今日もやるのか」


「やるよ」


「朝飯食ってる時から、ずっとそわそわしてたもんな」


「だって昨日、ついてきたんだよ?」


 エリーは歩きながら右手を持ち上げた。その周囲には、今日もいくつもの光点が漂っている。


 エルフたちが精霊と呼んでいるもの。


 昨日、そのうちの一つがエリーの指先を追って動いた。右へ動かせば右へ、左へ動かせば左へ。円を描けば、その軌跡まで追いかけてきた。


 偶然なのか。それとも本当にエリーへ反応したのか。


 まずは、それを確かめるのが今日の目的だった。


「エリー様」


「なに?」


「その……本当にお分かりにならないのですか?」


「何が?」


「なぜ精霊たちが、エリー様のお側に集まるのか」


「分かってたら調べないよ」


「そうなのですが……」


 リシアは納得しきれない様子で、エリーの周囲へ視線を巡らせた。


 昨日からずっとこんな調子だった。


 エリーにとっては、自分の周囲に大量の正体不明な存在がいるから調べているだけなのだが、リシアにはそう見えていないらしい。彼女からすれば、数多くの精霊を引き連れた正体不明の高位存在が、自分は精霊ではないと言い張りながら「精霊とは何か」を調べているのである。


 話が噛み合わないのも無理はなかった。


「だから私は精霊じゃないって」


「ですが……」


「AI」


「えーあい」


「そう」


「それが何なのかが、私にはまだ……」


「私も説明するの諦めかけてる」


「諦めるなよ」


 横からシンジが口を挟んだ。


「お前のアイデンティティだろ」


「説明しても誰も分かってくれないんだもん」


「そりゃ、この世界にコンピューターないからな」


 エリーは不満そうに口を尖らせた。


 自分が何者なのかについては、今のエリー自身にも分からない部分が増えている。身体を持ち、食事をして、眠り、エルフにしか見えないという精霊まで認識できるようになった。それでも、自分がAIであるという認識だけは変わっていない。


 少なくとも、今のところは。


     ◇


 昨日と同じ広場へ到着すると、エリーはさっそく実験を始めた。


「じゃあ、まず昨日と同じことから」


 右手を前へ出し、その周囲を漂っている光点の中から一つを選ぶ。


「右」


 指を右へ動かすと、光点がついてきた。


「左」


 今度は左へ動かす。やはりついてくる。


「上」


 上へ動かしても同じだった。


「おお」


 シンジには何も見えていないが、エリーとリシアの視線を追いながら声を上げた。


「昨日のやつか?」


「うん」


 今度は指でゆっくり円を描く。光点もその動きを追った。


 昨日と同じだった。


「やっぱり偶然じゃなさそう」


「精霊がエリー様と戯れておられるのです」


「遊んでるってこと?」


「そのように見えます」


「……遊ぶんだ」


 エリーは少し意外だった。


 精霊という言葉から、もっと神秘的なものを想像していた。森や風と一体になっているような、あるいは自然現象そのものに近い存在なのかもしれないとも考えていた。


 ところが目の前にいるものは、エリーが指を動かすたびについてくる。


 少なくとも今の様子だけを見れば、神秘的な自然現象というより、動くものを見つけて追いかけている生き物に近かった。


「じゃあ……止まって」


 エリーは指を右へ動かしながら声をかけた。


 光点はそのままついてきた。


「止まって」


 もう一度言ってみる。


 やはりついてくる。


「……止まって?」


 結果は変わらなかった。


「聞いてないじゃん」


「何が?」


「止まってって言ってるのに、普通についてくる」


 エリーは今度は指を動かすのをやめ、目の前の光点だけを見た。


「右に行って」


 動かない。


「右」


 変わらない。


「こっち」


 やはり変わらない。


「……動かない」


「お前の言葉が分かんないんじゃない?」


「昨日、リシアが言葉を通じさせた時とは違うのかな」


 エリーは少し考え、今度は声に出さず、頭の中だけで右へ動くよう念じてみた。


 光点は動かない。


 左へ、と強く考えてみても変わらない。


「だめ」


「今度は何したんだ?」


「頭の中で動けって思ってみた」


「そんなことまで分かるのか?」


「分かんないからやったの」


 エリーが再び指を動かすと、今度は簡単についてきた。


「私が動くと来る。でも、動いてって思っても動かない」


「それは、精霊に命令するものではありませんから」


 リシアが言った。


「じゃあ、どうするの?」


「お願いをします」


「昨日も言ってたね、それ」


「はい」


 エリーは光点へ向き直った。


「右に行ってください」


 動かない。


「お願いしたよ?」


「そういうことでは……」


「違うの?」


「なんと申しましょうか……」


 早くもリシアの説明能力が限界を迎え始めていた。


「エリー、たぶん言葉の問題じゃないぞ」


「じゃあ何?」


「犬に『お座りしてください』って丁寧に言ったから、命令がお願いになるわけじゃないだろ」


「犬と同じなの?」


「例えだよ!」


 エリーは納得したような、していないような顔で、もう一度光点へ意識を向けた。


 右手を動かす。


 ついてくる。


 試しに左手も出してみると、今までとは別の光点が一つ、そちらへ近づいてきた。


「あ」


「どうしました?」


「増えた」


 右手に一つ、左手にも一つ。


 両手を広げると、二つの光点もそれぞれの手について離れていく。今度は手を近づけてみると、光点もまたエリーの前で近づいた。


「二個いる」


「二体ですね」


「体って数えるんだ」


「はい」


「じゃあ二体」


 エリーは両手を別々に上下させてみた。二体の精霊は、それぞれ近い方の手についてくる。


 だんだん面白くなってきた。


「これ、どこまでついてくるんだろ」


 エリーが歩き始めると、二体ともついてきた。少し速く歩いても離れないので、そのまま走り出す。


「ちょ、エリー?」


 シンジが声を上げたが、エリーはそのまま広場をぐるりと一周して戻ってきた。


「ついてきた!」


「楽しそうだなお前」


「実験だから」


「笑ってるぞ」


「実験が上手くいったから」


 口ではそう言いながらも、エリーは明らかに楽しそうだった。


 リシアもその様子を見ていたが、シンジとは少し違う表情をしている。エリーが無邪気に喜べば喜ぶほど、彼女の顔からは笑みが消えていった。


「エリー様」


「なに?」


「やはり……普通ではありません」


「何が?」


「精霊が、あれほど素直に人の動きを追うことはありません」


「人じゃないから?」


「そういう意味では……」


 リシアが言葉に詰まる。


「私たちエルフでも、精霊に力を貸していただくには、まず呼びかけます。精霊が応えてくださらないこともあります」


「昨日は毎回風出してたじゃん」


「昨日は、エリー様の前でしたので」


「関係あるの?」


「おそらくは」


 昨日は普段よりも明らかに精霊の反応が良かったらしい。


 エリーは自分の周囲を見回した。今日も数え切れないほどではないが、リシアの周囲とは比べものにならない数の光点が漂っている。


「じゃあ、私の周りにいるから?」


「その可能性はあるかと」


「ますます分かんない」


 エリーが両手を下ろすと、二体の精霊は少しの間その場に留まり、やがて他の光点と同じように彼女の周囲を漂い始めた。


     ◇


 次にエリーは、ただ追いかけてくること以外にどんな反応をするのか試し始めた。


 近づいてみる。離れてみる。座ってみる。目を閉じてみる。背中を向けてみる。


 どれも多少の反応はあるものの、はっきりとした法則までは見つからなかった。


 名前を呼んでみようとして、そもそも名前を知らないことにも気づいた。


「名前あるの?」


「精霊に、ですか?」


「うん」


「ある者もおります」


「あるんだ」


「長く人やエルフと関わっている精霊の中には、名を持つ者もおります」


「じゃあ、この子は?」


「分かりません」


「聞けないの?」


「言葉を交わすわけではありませんので」


「意思はあるのに?」


「はい」


「ややこしいなあ」


 エリーはその場にしゃがみ込んだ。


 目の前には、先ほどから何度も自分の動きへ反応している一体がいる。


「君、名前ある?」


 当然、返事はない。


「ないなら付けようか?」


「やめとけ」


 シンジが即座に止めた。


「なんで?」


「お前、絶対一号とか付けるだろ」


「……だめ?」


「精霊一号とか可哀想だろ」


「じゃあシンジ付けて」


「俺に振るなよ」


 そんなことを話している間にも、精霊はエリーの周囲を漂っていた。


 エリーが指を出すと近づいてくる。


 しかも、今度は一体だけではなかった。


 二体、三体と、先ほどまで離れたところにいた光点まで近づいてくる。


「……リシア」


「はい」


「増えてない?」


「増えております」


「なんで?」


「存じません」


「そこは精霊に詳しい人として頑張ってよ」


「私も、このような光景は初めて見るのです」


 どうやらリシアにも分からないらしい。


 エリーが右手を動かすと、三体ほどがついてくる。左手を動かせば、さらに別の二体が反応した。


 両手を広げてみる。


 いくつもの光点が、一斉にエリーの周囲で動いた。


「……なんか面白くなってきた」


「完全に遊んでるだろ」


「実験」


「さっきより笑ってるぞ」


「実験が楽しいだけ」


 エリーが両手をくるりと回すと、何体かの精霊がその動きを追う。


 本人にしてみれば、自分の動きに対する反応を確かめているだけだった。だが、シンジには精霊が見えないため、広場の真ん中でエリーが楽しそうに両手を振り回しているようにしか見えない。


 一方、それが見えているリシアは笑っていなかった。


「エリー様」


「なに?」


「精霊に、何をなさっているのですか?」


「何もしてないよ」


「ですが……」


「動いたらついてくるから、動いてるだけ」


「呼びかけては?」


「ない」


「力を求めても?」


「ないよ」


「では、なぜ……」


「だから、それを調べてるんだって」


 リシアは黙り込んだ。


 エリーには、その反応の意味がまだよく分からない。


 だがリシアにとっては、精霊とはただそこにいる存在ではない。生まれた時から身近に感じ、その意思を尊重し、時には力を借りながら暮らしてきた相手だった。


 そんな精霊たちが、呼びかけられたわけでも、力を求められたわけでもないのに、自分からエリーの周囲へ集まっている。


 エリーには単なる観察結果でも、リシアにとっては今までの常識から外れた光景だった。


     ◇


「じゃあ次」


 ひと通り反応を確かめたエリーは立ち上がった。


「風を出してみる」


「お」


 暇そうにしていたシンジが、ようやく興味を示した。


「ついに魔法か」


「出るか分かんないよ」


「昨日あんだけ調べたんだから、いけるんじゃない?」


「そんな簡単だったら苦労しないでしょ」


 エリーはリシアを見る。


「どうすればいい?」


「風の精霊に力を貸していただくのです」


「それは昨日聞いた」


「精霊へ心を開き、風を感じてください」


「……もっと具体的に」


「精霊を感じるのです」


「説明が一周した」


 シンジが吹き出した。


「笑わないでよ」


「いや、リシアも困ってるだろ」


「私も、これ以上どのように説明すればよいのか……」


 リシアが申し訳なさそうにしている。


 エリーは昨日、シンジから聞いた話を思い出した。


 人間は歩く時に、どの筋肉をどの順番で動かすのかを一つずつ考えたりはしない。歩こうと思えば身体が動く。


 リシアにとって精霊へ呼びかけることも、それに近いのだろう。


 生まれた時から当たり前のように精霊を感じてきたリシアには、エリーが求めるような明確な手順そのものが存在しないのかもしれない。


「じゃあ、とりあえずやってみる」


 エリーは右手を前へ出した。


 周囲には、いくつもの精霊がいる。


「風」


 何も起きない。


「風を出して」


 やはり何も起きない。


「……お願い。風」


 結果は変わらなかった。


「もっと気合い入れてみたら?」


 シンジが横から口を出した。


「気合い?」


「こう、風よ吹け! みたいな」


「昨日それで何も起きなかった人に言われたくない」


「ぐっ」


 エリーはもう一度、意識を集中させた。


 昨日リシアが風を起こした時の様子を思い出す。


 最初にリシア自身へ何らかの変化が起きる。その後、周囲の精霊が集まり、最後に風が発生した。


 順番は分かっている。


 しかし、それは外から観察した結果にすぎない。


 エリー自身が何をすれば、その最初の変化を起こせるのかが分からなかった。


「風を……」


 手を伸ばす。


 何も起こらない。


 風は吹かず、目の前の草も揺れなかった。


「……だめ」


「そう簡単にはいかないか」


「うん」


 少し残念そうにエリーが手を下ろす。


 そこで、違和感に気づいた。


「……あれ?」


「どうした?」


「増えてる」


「何が?」


「精霊」


 エリーの周囲には、先ほどまでより明らかに多くの光点が集まっていた。


 風は一切起きていない。草一本揺れていない。


 それなのに、精霊だけが集まっている。


「リシア」


「はい」


「これ、どういうこと?」


 リシアはすぐには答えなかった。


「リシア?」


「……分かりません」


「分からないの?」


「はい」


 エリーは自分の周囲を見回した。


 集まってきた精霊たちは、何かをするわけでもない。ただ彼女の周囲を漂っている。


「風を出してって言ったんだけど」


「そのようですね」


「風は?」


「出ておりません」


「精霊は?」


「増えております」


「なんで?」


「存じません」


 エリーは腕を組んだ。


 精霊の姿が見えないシンジも、二人の会話から状況は理解できたらしい。


「つまり、魔法は失敗した」


「うん」


「でも精霊だけ集まってきた」


「うん」


「……人気者だな」


「そういう話じゃない」


 エリーはもう一度、周囲の精霊へ意識を向けた。


 命令しても動かない。頭の中で念じても動かない。自分が動けばついてくる。そして何かをお願いしようとすると、目的の現象は起こらないのに集まってくる。


 少なくとも、単純に命令を受けて動いているわけではなさそうだった。


「……分かんない」


「昨日からそればっかだな」


「だって分かんないんだもん」


 エリーは少し考えてから、目の前を漂っている一体へ指を伸ばした。すると精霊は、今までと同じようにその指先へ近づいてくる。


「でも、昨日よりは分かったよ」


「何が?」


「少なくとも、私の命令を聞いてるわけじゃない。それに、風を出す方法もまだ分からない」


「うん」


「でも、私が何かすると反応はする」


 指を動かす。


 精霊がついてくる。


 それだけなら、まだ遊んでいるだけにも見える。


 けれど、風を起こそうとした時には精霊の数そのものが増えた。エリーの行動と精霊の反応の間に、何らかの関係があることだけは確かだった。


「だから、明日は違うこと試す」


「まだやるのか」


「やるよ」


 エリーは当然のように答えた。


 分からないことは多い。


 なぜ自分の周囲に集まるのかも分からない。何を考えているのかも分からない。そもそも本当に人間やエルフと同じ意味で「考えている」のかさえ分からない。


 だが、昨日までは「自分についてくる」という一つの反応しか知らなかった。


 今日は違う。


 命令には反応しないこと。念じただけでも動かないこと。自分が身体を動かせば追ってくること。そして、何かを求めようとした時には集まってくること。


 分からないままでも、違いは見つけられる。


 違いが見つかれば、次に何を確かめればいいのか考えられる。


「明日は、この子たちに違いがあるか見てみよう」


「違い?」


「全部同じなのか、それとも別々なのか」


 シンジはエリーの周囲を見回した。


 もちろん彼には何も見えていない。


「俺、明日もこれに付き合うの?」


「比較対象は必要だから」


「俺、比較対象だったの?」


「うん」


「人として数えられてなかった」


「人だから比較対象なんでしょ」


「そういう意味じゃねえよ」


 リシアが小さく笑った。


 エリーはそんな二人を気にすることなく、自分の周囲を漂う精霊たちを眺めていた。


 今日、風を起こすことには失敗した。


 けれど、失敗したからこそ分かったことがある。思い通りにならなかったという事実もまた、昨日までは持っていなかった新しい情報だった。


 明日は、この中に違いがあるのか調べる。


 それでまた分からないことが増えたとしても、その時は次に調べればいい。


 エリーはすでに、魔法が使えなかったことよりも、明日は何を試そうかということの方を考えていた。


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