第29話
王都へ無事に帰還した私は、事の顛末を商会に報告すると同時に、直ちに行動を開始した。
星屑貝の防水油による完璧な航路誘導と、竜血胡椒の恐るべき制圧力は、期せずして海賊討伐という絶好の舞台で実証された形となる。
私はアラバナの商人へ特急の便を飛ばし、これら二つの特産品の追加発注を大量に掛けた。海軍の公式な作戦で絶大な効果を上げたという実績は、これ以上ない完璧な宣伝材料となり、ビジネスをさらに飛躍させるはずだ。
◇ ◇ ◇
一方、過酷な内陸の戦線で指揮を執るグウィンの元には、提督から直々に信じがたい公式報告が届けられていた。
『ゲイルズ海賊団、激しい腹痛により全滅状態。奥方は島中の財宝を慰謝料として接収し、海軍の厳重な護衛付きで無事王都へ帰還』
その奇妙極まりない報告書を読み上げた補佐官のベイルは、呆れ半分、恐怖半分といった顔で大袈裟に肩をすくめてみせた。
「閣下……奥様は一体、海賊たちに何を食べさせたんですか?腹痛で全滅って、我が軍の毒物部隊よりよっぽど凶悪で効率的じゃないですか。泣く子も黙る海賊団も、奥様にかかればただの慰謝料の貯金箱だったみたいですね」
将校たちが揃って冷や汗を流しながら首を傾げる中、遅れて王都から一つの小包が戦地へと届けられた。
それは私からの手紙と、約束通りに持ち帰った極上の手土産、星屑貝の防水油と竜血胡椒だった。
グウィンが封を切った手紙には、優雅で美しい筆致でこう記されていた。
『愛しい貴方へ。約束の実用的なお土産をお送りしますわ。防水油は今後大規模に売り込む際、陸戦での耐久データも必要になりますから、ベイル様をはじめ部下たちにも使っていただいて、後日詳細なレポートを提出すること。竜血胡椒は、おそらく隣で冷やかしてるベイル様に食べさせて、その圧倒的な制圧力を実証してちょうだい。ああ、もちろん無茶な戦い方をして怪我など負い、貴方自身の商品価値を少しでも下げたら絶対に承知しませんからね』
「ったく、しゃーねーな」
手紙を読み終えたグウィンは、堪えきれないというように肩を震わせて低く笑い声を上げた。
「ベイル、これはお前へのプレゼントだぞ」
「……まだ死にたくないので遠慮させていただきます」
◇ ◇ ◇
それから数日後、降り続く豪雨によって最悪の泥濘と化した戦場。
重装備の敵軍が泥に足を取られ、機動力を完全に失って次々と身動きが取れなくなる中、グウィン率いる部隊だけは信じられないほどの速度で敵陣を蹂躙していた。
妻から送られた星屑貝の防水油を軍靴や装甲に塗り込んだ彼らは、冷たい泥水や湿気による足元の冷えと疲労から完全に解放されていたのだ。
悪路をものともしない圧倒的な機動力による奇襲は、敵の防衛線を紙切れのように引き裂き、自軍にほとんど犠牲を出さないまま敵陣を完全に陥落させるという歴史的な大勝をもたらした。
ぬかるんだ泥と血にまみれた戦場にあって、グウィン部隊の兵士たちの足元の軍靴だけが、青白い美しい光沢を放って泥水を完璧に弾き返していた。
「ったく……次はどんな無茶な要求を持ってくるのやら」
呆れたような、しかし隠しきれない深い愛情と誇りに満ちた笑い声を響かせ、グウィンは手にした大剣を天高く掲げた。
防水油で美しく輝くブーツを鳴らし、威風堂々たる姿を見せる軍神を中心に、完全勝利を祝う兵士たちの地鳴りのような雄叫びが、いつまでも戦場の空に響き渡っていた。











