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「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第28話

夜の闇を引き裂くような巨大な轟音が、連続して海賊島を激しく揺るがした。


私が波間に残した星屑貝の防水油の青白い発光を辿り、複雑怪奇な暗礁の迷路を無傷で抜けきったバルトロメオ提督率いる海軍大艦隊。


彼らはゲイルズ海賊団の拠点を完全に包囲し、最も効果的な射撃位置に陣取ると、一斉に無慈悲な砲撃を開始したのだ。


岩壁が砕け散り、海賊船のマストがへし折られる爆音が響き渡る中、宴会場の海賊たちは絶望的なパニックに陥っていた。


「敵襲だ!海軍の艦隊が来やがったぞ!武器を取れ!」


見張りの一人が血相を変えて飛び込んできたが、誰一人としてその声に応える余裕などない。


「む、無理だ……腹が……腸がちぎれる……っ!」


「うおおお!漏れる!便所はどこだあああ!」


竜血胡椒をたっぷりと仕込んだ特製煮込みを貪り食った海賊たちは、剣を握るどころか、まともに立ち上がることすらできない状態だった。


口から火を噴くような激痛と、内臓を直接かき回されるような強烈な腹痛。さらには下腹部を襲う致命的な便意の連鎖により、屈強な海の男たちは涙と鼻水を撒き散らしながら床をのたうち回っている。


大砲の弾が着弾する恐怖よりも、己の尊厳が崩壊する恐怖と激痛に完全に支配された海賊団は、反撃の指示を出すべき船長ゲイルズも含め、もはや一歩も歩けない完全な戦闘不能状態に陥っていた。


私はその無様な地獄絵図を冷ややかに見下ろし、提督たちが上陸してくるのを静かに待ちわびていた。



◇ ◇ ◇



砲撃がやみ、硝煙が立ち込める中、バルトロメオ提督率いる海兵の精鋭部隊が海賊島の拠点へと突入を開始した。


血に飢えた凶悪なゲイルズ海賊団との苛烈な白兵戦を覚悟し、彼らは盾を構えて油断なく剣を抜いていた。


しかし、強固な洞窟の扉を蹴破り、宴会場へと踏み込んだ海兵たちが目にしたのは、予想を遥かに裏切る異様な光景だった。


「た、助けてくれ……もう出ない……」


「腹が……火事だ……便所……便所を空けろおおお!」


そこに血で血を洗う死闘の気配など微塵もない。


武器は床に無造作に放り出され、悪名高き荒くれ者たちが大の大人の尊厳を完全に失い、涙と鼻水を撒き散らしながらトイレに向かって這いつくばっていたのだ。


屈強な海兵たちでさえ、そのあまりにも悲惨で凄惨な地獄絵図に絶句し、剣を構えたまま完全に硬直してしまった。


一切の抵抗を受けることなく、もはや自ら捕縛されることを望むかのようにうずくまる海賊たちを縄で縛り上げていく部下たちを眺めながら、バルトロメオ提督は額に滲んだ冷や汗を拭った。


海軍の精鋭をしても手を焼いた凶悪犯たちをこの絶望的な状況に陥れた原因が、囚われの身であるはずのただ一人の女性の仕業であることは想像に難くない。


「……あの夫婦を敵に回すことだけは、死んでも御免被りたいな」


悪臭と悲鳴が充満する狂気の宴会場で、提督は心の底からの戦慄とともに小さく呟いた。



◇ ◇ ◇



硝煙がたなびき、海賊たちのうめき声だけが虚しく響く宴会場の奥から、私はゆっくりと姿を現した。


不潔な船底に押し込まれ、油まみれの厨房に立たされていたというのに、上質な絹のドレスには汚れ一つ、シワ一つ見当たらない。


呆然と立ち尽くすバルトロメオ提督と屈強な海兵たちの前へ進み出ると、私は優雅にドレスの裾をつまんで一礼した。


「あら提督、お迎えが少し遅くてよ。退屈しのぎに厨房をお借りして、海賊の皆様には私の手料理を十分に味わっていただきましたわ」


氷のように冷ややかな微笑みを浮かべる私を見て、バルトロメオ提督は引きつった笑いを返すのが精一杯のようだった。


「ご無事で何よりです、マイヤー会頭……。し、しかし、まさかあのゲイルズ海賊団をたった一人で、しかも料理だけで壊滅させるとは……」


「ええ。ですが、善良な商人を理不尽に拉致し、商会の貴重な時間を奪い、さらにはドレスに不快な匂いを染み込ませた罪は重いですわ。当然、相応の慰謝料を請求させていただきます」


私は提督の言葉を遮り、冷徹な商人の顔で周囲を鋭く見渡した。島に到着してから海賊たちの動向は抜け目なく観察していたので、彼らの財宝の在り処は概ね検討がついている。


そして、宴会場の奥に続く不自然な岩肌の隠し扉の存在を的確に見抜くと、海兵たちに指示を出して次々とこじ開けさせる。


そこには、ゲイルズ海賊団が長年にわたって略奪し、溜め込んできた金銀財宝や各国の珍しい特産品が山のように積まれていた。


「私への甚大な精神的苦痛、並びに商会の逸失利益に対する正当な慰謝料として、この島にあるすべての財宝はマイヤー商会にて没収させていただきますわ。提督、海軍の船へ積み込む手配をお願いできますこと?」


呆気にとられる海兵たちをよそに、私はさらに極上の条件を提督たちへと提示した。


「もちろん、これらの財宝をすべて無事に王都へ運び込んでくだされば、今回の護衛任務における海軍の重篤な失態については、特別に不問にして差し上げますわ。あの不器用で怒りっぽい夫の耳にも、私の口からは一切入れないでおいてあげます」


その言葉を聞いた瞬間、背後に控えていたデミウス副官が崩れ落ちそうになるほど深い安堵の息を吐き出した。


「あ、ありがとうございます!我が命に代えても、金貨の一枚すら海には落としません!総員、死ぬ気で会頭の財宝を運び出せ!」


涙目になりながら絶叫する副官の横で、バルトロメオ提督もまた額の冷や汗を拭いながら深く頷いた。


「今回の失態は完全にこちらの落ち度……。おまけに厄介な海賊共も一網打尽にできたのですから、海軍としては一生頭が上がりませんな。喜んで、極上の運び屋を務めさせていただきますよ」


有無を言わさぬ私の宣告と見事な取引の前に、もはや海賊の討伐に来たのか、恐るべき商人の取り立ての手伝いに来たのかわからなくなった提督は、苦笑いを浮かべながら部下たちに莫大な戦利品の運び出しを命じるしかなかった。

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