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「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第27話

檻から出された私は、粗末で油にまみれた厨房へと連行された。


見張りの海賊たちが下卑た笑い声を上げながら酒を煽る中、私は震える手を必死に抑え込むふりをしながら、調理台に山積みになっていた食材の確認を始めた。


そこには、私たちの商船から略奪したばかりの新鮮な肉や、アラバナの市場で仕入れた上質な根菜類が無造作に転がっている。


自分の商会の商品を勝手に使われるのはひどく腹立たしいが、今は最高の仕込みのための必要経費と割り切るしかない。


私は海賊たちに背を向け、手早く食材を切り分けて大きな鉄鍋へと放り込んでいった。


作るのは、マイヤー屋敷でもよく腕を振るう、私の得意料理である肉とたっぷりの芋を使った温かな煮込み料理だ。


海賊たちが普段口にしているような、ただ塩で煮ただけの粗末なものではない。商会の会頭が自ら厳選した極上の肉の旨味と、ホクホクとした芋の甘み、そこに数種類の香辛料を絶妙な配分で効かせた、計算し尽くされた一品である。


やがて、グツグツと音を立てる大鍋から、芳醇で暴力的なほどに食欲をそそる匂いが立ち昇り始めた。


換気もろくにされていない洞窟の厨房から、その匂いはあっという間に大宴会場へと流れ出していく。


「おい、なんだこのたまらねえ匂いは……!」


「あの嬢ちゃん、とんでもねえ腕してやがるぞ!早く食わせろ!」


いつもどおりの干し肉と安酒で盛り上がっていた海賊たちは、胃袋を直接掴んで揺さぶるようなその極上の匂いに完全に理性を吹き飛ばされ、飢えた獣のように大鍋の完成を待ちわびて歓声を上げ始めた。



◇ ◇ ◇



宴会場の熱気は最高潮に達し、厨房の入り口に立っていた見張りの海賊たちも、樽酒を呷りながら下品な冗談を飛ばし合ってすっかり意識を緩ませていた。


極上の匂いに完全に胃袋を掴まれた彼らの注意が、ただの非力な令嬢と思い込んでいる私から完全に逸れたその一瞬。


私は怯えた令嬢の仮面を脱ぎ捨て、冷酷な商人の顔へと戻った。


誰の目にも留まらぬ素早い動作で、ドレスのコルセットの奥深くに忍ばせていた小瓶を取り出す。


アラバナの市場で仕入れた、耳かき一杯で大の男が七転八倒するという南方の超激辛スパイス、竜血胡椒だ。


煮込まれた肉の強烈な旨味と、たっぷり溶け込んだ芋の甘み。これほど濃厚な味付けの鍋ならば、この劇薬の異常な辛味すらも絶妙に隠蔽し、胃袋の底に到達するまで気づかせない完璧な時限爆弾となる。


「……これが、私を攫ったことによる投資への対価ですわ。たっぷりと味わってちょうだい」


私は鍋から立ち昇る湯気の中で不敵に微笑むと、小瓶の蓋を開け、一切の躊躇なく大鍋の中へ激辛スパイスを一滴残らず全量投入した。


赤黒い粉末が濃厚なスープに吸い込まれ、ゆっくりとお玉でかき混ぜる。


見た目も匂いも極上のままだが、その実態は海賊団を内側から完全に破壊する、地獄の煮込み料理へと見事な変貌を遂げたのだ。



完成した特製煮込みが大皿に盛られ、宴会場へと運び込まれると、海賊たちは我先にと群がり、木のスプーンや手づかみで肉と芋を貪り食い始めた。


「うおお、なんだこの美味さは!肉がとろけるぞ!」


「芋の甘みがたまらねえ!酒がいくらでも進む!」


彼らの鈍感な舌は、最初の一口に広がる濃厚な旨味と芋の強烈な甘みに完全に騙されていた。


竜血胡椒の真の恐ろしさは、口の中ではなく、胃の腑に到達してから一気に爆発する遅効性の猛烈な刺激にある。


私が厨房の隅から冷ややかな視線を送る中、異変は宴会場のあちこちで同時に起こり始めた。


「……あ、あれ?なんだか、腹の底が熱い……」


「おい、俺もだ。熱いっていうか、焼けるように痛い……ぐああっ!?」


歓声に満ちていた宴会場の空気が、突突として阿鼻叫喚の地獄絵図へと一変した。


一人、また一人と海賊たちが突然腹を押さえて床にうずくまり、全身から滝のような汗を噴き出しながら絶叫を上げ始める。


屈強な肉体を誇る船長ゲイルズでさえも、内臓を直接焼かれるような激痛に白目を剥き、口から泡を吹いて無様にのたうち回っていた。


もはや誰も剣を握るどころか、立ち上がることすらできない。島全体が、耳を塞ぎたくなるような荒くれ者たちの悶絶の声に包み込まれていく。


「お口に合って何よりですわ」


私は床を転げ回る海賊たちを見下ろし、優雅に微笑んだ。


その時だった。


──ドゴォォォン!!!


海賊たちの悲鳴を完全に丸呑みするような、島全体を激しく揺るがす巨大な轟音が夜の海から響き渡った。


それは、私が残した光の道標を辿り、音もなく死の迷路を抜けきったバルトロメオ提督率いる海軍大艦隊の巨大な咆哮。


絶対の安全圏だと信じ込んでいた要塞の喉元に突きつけられた、無慈悲な一斉射撃の幕開けだった。

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