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「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第24話

船底への細工を終え、空になった小樽を再び略奪品の山の中に隠した直後だった。


ガチャリと重い金属音が響き、不潔な倉庫の扉が乱暴に開け放たれた。


松明の薄暗い灯りとともに現れたのは、巨大な曲刀を腰に下げた筋骨隆々の男、ゲイルズ海賊団の船長ゲイルズだった。


私は即座に冷徹な商人の顔を消し去り、怯えきった非力な令嬢の仮面を被る。


「ひっ……!」


わざとらしく短く悲鳴を上げ、倉庫の隅へと後ずさって身をすくませる。


そして、恐怖から身を守るようにドレスの胸元を両手で強く掻き抱くふりをしながら、袖口に隠し持っていた超激辛スパイス、竜血胡椒の小さな薬瓶を、ドレスのコルセットの奥深くに滑り込ませた。


ゲイルズは私の怯えた様子に満足げな鼻息を鳴らし、品定めをするようなねっとりとした視線で頭の先からつま先までを嘗め回す。


「上等な絹のドレスに、陽に焼けていない白い肌。ただの商船の乗客にしちゃあ、随分と上等な身なりじゃねえか。王都の貴族の令嬢か、それとも大商会の会頭の嫁か?」


ゲイルズの下品な問いかけに、私はただガタガタと震え、恐怖で声も出せないという風を装って深く俯いた。


「まあいい。どちらにせよ、こいつは山のような金貨に化ける最高級の人質だ。傷一つ付けるなよ」


ゲイルズは背後に立つ手下たちにそう命じると、歪んだ笑みを浮かべて扉へと向かった。


「帆を全開にしろ!一気に俺たちのねぐら、暗礁の島へ帰還するぞ!王都の連中から、莫大な身代金をたっぷり絞り取ってやる!」


荒くれ者たちの歓声とともに扉が閉ざされ、再び船底は完全な暗闇に包まれた。


波を切って猛スピードで進み始めた海賊船の揺れを感じながら、私は暗闇の中で静かに、そして不敵に口角を吊り上げた。


莫大な身代金を請求するつもりが、逆に骨の髄までむしり取られることになるとも知らずに、本当にご苦労なことだ。


さあ、私を貴方たちの全財産が眠る宝物庫まで、誰にも邪魔されない特等席で案内してちょうだい。



◇ ◇ ◇



猛烈な嵐が過ぎ去り、海が嘘のような静けさを取り戻した頃。


デミウス副官の率いる護衛艦が、ようやく孤立していた商船を発見し、急いで接舷した。


しかし、甲板に飛び移ったデミウスが目にしたのは、無残に荒らされた船内と、血を流して縛り上げられた船員たちの絶望的な姿だった。


「奥様は……マイヤー会頭はどこだ!」


デミウスの悲痛な叫びに、拘束を解かれた船長が力なく首を振る。


ゲイルズ海賊団の強襲、積荷の略奪、そしてサラが最高級の人質として海賊船に連れ去られてしまったという最悪の報告を聞き、デミウスは一瞬だけ血の気を失いかけた。


もはや海賊船の黒い帆は、水平線の彼方に消え去り欠片ほども見えない。


海軍の兵士たちや船員たちが最悪の事態に絶望し、頭を抱え込む中、デミウスはすぐさま己を奮い立たせた。


彼は冷静に空を仰ぐと、波音を切り裂くような鋭い指笛を鳴らした。


上空から一羽の猛禽が舞い降り、彼の腕にピタリと止まる。デミウスは鷹を使役し、索敵や伝令を行うプロフェッショナルなのだ。


デミウスは即座に事の顛末を紙片に書き殴ると、空を旋回していた軍用の大鷹を腕に呼び寄せ、その足の小さな筒に報告書を括り付けた。


「王都のバルトロメオ提督へ。大至急だ」


鋭い鳴き声とともに、大鷹は王都で待つバルトロメオ提督の元へと、風を切って一直線に飛び立っていく。


鷹が再び空高く飛び去るのを見送り、彼は海賊たちへの静かな怒りとともに固く拳を握りしめる。


一縷の望みを託し、焦燥とともに海軍の船団が取り残された。




すっかり日の落ちた暗い海の上。海軍の船団がいた場所からは離れた海域の波間。


そこには誰の目にも留まることなく、淡く青白い一条の光の道がどこまでも真っ直ぐに伸びていた。


それは、絶体絶命の危機においてすら己の利益を諦めなかった商人の妻が、遥か遠く、過酷な内陸の戦線にいる夫への絶対的な信頼とともに命懸けで残した、完璧な反撃の道標だった。

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