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「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第19話

砦の広場に集結した守備隊の顔に、もはや死を待つだけの絶望は微塵もなかった。


サラから届いた保温水筒のスープで体の内側から熱を取り戻し、特殊素材の毛布で凍えを完全に克服した彼らの瞳には、猛然とした闘志の炎が宿っている。


その先頭に立つグウィンは、吹き荒れる猛吹雪を睨み据えながら奇襲作戦の全貌を語り始めた。


「敵はこの猛吹雪を盾にして、我々が砦の中で凍死するのを待っている。だがそれは同時に、敵自身の視界と聴覚をも完全に奪っている状態だ」


グウィンのよく通る声が、風の音を切り裂いて兵士たちの耳に届く。


「妻が送ってくれたこの発熱毛布を雪中迷彩として羽織れ。この白い地獄は今や、俺たちにとって最高の隠れ蓑になる」


クラウスたち守備隊は、王都の紋章が入った真新しい毛布をしっかりと身に纏い、武器を強く握り直した。


「王都にいる俺の妻が、計算し尽くして整えてくれたこの絶対的な優位だ。彼女の莫大な投資を、絶対に無駄にするな」


グウィンが力強く発破をかけると、兵士たちの士気はついに最高潮に達した。


死の淵から蘇った雪山の部隊が、一人の商人の執念によって最強の軍団へと変貌を遂げた瞬間だった。



 ◇ ◇ ◇



猛吹雪が吹き荒れる中、グウィンを先頭にした守備隊は砦の城門から音もなく出撃した。


彼らが纏う真新しい毛布は雪景色に完全に同化し、部隊は夜の白魔のごとく敵陣へと迫っていく。


一方、砦の周囲に包囲網を敷いていた敵軍は、あまりの寒さに塹壕や粗末な天幕の中で身を寄せ合い、震えながら縮こまっていた。


砦の兵糧攻めを目論んでいた彼ら自身もまた、この異常な大雪によって体温と気力を奪われ、見張りすらまともに機能していない状態だった。


死を待つだけの獲物がこの極寒の夜に自ら打って出るなどとは、誰も微塵も考えていなかったのだ。


そこへ、異常なほどの体温と活力を保ったグウィンの部隊が、音無き雪崩のごとく突っ込んだ。


奇襲に気づいた敵兵の悲鳴は、吹き荒れる風の音にあっけなくかき消された。


先陣を切るグウィンは文字通り死なずの軍神としての圧倒的な武を振るい、凍える敵兵たちを大剣で次々と無力化していく。


体の内側から満ち溢れる熱と、王都の妻への絶対的な信頼が、彼の動きから一切の迷いを消し去っていた。


クラウスたち守備隊も英雄の背中に続き、死の淵から蘇った無尽蔵のスタミナで敵陣を次々と蹂躙していく。


強固に築かれていたはずの敵の包囲網は、熱と闘志を完全に取り戻した部隊の前に、まるで濡れた紙切れのように容易く引き裂かれていった。



 ◇ ◇ ◇



混乱の極みにある敵陣の奥深くで、敵の指揮官が必死に声を張り上げ部隊を立て直そうとしていた。


暗闇と吹雪の中から現れた白魔のような部隊の先頭に、規格外の強さを持つ一人の男がいることに敵将は気づく。


「あれが敵の要だ、多勢で一気に押し潰せ」と指示が飛び、無数の槍と盾がグウィンを取り囲むように分厚い陣形を組んだ。


常人であれば足がすくむような圧倒的な数の暴力が、猛吹雪の中でグウィンの行く手を阻む。


しかし、王都で自分を信じて待つ妻の莫大な投資と想いを背負ったグウィンを、この程度の包囲で止めることなど誰にもできなかった。


グウィンは歩みを止めるどころか、敵の密集陣形の中へ単機で真っ向から突入していった。


彼が身の丈ほどもある大剣を一度振るうごとに、重装備の敵兵が宙を舞い、強固なはずの陣形が氷細工のように粉砕されていく。


その人間離れした死なずの軍神の戦いぶりに、敵兵たちの目に明らかな絶望と恐怖が浮かび上がった。


「閣下に続け、この雪山から敵を一人残らず叩き出せ」


クラウスの咆哮とともに、妻の支援で無尽蔵のスタミナを得た守備隊がグウィンの切り開いた道へ猛然と雪崩れ込む。


武力と気力の圧倒的な差を前に、敵軍の指揮系統はもはや修復不可能なまでに完全に崩壊した。



敵軍はもはや完全に戦意を喪失し、雪山へと散り散りになって敗走していった。


強固を誇った砦の包囲網は、一夜にして跡形もなく消滅したのだ。


さらにグウィンの猛烈な突破によって敵の主要な陣地が陥落したことで、雪崩によって塞がれていた渓谷の道とは全く別の、新しい補給路が完全にこじ開けられた。


奇跡的な完全勝利に、雪山砦の兵士たちは武器を掲げて歓喜の雄叫びを上げる。


その熱狂の中心で、グウィンは手にした大剣の血を無造作に払い落とし、ゆっくりと鞘に収めた。


猛威を振るっていた吹雪が嘘のように穏やかになり、分厚い雲の切れ間から朝日が差し込み始めている。


彼は王都がある南の空を静かに見つめ、不器用で、しかし最高に誇らしげな笑みを浮かべた。



 ◇ ◇ ◇



時を同じくして、遠く離れた王都の執務室。


徹夜明けの私は、窓から白み始めた北の空を見上げていた。


胸の中にあるのは、不安ではなく確実な手応えだ。


私の投資先があの程度の雪や敵に潰されるはずがない。


私は窓枠に寄りかかり、かつてないほどの大型商談が成立したことを確信する、不敵で優しい微笑みを浮かべた。

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