第18話
猛吹雪の空から、無数の不思議な丸い影が次々と砦へ向かって降下してくる。
それはやがて、灰色の雲を突き抜け、砦の広場へと無音で降り注ぎ始めた。
「なんだあれは!敵の新兵器か!」
クラウスたち守備隊は残された最後の力を振り絞り、震える手で剣や弓を構え、得体の知れない落下物を警戒した。
しかし、雪の上にドサリと落ちた気球の包みから転がり出てきたのは、爆弾でも毒でもなく、王都の紋章が入った見慣れない金属の筒や布の束だった。
「……武器を下ろせ。俺の妻からの支援物資だ」
グウィンが静かに、しかし確信に満ちた声で告げた。
彼は一切の躊躇なく包みの一つに歩み寄ると、金属の筒を手に取り、その蓋を開けた。
兵士たちが呆然と見守る中、極寒の空気に触れた筒の中からは、凍りついているはずの液体から温かな湯気が立ち上った。
「こ、これは……凍っていない温かいスープですか!?」
クラウスが信じられないというように声を上げる。
特殊な二重構造で作られた保温水筒は、外気がどれほど冷たかろうと、サラが王都で詰めたスープの熱をしっかりと守り抜いていたのだ。
「毛布もあるぞ!少し擦っただけで、信じられないくらいに熱くなる!」
別の包みを開けた兵士が、新素材の毛布を被って歓喜の叫びを上げた。
摩擦で発熱する特殊な毛布は、死の淵をさまよっていた兵士たちの凍える体を急速に温め、失われていた生命力を次々と呼び覚ましていく。
それはまさに、絶望の白い地獄に舞い降りた奇跡だった。
◇ ◇ ◇
奇跡の補給に歓喜の声を上げる兵士たちの輪から少し離れ、グウィンは一つだけ一際目立つ青と緑のボタニカル柄の包みを雪の中から拾い上げた。
派手なその柄は、かつて高原で彼の命を救ったあのマントと同じものだ。
中に入っていたのは、グウィン専用に調合された極上のスパイスが強烈に香る保存食と、上質な便箋に記された一通の手紙だった。
手紙には愛の言葉など一行もなく、偏西風を利用した空挺補給の緻密な計算式と、マイヤー商会が夫の救出に投資した莫大な資金の回収計画が、流麗な文字でびっしりと書き連ねられている。
どれほどの無茶をして、どれほどの寝食を削ってこの計算を弾き出したのか、グウィンにはその筆跡から痛いほどに伝わってきた。
そして手紙の結びには、彼が愛してやまない妻らしい、強気な一文が添えられていた。
「ここで死んだら、残りの人生分の莫大な違約金を天国まで取り立てに行きますわ」
手紙を読み終えたグウィンの口元に、呆れたような、けれどこれまでにないほど力強く深い笑みが浮かんだ。
「……ったく、しゃーねーな」
静かに呟かれたそのいつもの言葉には、極寒の地獄を生き抜くための絶対的な活力が満ち溢れていた。
その様子を少し離れた場所から見ていたクラウスは、言葉を失い心底からの驚愕に打ち震えていた。
絶対に不可能と思われた猛吹雪の雪山への補給を、風を読み計算し尽くして空からやってのけた、王都にいる商人の妻の恐るべき執念。
そして、その支援を受けて死の淵から完全に蘇り、再び軍神としての圧倒的な覇気を放ち始めた目の前の男の姿。
王都の人間など雪の恐ろしさを知らないお飾りだと見下し、密かに警戒していた自分の浅はかさが、クラウスは途端にひどく恥ずかしくなった。
過酷な大自然の絶望すらもねじ伏せる、この夫婦の並外れた絆と底知れない力。
クラウスは雪を強く踏み締めてグウィンの前へと歩み出ると、これまでの疑念を全て捨て去り、真の敬意を込めて深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
妻からの支援によって物理的にも精神的にも限界を突破したグウィンは、温かいスープと毛布で生気を取り戻した兵士たちの前に立った。
彼は歴戦の軍神としての鋭い眼光を完全に取り戻し、雪風を切り裂くようなよく通る声で言い放つ。
「敵は我々がこの砦で凍え死ぬのを待っているようだが、俺の妻が最高の物資を届けてくれたおかげで、あいにくと死ぬ予定はなくなった」
その言葉に、砦の士気は爆発的に高まった。
数時間前まで静かに死を待つだけだった兵士たちの目に、今は猛然とした闘志の炎が次々と宿っている。
グウィンは腰の剣を勢いよく抜き放ち、猛吹雪の吹き荒れる灰色の空へと高く掲げた。
「この猛吹雪を逆手にとり、敵の包囲網を内側から食い破る。これより、前代未聞の奇襲作戦を開始する!」
英雄の力強い号令と兵士たちの雄叫びが、白い地獄の絶望を完全に打ち砕き、反撃の狼煙となって雪山に轟き渡った。











