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『五回目の朝、まだ死ねない』  作者: 柑橘みかん


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第六話『同じ言葉』

# 第六話『同じ言葉』


 黒が消えたあとも、みことはしばらくその場から動けなかった。


 林の奥。


 風に揺れる木々。


 何もいない。


 だが確かにそこにいた。


 そして何より。


 あの言葉が頭から離れない。


 ――今回は、お前がいるのか。


 まるでゆいを知っているような口ぶりだった。


 いや。


 知っているのだろう。


 神代の反応を見れば分かる。


 あの男は何かを知っている。


 そして隠している。


「行くぞ」


 神代が歩き出す。


 三回目の男も不満そうに続く。


 みことはその背中を見つめる。


 聞きたいことは山ほどあった。


 だが聞いても答えない。


 それも分かっている。


 だから今は歩くしかなかった。


 隣ではゆいが黙っている。


 いつもより静かだった。


「どうしたの」


 みことが聞く。


 ゆいは少し迷ってから答えた。


「変な気持ちで」


「黒のこと?」


「それもあるんですけど」


 言葉を探すように視線を泳がせる。


「なんか……あの人の言葉」


「うん」


「聞いたことある気がするんです」


 みことの足が止まりそうになる。


 だが何とか表情を保つ。


「聞いたこと?」


「変ですよね」


 ゆいは苦笑した。


「初めて会ったはずなのに」


 胸がざわつく。


 神代が振り返る。


 今の話が聞こえていたらしい。


「どんな感じだ」


 珍しく神代から質問した。


 ゆいは驚いた顔をする。


「え?」


「思い出したことを話せ」


 少し強い口調だった。


 ゆいは戸惑いながらも目を閉じる。


「……分からないです」


「何でもいい」


「夢みたいな感じで」


 ゆいは眉を寄せる。


「誰かが泣いてるんです」


 神代の表情が止まる。


 みことも息を飲む。


「誰が」


「分からない」


 ゆいは首を振る。


「でも悲しくて」


 少しだけ笑う。


「変ですよね」


 みことは返事ができなかった。


 なぜなら。


 自分も見たからだ。


 炎の中。


 泣いているゆいを。


 そして。


 助けようとしていた自分を。


 それは偶然ではない気がした。


 林を抜ける。


 小屋が見えてくる。


 古びた木造の建物。


 毎回同じ。


 なのに毎回違って見える。


 今日は妙に静かだった。


 神代が足を止める。


「今日は中を調べる」


 三回目の男が呆れたように笑う。


「今までと何が違うんだよ」


「違うからだ」


 それだけだった。


 みことはゆいと顔を見合わせる。


 結局みんな小屋へ入る。


 扉が軋む。


 埃の匂い。


 古い木材の匂い。


 そして。


 微かな焦げ臭さ。


 みことは胸の奥がざわつくのを感じた。


 だが前回ほどではない。


 少し慣れてしまった自分がいる。


 それが怖かった。


 部屋の中を見回す。


 棚。


 机。


 壊れた椅子。


 そして壁。


 前と同じ。


 そう思った。


「……あれ」


 ゆいが呟く。


 視線を追う。


 壁に文字があった。


 薄い。


 爪か何かで削ったような文字。


 みことは近づく。


 読みにくい。


 だが読める。


 そこにはこう書かれていた。


 ――忘れるな


 その四文字だけ。


 みことは息を止める。


 三回目の男も顔をしかめた。


「誰が書いた」


「知らん」


「前からあったか?」


「なかったはずだ」


 神代だけが黙っている。


 その様子がおかしかった。


 まるで。


 その文字を知っているように。


「神代」


 みことが呼ぶ。


 神代は答えない。


 文字を見つめたまま。


 そして小さく呟いた。


「まだ残ってたのか」


 全員が固まる。


 みことの鼓動が速くなる。


「知ってるの?」


 神代はしばらく黙る。


 そして。


「俺が書いた」


 空気が止まる。


 三回目の男が笑う。


 だが乾いた笑いだった。


「冗談だろ」


「冗談じゃない」


 神代は壁を見る。


 その目はどこか遠かった。


「かなり前だ」


「かなり前っていつ」


「覚えてない」


 またその言葉。


 覚えていない。


 だが。


 今回ばかりは本当にそうなのだろう。


 みことは壁を見る。


 忘れるな。


 誰に向けて書いたのか。


 自分にか。


 それとも。


 未来の誰かにか。


「何を忘れるなって?」


 ゆいが聞く。


 神代は静かに答える。


「たぶん」


 一度言葉を切る。


「自分だ」


 その瞬間。


 小屋の奥で何かが音を立てた。


 全員が振り向く。


 誰もいない。


 なのに。


 何かが動いた。


 みことの視線が自然と奥へ向く。


 棚の陰。


 そこに。


 鏡があった。


 前回より大きい。


 いや。


 最初からあったのかもしれない。


 ただ気づかなかっただけで。


 心臓が跳ねる。


 見てはいけない。


 そう思う。


 なのに。


 目が離せない。


 鏡の中には自分が映っている。


 普通の顔。


 疲れた顔。


 怯えた顔。


 そこまでは同じ。


 だが。


 鏡の中のみことが。


 先に笑った。


 ほんの少しだけ。


 口角を上げる。


 現実のみことは笑っていない。


 なのに。


 鏡の中だけが。


 笑っている。


 全身から血の気が引く。


「みこと!」


 神代の声。


 我に返る。


 鏡から目を逸らす。


 呼吸が荒い。


 手が震えている。


 神代が駆け寄る。


「何を見た」


 みことは声が出ない。


 だが。


 答えなくても伝わったらしい。


 神代の顔色が変わる。


 初めてだった。


 この男が焦った顔をするのは。


「……早すぎる」


 小さく呟く。


「神代」


 みことは震える声で聞いた。


「鏡って何」


 神代は答えない。


 代わりに。


 壁の文字を見る。


 忘れるな。


 その四文字を。


 まるで祈るみたいに見つめながら。


 静かに言った。


「お前は思い出し始めてる」


 その声には。


 恐怖が混じっていた。


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