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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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宿怨 その6 家族写真

現場の状況、積み重ねられた物証、断片的な証言。

それらを組み合わせることで、二つの事件を結ぶ”筋の通ったストーリー”が康太と捜査本部よって構築された。


高木は、多額の負債を抱え、せっかく手に入れたマンションを、手放すかどうか決断を迫られていた。そんなんとき、佐藤氏が即金で高級車を買った話を耳にした。しかも爺さんの一人暮らしと聞いた。


そこから導かれる結論は単純である。

あの家には、多額の現金がある。簡単に盗めそうだ。万一見つかっても容易に逃げられる。動機としては凡庸だが、高木にとって起死回生の二度とないチャンスに思えた。


当夜、佐藤家に侵入し、現金三百万円を盗んだ亀田は、飼い猫・寛太に引っ掻かれて逃走する。玄関は開いたままだった。

その直後、高木が佐藤家へ侵入する。

高木は、経験不足、或いは思い込みで、玄関が開いていることに気づかない。

結果、開いたドアにピッキングする無駄な行為が、鍵穴に痕跡を残した。 


佐藤氏と寛太は玄関の物音に気づく。プロの亀田と素人の高木の差である。

佐藤氏と寛太は、二階の寝室から階段を駆け下りる。

階段は玄関に向かって一直線に下っている。

結果として、急激な制御のできない動作になってしまう。

佐藤氏は体格に反して食が細く、慢性的な貧血状態にあった。

さらに長年の過度な飲酒と塩分の取り過ぎにより高血圧を患い、血管が脆くなっていた。加齢による皮膚の角化も進行していた。

結果、佐藤氏は足裏にかかる衝撃で皮下出血、貧血になり急性心不全を発症した。


侵入した高木に駆け下りた佐藤氏が激突する。

ほぼ同時に、寛太が飛び掛かった。強烈な唸り声が隣家に届く。

高木は半開きの玄関ドアに弾き飛ばされる。屋外へ投げ出され、後頭部を強打して失禁。ドアは自動的に閉じた。

玄関ホールには倒れた佐藤氏、玄関先では倒れた高木。

佐藤氏は回復せず、高木はやがて立ち上がる。

高木はその場を離れ、徒歩で帰路につく。しかしその時すでに、脳内では出血が始まっていた。

高木は発症した硬膜下血腫が進行して二日後に死亡した。


佐藤氏の死亡については、高木の住居侵入が原因とする傷害致死とされ、被疑者死亡で書類送検された。

一方、高木の死亡については事故死として処理された。 

そして亀田は、首都圏における未解決窃盗事件の関与を追及されることになる。


すべては、きれいに整合していた。




康太は大樹の自宅アパートを訪れ、事件の全容を伝えた。

そして最後に、わずかに言葉を選ぶようにして付け加える。

「一応……、筋は通っている」


大樹は濁りのない瞳を上げ、ゆっくりと頷いた。

康太は束の間視線を落とし、何事もなかったように顔を上げた。


(あのことだけは言うまい)




その週末、土曜の午後、アパートの前で由衣と大樹は落ち合った。


佐藤家の門前を通り過ぎたとき、大樹の脳裏に、玄関に飾られていた家族写真がよみがえる。満面の笑みを浮かべる佐藤夫婦と中高生の三人姉弟である。


唐突に大樹が口を開いた。

「佐藤さんの家の玄関に、三十年くらい昔の家族写真がありました」

「あ……」


足を止める由衣に、大樹は続ける。

「佐藤さんには息子さんがいるんですね」


由衣の表情が沈み、やがて静かに話し出した。

「息子さん、中二のとき、自宅で首吊って亡くなったの」

「えっ! なぜですか?」

「苛め」

短い言葉だが、その中身は実に凄惨だった。


「どんな苛めですか?」

「三人がかりで、トイレで便器に頭突っ込むとか、パンツ脱がせて写真撮るとか」

「……酷過ぎる」


「でね」

由衣の目が大きく開き、大樹を見据えた。

「首謀者、高木だったんだって」

大樹は声を裏返した。

「えぇぇー! これはまさに……、宿怨(しゅくえん)!?」

「それだけじゃないの」

「え?」

「佐藤さん遺体が発見された日、北区で車の正面衝突事故があったでしょ?」

「はい」

「あれ、人がフラフラ車道に出てきて、避けようとした車が対向車線に入ったのが原因だったよね」

「飛んだとばっちりです」


由衣は少し間を置いて続ける。

「飛び出たした人、修復したドライブレコーダーから高木って判ったんだって。お兄ちゃんが教えてくれた」

大樹は両目を丸くした。

「えーっ! 脳内出血が進行していたんですね」

「うん。で、その事故で死んだ二人、梶田と井川は、高木と一緒に虐めをしていた」

「はあっ!?」

大樹は開いた口が塞がらない。そして(うつむ)き、ゆっくりと首を振った。

「そんなことって……」


由衣は深く息を吐いて続けた。

「それね。兄が事件の顛末を話したら、母が教えてくれたの」

「お母さんが?」

「母は、佐藤さんの息子さんと高木たちが通っていた、浦和の中学校の国語教師だったの」

「へぇぇー、ご結婚されてこちらに?」

「うん、担任じゃなかったけど、気づいてればって今も悔やんでる」

「苛めは、隠れてやりますから」

「結局バレて、高木家に佐藤さんが怒鳴り込んだり、塀に落書きされたりして噂が広まった」

「でしょうね」

「高木一家はいたたまれず、千葉に引っ越した。佐藤さんちも、息子さんの思い出が詰まった家に住めなくなって、この家に移ったの」

「でも、あの家族写真。飾っていたら忘れようにも忘れられ……」

「子供を失った親が、三十年経っても前を向けないのは、当然だと思う」


高木は、自分が死に追いやった同級生の遺族の家とは、思いもよらなかったのだろう。佐藤という姓はあまりにも多い。そして高木は自らの最後に、かつての苛め仲間だった梶田と井川を道連れにした。

この驚くべき事実は、単なる偶然と片づけるより、因果の連鎖と見なす方がまだ納得がいく。




大樹の脳裏に、映像が流れた。

玄関で家族写真を見て凍り付く高木。

高木の姿を見て、血の気を引くどころか、顔面を紅潮させて全身を震わせる佐藤氏。(たと)えようもない怒りと憎しみが、そこにあった。


(これは記憶じゃなく構成されたもの。なぜこんなに鮮明に?)


もちろん、大樹は見ていない。断片的な情報から脳が勝手に組み上げてしまったのだ。初めて体験する現象である。大樹自身、自分の能力の全容を把握しているわけではない。むしろ把握していない方が多いかも知れない。


振り払うように、大樹は東の空を見上げる。視線の先にはつがいのキジバト。

「あ……、見てください。(わら)をくわえている。巣を作るんですね」

「例のキジバト夫婦ね。仲いいわねー」


キジバト夫婦の小さな営みが、やけに鮮明に映る。淀んでいた二人の心は、ゆっくりと冴え渡る。

そして、同時に同じようなことを思う。


(命は繋がってゆく)

(佐藤さん、お孫さんが四人いたっけ)




「そろそろ行きましょ、お兄ちゃんからたんまりもらったし」

「はい」

「西口のホテルの展望レストランなんかどう?」

「過分な気もしますが」

「そのあと、泊まっちゃおう。ダブルで」

「えっ!」

大樹の顔が一気に赤くなる。


由衣は耐えきれず吹き出した。

「アハハハハ、冗談よ」


二人の頬をかすめるように、春風が吹き抜ける。

その上空へ、二羽のキジバトが同時に飛び立った。


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