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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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三猿 その3 二匹のタヌキ

午後、一行は一件目の被害者、川谷氏の遺体発見現場、さいたま市大宮区の鴻沼川仁妙橋へ向かった。

「柿の実が大量に落ちています。食べかすも多い。発酵してアルコール臭が出てます。足をひきずったタヌキが茂みの中に隠れました」

現場を一巡した大樹が口を開き、米田刑事が素っ頓狂な声を上げた。

「はえぇぇぇー! また、タヌキかい!」




昨日のアルコールパッチテストが、大樹の頭をよぎる。

(タヌキがアルコールを取ると? ……あ、”酔っ払いタヌキ”の動画があった)


「あくまで可能性ですが、熟れ過ぎた柿を食べたタヌキが、酔いつぶれて寝てしまった。そこを犯人に踏まれ、脚を傷めたのかも知れません」

耳を傾けていた青山刑事が口を出した。

「ここで回収できたのは、飴の包装フィルムだけです。指紋もDNAも出ませんでした。タヌキから遺留物が見つかるかも知れません」

「うーん……、怪我がホシのせいとは言えんが」

米田刑事が思案顔をしていると、由衣が口を挟んだ。

「犯人は糖尿病かもね。激しい運動や興奮した後、低血糖になる恐れがあり、即効性のある飴を携帯していた」

「……それも根拠が薄いですなー」


しかし、青山刑事は諦めない。

「ともかく、あのタヌキを確保しませんか?」

「うーん……」

レオに目を移す米田刑事に、滝口巡査が声を掛けた。

「レオを心配してるなら大丈夫です。害獣駆除訓練を受けてますから」

「そうですかい!」

米田刑事が笑みを浮かべ、康太が大きく頷いた。

「よし、やろう」

「あそこにいます」

大樹が、黒い目が見え隠れする茂みの方へ指差す。

「レオ、タヌキを確保だ!」

滝口巡査の声が響き渡った。




ほどなくしてレオが、茂みの中に蹲(うずくま)っている狸に詰め寄り、前足を広げて逃走不可能な体勢を取る。脚の怪我のせいで逃げる気配はなく、滝口巡査は車に積んでいた捕獲網で絡め取り(からめとり)、用意していたケージに入れた。

状況が飲み込めないのか、狸は不思議そうに首を傾げた。


大樹が狸に顔を近づけ、指し示した。

「背中のこの辺りの皮膚が変にキレイです。他は、泥や柿の皮などで汚れています。オシッコかけられた可能性があります」

大樹は、鼻を狸の背に触れそうになるまで近づけた。

(甘い臭い。……柿? ……糖尿病患者のオシッコかも?)


「噛まれるから離れなさい!」

だが、由衣の声は、集中している大樹の耳には届かない。

青山刑事が肩に手を掛けた。

「福光さん、どうですか?」

「え! あ……、オシッコは糖尿病の人のかも知れません」

「班長! このタヌキを徹底的に調べましょう」

「うむ、了解した」

米田刑事は笑みをこぼし、康太が満足そうに何度も頷く。

しかし、由衣は肩をすくめた。

「タメグソの次はオシッコかよ」


大樹が、恐る恐る手を挙げた。

「あのー……、糖尿病患者はタヌキに噛まれたら、重度の敗血症なる可能性が高いです」

「そうですかい! なら病院を片っ端から当たれば……。うーん、だが……、タヌキは、”酔いつぶれた”、”負傷した”、”ションベン被った”、”噛みついた”、……何が何だか分からん」

米田刑事は難しそうな顔を見せ、青山刑事も首を捻る。

「状況が想像できないのですが?」

「これではどうですか? 気持よく寝ていたところを、オシッコをかけられて怒ったタヌキが、犯人に噛みつき、蹴飛ばされて負傷した」

「なるほど! どこを噛んだと考えられますか?」

「むろん、オチンチンです。……痛っ!」

さらりと言い切る大樹。由衣は、速攻で二の腕をつねる。

「なんでオチン……あ、そこなのっ!? 足首とかでしょ」

「でで、でも、出もとを攻撃するのでは?」

「理にかなってますな……」

口を挟んでくる米田刑事を、由衣は睨み付ける。

「そもそも噛んだかどうか分かんないし」

康太が苦笑しつつ幕引きした。

「”タヌキは噛んだか?”、”部位はチンコか?”、今ここで白黒つける必要はない。……イテッ!」

由衣は、無言で脚に蹴りを入れ、皆の笑い声が洩れた。




次に一行は、二件目の被害者、細川氏の遺体発見現場、さいたま市緑区、氷川女体神社近くの見沼用水路川縁に行った。

現場を一通り歩いた大樹が指刺した。

「あそこにタヌキがいました」

「なんともはや! またまた、タヌキかい!」

米田刑事がボカーンと口を開けた。


大樹は、視線を前方の一点に固定し、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

由衣は即座に察した。

(何か見つけたな。……けど、自信が持てない)


「大樹、間違ってもいいから」

「え、あの……、背中の毛に少し違和感を覚えました。茶色の毛に、黒い毛が絡まっているような」

康太が目を細め、大樹と同じ方向に視線を移す。

「ホシが落とした髪の毛が絡みついたかもな」

「かなり低い確率ですけど。殺害の瞬間を目撃し、危険を感じて死んだ振りをし、地面に転がったとか」

青山刑事が一歩踏み出して声を上げた。

「ここでは遺留物が一切見つかっていません。1パーセントでも望みがあれば、押さえるべきです」


「私に任せてください」

滝口巡査は即座にレオのリードを外し、奇しくも茂みからヒョイと顔を覗かせた狸を指差した。

「レオ、確保だ!」

「ステイ!」「マーク!」「サーチ!」「ストップ!」「バウ!」と、次々に指令が飛ぶ。

五分ほどで、レオは狸を神社の玉垣に追い詰めた。激しく吠え立てるレオに、逃げ場を失った狸は、動きを止め、腹を見せて横たわる。いわゆる”狸寝入り”を決め込んだ。


滝口巡査は素早く、捕獲網を被せて確保した。

「すけー! やったー!」

青山刑事が声を張り上げ、全員がレオと滝口巡査に拍手喝采を送った。

しかし、狸から鑑識が採取したのは毛髪ではなく、黒いナイロン糸だった。


「すみません」

大樹は頭を下げる。

だが、米田刑事は細かく手を振り、青山刑事も慌てて礼をした。

「いやいやいや、犯人の遺留物かも知れんぞ」

「そうですよ! ここからは何一つ見つからなかったんですから、感謝します」

狸を眺めながら康太は頬を緩める。

「他に何か見つかるかも知れん。こいつも連れて帰ろう」


「福光さんのおかげで今日は大収穫だな。一つでもホシに繋がれば、それでいい」

「はい。三件、全て解決です」

「同一犯とは限らんぞ」

喜色満面の米田刑事と青山刑事に対し、顔を引き締めて目線を上げる康太である。


確保した狸は止む負えず、脚を負傷したタヌキと同じケージに収容した。

しばらくは互いに威嚇し合っていたが、やがて様子は変わった。年齢が近いようで、負傷している個体はオス、この場で捕えた個体はメスで、警戒心は徐々に薄れ、大宮警察署に到着する頃には、互いに舐め合うまで仲睦まじくなった。

結局、二匹の狸は、県警で一時保護することになった。




その日の夕刻、自宅アパート、大樹は椅子にもたれたまま静かな寝息を立てている。一日中歩き回り、疲労が全身から滲み出ていた。

由衣は、美代子から大樹を夕飯に呼ぶように言われていた。 だが正直なところ、少し腹が立っている。

週明け提出するレポートを大樹に見てもらう予定だった。ヘアーサロンに行きたかった。読みかけの少女漫画の続きも気になっていた。

全部、大樹に付き合わされたせいで吹き飛んだ。


(そろそろ時間、起こさないと……でも、ただじゃ済まさない)


由衣は、大樹の隣に座ってもたれ掛かる。そして頬をチョコチョコつつく。

「んー……?」

大樹がゆっくり目を開けると、耳元でささやいた。

「ねえ、あたしのオッパイどうだった?」

「えっ!」

大樹の全身がピクッと跳ねた。

「だから、触った感じ?」

「ささ、触ってません!」

「誤魔化すの?」

「ほんとに記憶にありません!」

「しらを切るんだ。……ま、ともかく時間よ。みんな待ってるから」




高見沢家の食卓、並んだ料理を前にし、大樹は、ろくに箸を付けず、難しい顔をしていた。ときどき、首を傾げたり、視線を上に向けたりと、繰り返している。

その様子が可笑しく、由衣は吹き出した。

「クスッ……、冗談よ」

「え?」

「さっきの話。からかっただけ」

「ああ、さっきのオッパ……ん!」

由衣は慌てて大樹の口を塞いだ。


美代子が、すぐさま顔を向ける。

「大樹君、オッパって何? 」

「だから、あの芸人のギャグよね? ねえ、大樹」

由衣はとっさに誤魔化し、同時に大樹の太ももをつねった。

「痛っ……」

「ああ、アレね。近頃は耳にしないけどね」


だが、眞美は首を傾げた。

「由衣ちゃん、生まれてたっけ?」

「最近どこかで聞いたんです」

由衣は胸を撫で下ろした。

(危なかったー……)

康太だけが、 大樹が何を言いかけたのか気づき、苦笑した。




食後、由衣はコーヒー入れ、少し前かがみになって大樹に差し出した。

大樹はハッと息を飲み、静かに目を閉じた。

由衣はすぐに察した。

(あ、また映像再生してる)


数秒後、大樹の目がパッと開く。

「あった!」

即座に由衣が質した。

「大樹、何か見つけた?」

「茶髪がありました。二匹目のタヌキのお腹に」

「すご! 茶色の毛の中に」

(いつものことか……。でもなんで? あたしの胸見て)


グラスの氷がカランと音を立てる。 ニヤリと笑みを浮かべて康太は携帯を取り、ダイニングを出て行った。


「ねえ、さっきはなんで、あたしの胸を見て茶髪に気づいたの?」

由衣が問い詰めると、大樹は首を振った。

「べべ、別に。……単に閃(ひらめ)いただけです」

「ウソ! すぐ分かるんだから」


由衣は納得できず不満げに首を傾げる。

「あたし染めてないのに……」

眞美が「プッ」と吹き出し、テーブルの上の少女漫画を指差した。

「由衣ちゃん、これじゃない」

「え?」

「主人公、髪が茶色で胸が小さいでしょ」


由衣のこめかみに青筋が立ち、大樹の両頬をつまんだ。

「痛っ!」

「あたし、こんなに小さくないから!」

「でで、でも、統計的には……」

「まだ言う!」

由衣は、さらに力を込める。

「イテテテテ」

「アハハハハ」

美代子と眞美は声を上げて笑った。


宗一は状況を理解できず、不思議そうな顔をしている。

「由衣、何だか分からんが、その辺で許してやりなさい」


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