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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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32/42

山なみ その4 カツラ

捜査本部は、事件現場近辺の防犯カメラの確認、近隣住民からの目撃情報収集、加えて八王子ナンバーを手掛かりに、八王子から安曇野まで、防犯カメラに映る同一の人物・バイクの捜索と、可能な限りの人員を投入した。

元より、大館恵梨香の家族、友人・知人、仕事関係、引っ越し前後の近隣住民など、周辺人物のから聞き込み・洗い出しを継続して行っていた。

橋田和也は、大館さんに恨みを持つ可能性がある人物として挙がっていた。一方、和也以外の容疑者は一向に浮かび上がらなかった。



 

由衣と大樹と美穂は、民宿の食堂で、頼まれたわけでもないのに退屈しのぎに、枝豆の袋詰めをしていた。八王子駅の一件以来、外出は和也の両親と一緒に面会に行っただけ。観光を楽しむ気にはなれなかった。


目の前に並べた三十束ほどの枝豆。大樹は、あちこちから一つ一つもぎ取って袋詰めしている。豆の数、大きさ、状態など個々のさやを全て記憶し、可能な限り均等になるように配分しているようだ。


その様子を目にした由衣は呆れる。

(余計なことして。目利きをする人の楽しみを奪うの……)

一方、大樹は思い至る。

(容疑者を抽出できるかも)


大樹が、フイッと顔を上げる。

「防犯カメラの映像を見たい」

由衣が笑みを湛(たた)えた顔を、パッと起こして携帯を取った。

「お兄ちゃん、すぐ来て」




上田家の民宿の食堂、康太、由衣、大樹、美穂がテーブルを囲んでいる。

「お兄ちゃん、大樹が新宿駅、八王子駅、八王子駅周辺の防犯カメラの映像見たいって」

「お前らまだ、犯人は、”ぶつかりおじさん”だと考えてるのか?」

大樹がゆっくりと頷く。

「はい、その可能性は捨て切れません」

「懲りねーな―!」

由衣が意地悪そうにニッと白い歯を見せる。

「じゃあ、そっちはどうなのよ?」

「主に、バイクの目撃情報収集と防犯カメラの確認。周辺の恨みを持つ人物を洗っている。”かなり口が悪い”って橋田君の高校の同級生から聞いてるしな」

「それで?」

「からっきし、浮かび上がらん」


美穂が満を持したように声を上げた。

「和也は、大館さんを少しも恨んでません。彼女との思い出を楽しそうに話しました。成績が上がったとも言ってました」

「お兄ちゃん、他で彼女、口が悪いって話はあった?」

「今のところ、そんな話はないな」

「大館さん、相手に合わせて言葉選んでたんじゃない? 教師だったのよ」

「別の角度からも進めている。空き家の屋内から指紋、皮脂、繊維片などの痕跡が何一つ見つからんかった。意図的に消した可能性が高い。彼女の周辺でその辺の知識が深い者を洗っている」

「まだ見つかんないんでしょ?」

「今のところはな」

「やっぱり無関係な人、”ぶつかりおじさん”よ。新宿駅で大館さんに仕掛けて盛大に失敗した。衆目にさらされて逆恨みした」

康太は腕を組んでしばし考え込む。そして、大樹に顔を向けた。

「大樹君、できるか? かなり大変だぞ。特に新宿駅」

「できると思います」




四人は、捜査本部が置かれている松本署に向かった。

用意された複数のモニターに、新宿駅、八王子駅とその周辺、数多くの防犯カメラの映像が、同時に映し出される。大樹は、それらを最高速で再生する。

「ねえ、あんな数を、あんな速さで、全部一緒に見てるの?」

美穂が呆然として呟く。

由衣は頷いた。

「うん、全て記憶して頭の中で照合している」

やがて大樹の口が開く。

「新宿駅で中央線に乗り、八王子駅で降り、その後駅周辺で原付に乗ったハ十八人を特定しました」

人相からはもちろん、顔が見えなくても、服装、体格、歩き方などから大樹は判別できる。

八王子市内の他の駅、別の路線の新宿駅と八王子市内の駅については、成果が出なかった場合、後日、実施する予定た。大樹ならわけもない。


由衣が口を尖らせる。

「ハ十ハ人も! ……顔、並べて」

大樹は、データをパソコンに移し、上半身を切り取って並べて表示した。

由衣はしばし眺め、マウスカーソルで一人一人指し示す。

「この五人が怪しい」

康太が首を捻る。

「なぜだ?」

「顔が何となくムカつく」

「はあぁぁー」

康太はため息を吐くも、大樹は頷いた。

「当たりかも知れません。五人の中の一人は記憶に残ってます」

由衣からマウスを引き継ぎ、大樹はカーソルで示す。

「先日、八王子駅で、”ぶつかりおじさん”が逮捕されたとき、群衆の中、この男がバカにしたような感じでニヤついてました」

康太が覗き込む。

「……ん! こいつの左胸辺りを拡大してくれ」

「はい」

男の左胸部が拡大される。

「これは、確かあの会社……」

康太は、社章をスマホで撮って検索をした。そして大きく頷いた。

「よし! まずは、こいつに仕掛けよう。先は長いが第一歩だ」




翌日の午後六時、新宿駅構内、中央線下りホームに向かう人々を、柱の陰から観察していた大樹は、例の中年男を見つけてピタリと後ろに着いた。

視線をチラチラ飛ばしながら歩く男が、突然進路をやや右に逸らし、歩きスマホをしている女性に向かって直線的に動いた。


男が身体を固め、肩を突き出す姿勢を見せたとき、大樹は声を上げた。

「由衣!」

由衣は顔を伏せたままニッと笑み浮かべ、男が激突する間際にサッと避ける。男はうつ伏せで大の字になって二メートル程滑り、カツラが飛んで地肌が光る頭頂部が晒(さら)された。

「カッパみたい。ブッ!」

「ブブッ! そうね」

由衣と美穂が吹き出した。


間髪を入れず、由衣の後ろを歩いていた男が二人、男の両脇を抱えて立たせ、拘束した。

大樹はカツラを拾ってあちこち観察している。

「大樹、汚ならしいから返しなさい!」

由衣に叱られ、大樹は、渋々背後から男の頭に戻す。

もう一人の男が、拘束された男の正面に立った。

「暴行容疑で同行……ブッ! ヅラが後ろ前だ!」


映像から男の動線は特定されていた。大樹は男を尾行する。由衣と美穂は、互いに少し離れ、歩きスマホをする振りをして周囲に気を配る。二人の背後には、それぞれ捜査員が控え、康太は遠くから全員を見守る。

康太が策定し、事前に打ち合わせた通りの一連の動きだった。


逮捕された男は、五家(ごや)化学株式会社の社員、東京都八王子市在住、木沢仁幸(きざわよしゆき)、四十ハ歳だった。五家化学は総合化学製品メーカーで、中間製品の他、アルカリ電解水を主成分とする業務用・家庭用の噴霧式クリーナーなどの完成品も販売していた。




木沢の取調べが行われた。だが、木沢は「俺がやった証拠を出せ」、「女に突っかかったと言うが、足がもつれて転んだだけだ」などとほざき、大館さんの殺害容疑どころか、由衣にぶつかろうとした行為まで否認した。

由衣と大樹が特定しただけで、有力な証拠や目撃情報は皆無であり、予想されたことである。捜査本部は、木沢を一旦解放した。そして、残りのハ十七人に対し、由衣が選抜した四人から身元の特定を進めた。




上田家の食堂、由衣と美穂は浮かない顔を見せ合う。大樹は目を閉じ、寝ているか起きているか不明だ。

「あいつ、口を割らないってお兄ちゃんが言っていた」

「大樹君と由衣がせっかく探し出したのにね」 

「証拠がないからねー」


由衣がプリプリした顔を向けると、大樹はパッと目を開いた。

「事件現場に木沢のカツラが落ちている可能性が高いです」

二人は同時に目を輝かせ、大樹は言葉を足した。

「空き家の窓から見えた光は、カツラのない頭部からの反射光だと思います」

大樹は、木沢のカツラが不自然に新しいことに気づいていた。




由衣から連絡を受け、康太は即座に動いた。

現場周辺から下流に川の捜索が行われた。現場周辺は既に徹底的に捜索されており、唯一実施してなかったからだ。

結果、五十メートル程下流、葦に絡まった男性用カツラが発見された。

直ちに科捜研で分析が行われ、カツラに使用されている人毛以外の毛髪、さらに微量のアクリル樹脂と顔料が採取された。 

毛髪から検出したDNAが、木沢のものと判明。アクリル樹脂と顔料は、大館さんが使用していたマニュキュアの成分と一致した。また、空き家の窓下で採取した毛髪は、カツラに使用された人毛と成分が一致した。

”河童の川流れ”ならぬ”カツラの川流れ”、さすがに言い訳できず、木沢は落ちた。




木沢の供述は、歪んだ自尊心に満ちていた。

新宿駅で女にぶつかろうとしたが、うまくかわされ、勢い余って転がってしまった。カツラが取れて周りから嘲笑された。女は、さげすむような目を向け、「ヅラのキモオヤジ!」と吐き捨てられた。

腹が立って報復しようと女の後を着けた。立川駅で降りたので一緒に降り、アパートを突き止めた。


その後、アパートに行くと、引っ越し業者が女の部屋から荷物を運び出していた。そこで業者のトラックを、タクシーを拾って後を着け、引っ越し先を特定した。

何度か引っ越し先にバイクで行き、女が毎朝ジョギングに出ると知った。


その日、ジョギングコース近くの空家に侵入して、女を待った。正面から女に近づいて「俺を覚えてないか?」と質した。女は、「ヅラのキモオヤジが何の用?」と返した。


手をついて謝れば許してやったのに馬鹿な女だ。立ち去る振りをして踵を返し、助走をつけて女に体当たりした。その際、カツラをはぎ取られたが、女は勢いよく土手を転げ落ちた。カツラを探したが見つからず、遠くに人影が見えたので諦め、急いで空き家に戻った。


その後の様子を空き家から観察した。若い男が来て救急車に女は乗せられた。警察が男を聴取し、現場写真を撮っているのを見た。立ち去る途中、とぼとぼ歩く邪魔な犬を引っ掛けた。


木沢は最後に言ってのけた。

「年上の男に敬意を払わない若い女を、いつものように身体で教育してやっただけだ。まさか死ぬとは思わなかった」


木沢は、防犯カメラの死角で日常的に若い女性にぶつかる行為をしていた。それは、出退勤時の人混みの中だけではなかった。

早朝ジョギングする女性や夜遅く帰宅する女性にも行っていた。その際、ナイロン製の目出し帽、上下、手袋、足跡がつきにくい清掃用シューズを身に着け、さらにアルカリ電解水クリーナーを転倒した女性に吹きかけ、痕跡を残さない対策をしていた。当然、空家の退去時も同様な対策をした。

木沢には残りの生涯を掛けて償わなければならない厳罰が下るであろう。極め付けの”ぶつかりおじさん”も、奈落の底に流された。



 

三人が迎えに行って、和也は上田家へ戻った。

晴れて無実が証明された和也を祝って宴会になった。


和也は至って元気だった。

「いい経験になったし、拘留日数に応じて寝てるだけで保証金が出る。バイトより効率いい……イテテテテ」

美穂が頬を容赦なくつねり上げた。

「あたし達がどれだけ心配したか、あなたの為に大機君を始め、どれだけ頑張ったか、みっちり教えてあげる!」


由衣が、和也の前にスマホを差し出す。

「その一つがこれよ。カワイイでしょ」

画面には、女装した大樹。上田家の人達も後ろから覗く。

「え? 誰?……あーっ! マジで女の子かと……」

「アハハハハ」

気が付いて爆笑する和也と上田家の面々である。

「今すぐ消してくださいっ!」

顔を真っ赤にして、大樹が叫び立てた。




滞在が大幅に延びたが、長い間拘留された和也を癒すことも兼ね、上田家の厚意でさらに数日間延ばすことになった。

翌早朝、帰宅する康太が運転する車に由衣と大樹、美穂が運転する車に和也が乗り、二台は連なって事件現場に向かった。


花が供えられた事件現場に、新たに花を手向け、全員が手を合わせた。

「ありがとうございました」

微かに和也の声が聞こえ、美穂、由衣、大樹は、一斉に視線を向ける。和也の目は潤んでいた。

三人は解っていた。和也は、不定されればされる程、頑張る性格。しかも、冗談や激励と受け取って少しも恨みを持たない。大館恵梨香も、見抜いていたのだろう。


「助けられないですみません」

和也の小さな声に、美穂が小さく返す。

「和也はやれるだけやったの」


顔を上げると同時に全員が息を飲む。事件が解決したからこそ気づかされる絶景。

西方の山なみは、穂高岳、槍ヶ岳などの山頂が朝日を浴びて赤からオレンジに染まり、空は、青からオレンジ、赤、薄いピンクへとグラデーションを描いていた。


「あの山なみの彼方から、大館さんが見てる気がします」

大樹が呟き、由衣の目が微かに光る。

「きっとそうね」




二人は、夏野菜などお土産を山ほど抱えて、高見沢家の玄関を開けた。

「ただいまー」

真っ先に寛太が出迎え、「ニャオーン」と嬉しそうな鳴き声を上げる。二人は玄関ホールに野菜を置いて一息ついた。

続いて、美代子が現れて笑みをこぼす。

「お帰り、大変だったわね。お疲れ様。……あら、野菜がこんなに」

「お土産。美穂のお母さんから」

「さすが大規模農家さん。凄いわね。……お腹すいてるでしょ。何か食べる?」

「うん」

由衣は、ボーッと突っ立っている大樹の手を引いた。

「お邪魔します」


廊下の行き止まりに大きな段ボール箱が、何個も積まれていた。

「何これ?」

由衣の問いに、美代子は一言返す。

「ネコ缶」

「えーっ! こんなにたくさん買ってどうすんの?」

「買ったんじゃないの」


寛太の強烈な唸り声が目撃者を生む。人相・風体から容疑者が浮かぶ。ペットボトルに残った尿から検出したDNAが容疑者のものと一致。被害者の衣服に付着した尿から検出したDNAも一致。容疑者逮捕。唸り声の主は、高見沢家の飼い猫だと捜査員達に知れ渡る。飼い猫の功績と知った被害者達、怖くて自由に外出できなかった女性らも、お礼にとネコ缶を警察に託す。以上の経緯である。

犯人は、二十九歳の男性、上場企業社員だった。


「寛太、大活躍じゃん」

犯人の顔がテレビに映し出され、由衣は声を弾ませた。

だが大樹は、なぜか浮かない顔だ。

「この男はいなかった」

「ん! どういうこと?」

「岩崎の後ろにいた人達の中に」

由衣の背筋に緊張が走る。

(誰を探してるの? ……まさかね)


ダイニングで食事中、美代子の悲鳴が響き、二人は急ぎ廊下に出た。

由衣は「ブッ」と吹き出し、大樹は口をポカンと開けて立ち竦む。

美代子の顔が、ネコ缶の中身だらけになっていた。

好みにひったり合い、寛太は待ち切れず、皿に盛ろうとしている美代子に飛び掛かったのである。


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