山なみ その3 女装
空家から逃走したかも知れないバイクを目撃した子供がいると、康太から捜査本部に伝わった。
ナンバープレートは白地に緑の三角があったとの子供の証言から、バイクは50CC、緑の三角は高野山と思われ、バイクは八王子ナンバーの可能性が高い。
そのようなバイクが安曇野周辺を走っているのは稀だ。捜査員らは色めき立った。急ぎ防犯カメラの確認と目撃情報の収集を進めた。だが、三日経過するが、有力な情報は得られなかった。
民宿の食堂、由衣が唐突に口を開いた。
「もしかしたらさ。犯人は、”ぶつかりおじさん”かも」
大樹は大きく首を傾げた。
「それは何ですか?」
「駅の中とか、人混みでわざとぶつかってくる中年男。若くて小柄な女性を狙う」
美穂が不満げに口を出した。
「でも、朝早く土手道で起きた事件よ。人なんてほとんどいないじゃん」
「目撃されにくいのは一緒よ」
「今、聞いた限り、”ぶつかりおじさん”は、体格や体力にコンプレックスを持ち、自分より弱い者を制して満足感を得る人物だと思います」
「うん、きっとそうね。それに、若い女性は自分に敬意を払うのが当然と思っている”おじさん”は多い」
美穂が苦笑しながら口を挟む。
「確かにね。農協の”おじさん”がそうだった。あたしとお姉ちゃんにだけ、ぶっきらぼうな口をきいてた」
「そういう人は恨みに捕らわれやすいかも……」
由衣の目がキラリと輝いた。
「そっか! 新宿駅で大館さんに仕掛けたけど、うまくかされ、”ぶつかりおじさん”は転がった。痛烈に嘲笑された上に、周りの人達にも笑われて逆恨みした」
「由衣の毒舌並みに……痛っ!」
口を挟んでくる大樹の頬を、由衣は素早くつねった。
吹き出しそうになるも、大胆過ぎる予測に美穂は首を傾げる。
「そ、それって飛躍し過ぎじゃない?」
「僕も着なきゃダメですか?」
「うん、昨日は美穂がやってダメだった」
由衣は当然のように言った。
「お兄ちゃんによると、大館さんは百六十五センチ、美穂は百六十一センチ、次は大館さんより大きい女性を狙うんじゃない。より充足感を得るためにさ」
「なら、今日は由衣もやるんだから、それでいいでしょ」
「”ぶつかりおじさん”は、大男かも知れないし」
「でも、ここは新宿駅より人がずっと少ないから、やらないと思う」
「新宿駅じゃ広過ぎて場所の見当もつかない、ここだって二人じゃ足りないんだから」
八王子駅の構内で、由衣と大樹は、着るの着ないのと押し問答をしている。由衣が手にしているのは、美穂が、大柄な兄嫁さんから借りたド派手なムームー。それを大樹に着せようとしているのだ。
康太から情報を聞き出した由衣は、”ぶつかりおじさん”は八王子在住と踏み、罠を仕掛けようと思い付いた。
帰宅時、乗客は高尾方面の3・4番ホームで降り、流れに乗って階段かエスカレーターを使って改札へ向かう。歩きスマホの振りをしながら流れに逆らわず、端を逆方向に進めば、”ぶつかりおじさん”は突っかかってくるだろう。ぶつかってくると覚悟を決めていれば、かわすのは容易だ。
昨日は、一番大きな流れで、美穂を囮にし、由衣が撮影、大樹が美穂の保護、余裕があれば、”ぶつかりおじさん”を確保する布陣だった。しかし、”ぶつかりおじさん”は現れなかった。
今日は、撮影も確保も諦め、三人がそれぞれ別の流れで仕掛け、しっかり顔を覚えるプランに変更した。
「そろそろ時間よ。そこの多目的トイレで着替えて」
由衣は、ムームーと靴が入った紙袋を大樹に押し付けた。
しばらくしてトイレから出て来た大樹に、由衣はリボンのついた麦わら帽子を被せた。
次の瞬間、由衣と美穂は同時に声を上げた。
「カワイイー!」
美穂がまじまじと眺める。
「ムームーだから体の線は出ないし、脚はうぶ毛だし、ヒマワリの柄が目立ってペッタンコの靴、そんなに大きく見えない。近頃、背の高い女性は珍しくないし」
由衣は満足そうに頷いた。
「うん、思った通り」
大樹は、ふくれっ面を下に向け、しきりに裾を引っ張っていた。
「キャハハハ! 裾からトランクスが見えるじゃん」
美穂が突っ込み、由衣は文句をつけた。
「そんなの履いてきちゃダメでしょっ!」
美穂が、由衣の腰に目を落とし、ふいにニヤついた顔を上げた。
「由衣、ショーツ脱いで貸してあげなよ」
「イヤです!」
由衣と大樹の声が重なった。
帰宅時間のピークを迎え、改札に向かう人の流れが出来た。三人が打ち合わせた通りに、それぞれ別の流れで仕掛ける。予想に反して美穂に小柄な男が突進してきた。美穂が素早くかわすと、男はたたらを踏んだ。そこへ四人の大柄な男が一斉に取り囲んだ。
騒ぎに気づいた由衣と大樹は、人垣を掻き分けて現場に向かう。
両脇を拘束された男の正面ぶ立った男が、低い声を発した。
「暴行容疑で逮捕します」
「やべっ!」
由衣が思わず洩らした。
拘束された男の背後に立っていたのは康太だった。
”ぶつかりおじさん”は康太のプロファイリングで挙がった候補の一つだった。由衣が大館さんの身長を聞いてきた時点で、康太は由衣らの企みを察した。
昨日、三人で出かけた際、長野県警の捜査員を尾行につけた。松本駅で乗車して八王子駅で下車。駅の外に出ずに構内をうろついているとの報告を受け、康太は罠を仕掛けていると確信した。
今日も三人が出かけたので、八王子駅に長野県警の捜査員らと急行した。さらに警視庁に協力を依頼し、八王子駅周辺の警戒に当たらせたのである。
三人は警察車両に乗せられて、松本に向かった。
「勝手なことするな! バカたれ!」
松本署の一室で、康太は大声で叱責した。
「お兄ちゃん、何であそこにいたのよ」
由衣が食って掛かると、康太は苦笑した。
「……俺を誰だと思ってる。お前らの魂胆ぐらい、とっくにお見通しだ」
「でも、犯人を捕まえられたじゃん」
「奴は違う。ただの”ぶつかりおじさん”だ」
由衣と美穂は顔を見合わせ、ため息を吐いた。
男には逮捕歴があった。昨年、東京駅で二十二歳の女性にわざとぶつかり、転倒させて右腕に全治一週間の怪我を負わせた。周囲の人達に取り押さえられ、駆け付けた警察官に現行犯逮捕された。
男は被害者に謝罪し、治療費と慰謝料を支払うことで示談が成立した。初犯でもあり、不起訴処分になった。事件当日は、定時に会社に出勤しており、アリバイは完璧だった。
大樹がムームーの両肩紐をチョコチョコ引っ張りながら、康太を見上げた。
「あのー……、これ脱いでいいですかー?」
康太は真顔で首を振る。
「いや、これから写真を撮って捜査記録に載せるからダメだ」
「えぇぇーっ!」
「ブブーッ!」
泣きそうな顔になった大樹を見て、同席していた刑事が吹き出した。
もちろん冗談である。康太もなかなか人が悪い。




