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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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宿怨 その3 事情聴取

二日後、康太から夜八時に埼玉県警の刑事が事情聴取の為、大樹のアパートに来るとの連絡があった。


その十分前、大機はテーブルに着いてガチガチに固まっていた。

由衣は思わず笑った。

「大丈夫よ。お兄ちゃんは来られないけど、あたしがいるし」

「お願いします」

「大樹は、凄い能力持ってるけど、まだガキだからね」

「えっ!」


大樹は、即座にうなだれて肩を落とす。

由衣は、親しくなるほど遠慮なく切り込んでしまう。


(ヤバッ! こんなに落ち込むとは……)


由衣は慌てて手を振った

「大丈夫、大丈夫。そういうのは慣れだから」

「慣れですか?」

「うん。人付き合いの経験値が足りないだけ」


由衣は自信ありげに笑みを浮かべる。

「あたしが鍛えてあげる」

「嫌な予感がします」

「気のせいよ」


(この人、人との接触が少なかっただけ。ちゃんと経験を積めば、すぐ普通になる)


しかし、それは簡単な話ではなかった。由衣はまだ大樹という人間の半分も理解できていなかったのである。





時間通りに埼玉県警の刑事、米田警部補と青山巡査長がアパートを訪れた。

米田刑事は五十歳前後で、くたびれたスーツに、どこか抜けたような風貌。だが、目だけは意外に濁っていない。

青山刑事は二十代後半で、姿勢がよく大人しそう。まだ何色にも染まってない、駆け出しの刑事のようである。


席に着くなり、米田刑事は大樹に鋭い視線を送った。

「君はサイパン症だってな?」


米田刑事の開口一番に、空気が固まる。

大樹の目は泳ぎ、首が少し傾ぐ。懸命に意味を理解しようとしている。一見そう見えるが、定かではない。


米田刑事は平然と質問を重ねた。

「サイパン島の風土病か? 伝染する? うちの娘が友達と行くって言っててな」


(本気で言ってる)


同席する由衣は、あまりの頓珍漢な言いっぷりに我慢できず、割って入った。

「刑事さん、サイパン症じゃなくてサヴァン症候群です」


そのヘンテコな病名は、康太から捜査一課長、係長、米田刑事へと連絡が回るうちに、伝言ゲームの如く変容したようである。


だが米田刑事は気にした様子もない。

「まあ、呼び名はどうでもいいから、どんな症状なんだい?」

「だから、伝染病じゃなくて、病気ですらないんです」


米田刑事の口元が緩んだ。

「ほうー、そりゃ一安心だ」

「刑事さんは、バラバラに落ちたつま楊枝(ようじ)を一目見て本数を言い当て、カジノでディーラーが出したカードを全て覚えてしまう男を描いた、アメリカ映画見たことあります?」

「おー、見た見た! あの俳優なんと言ったけ? そうそう、ダスチン・モップマンだ」


「ブッ!」

あまりにも酷い言い間違え。由衣と青山刑事が同時に吹き出した。


「彼は、その俳優さんが演じる人物と同じような能力を持っているんです」


青山刑事は黙って何度も頷く、

米田刑事は破顔した。

「そうか! 係長の奴、訳のわからんこと言っていたが、今、やっとわかった」

「でも彼は、自閉症じゃないので誤解しないでくださいね」

「うんうん」


米田刑事は大樹に顔を向けて、笑みをこぼす。

「しかしまあ、驚いたよ! あの鍵穴、ノブ外して科捜研に回したら、奥に小さな新しいキズがあった。足裏も、角質が厚くて検死で見落としたが、司法解剖で皮下出血が確認できた」


科捜研の検証と司法解剖の結果、佐藤家への侵入者の存在が明らかになり、佐藤氏死亡の関与も疑われ、捜査本部が立ち上がった。見える大樹と、彼を誰よりも理解している由衣。この二人が見逃されていた事件を白日の下に(さら)したのである。


由衣は目を丸くして隣に座る大樹を顔を向けた。

「凄い! 大樹の言った通り……ん!?」


大樹はボーッと口を半開きにし、顔を斜め上に向けて目を閉じていた。


(……寝てる?)


だがよく見ると、呼吸は浅く、規則的で、まぶたが僅かにに動いている。

由衣は思わず苦笑し、起こそうとして伸ばした手を引っ込めた。

(違う。これ……、何か考えてる? 後で聞いてみよう)


米田刑事はニンマリしながら、二人の様子を観察していた。

(希に見る美男・美女)


米田刑事は直ぐに見抜いた。二人は付き合い始めたばかり。相思相愛。二人とも頭は切れる。男は前に出ないタイプ。女は出しゃばり。男は遅かれ早かれ尻に敷かれる。

経験豊富な刑事だけに人を見る目は確かなものがあった。だが、最後だけは的外れである。たとえ将来そう見えるようになっても、大樹本人はそのような自覚は絶対に持たない。


ともあれ米田刑事は自分と重ねてしまったのか、打ち消すかのように顔を引き締めた。

「ところで、佐藤さん、ご近所とトラブルを抱えていたとか、何か知らないかい?」


由衣が答えようとしたとき、呼び鈴が鳴った。

目を開いた大樹が玄関に行ってドアを開けると、女性のかん高い声が響いた。


「あらっ! カワイイー」 


由衣は慌てて玄関に飛んで行った。

「お母さん、失礼でしょっ! 大機君はもう大人よ。オバ……」

(オバンから見れば子供でしょうけど)


由衣は出かかった言葉を危ういところで飲み込んだ。後が怖いからだ。父親と二人の兄を手玉に取る由衣も、母親は苦手である。


「ご免なさい。つい……。由衣の母です。娘がいつもお世話になっています。これ、手作りのチーズケーキ。お口に合えばいいけど」


由衣の母親・高見沢美代子(たかみざわみよこ)・五十三歳は、年齢を感じさせない明るく美しい女性で、いわゆる美魔女である。美代子はさいたま市内の公立中学校の教頭を務めている。


「お母さん、何で来たのよ!?」

「いいでしょ。事情聴取って一度、経験したかったの」

「まったく、何かと首を突っ込みたがる悪い癖!」

「それは、あなたも同じ。刑事さんは大樹君の話を聞きに来たんでしょ」

「まあ、いいわ。お母さんにちょうどいい話になったし」


大樹は、チーズケーキを受け取る。

「ありがとうございます」


由衣は、美代子を中に通した。

「刑事さん、あたしの母です」




美代子は佐藤氏についてよく知っていた。

「佐藤さん、ご近所と揉め事なんかなかったですよ。大酒飲みでね。イカの塩辛なんか塩辛いものばかり買ってました。奥さんが一昨年ガンで亡くなってからは、好き放題でした」


米田刑事がポツリと洩らす。

「うらやましいなー」

「娘さんが二人いて、千葉と横浜に住んでます、交互に様子を見に来てるけど、長女が家を売って一緒に住もうと言っても、頑として受け付けないってぼやいてました」


こういった調子で美代子は喋りまくり、米田刑事はときどき口を挟み、青山刑事は黙々とメモを取り続けた。


帰り際に青山刑事が玄関先で頭を下げた。

「どうもありがとうございました」

「刑事さん、初めてお声を聞きました」

由衣はニッと意地悪そうな笑みをこぼす。

米田刑事は青山刑事の額を軽く小突く。

「お前、そんなこっちゃ、一人前になれんぞ」




米田刑事らと母親が出て行った後、由衣は大樹を問い質した。

「ねえ、さっき目つぶってたけど、何してたの?」

「……い、居眠りです」

「プッ」

口元をピクピクさせる大樹を目にし、由衣は吹き出した。


(分かりやす過ぎ)

(変な目で見られるから言いたくないんだろうけど、あたしには通用しないから)


「もう一度聞くね。何してたの?」


由衣の強い目線に大樹は観念した。

「残像を見てました。……佐藤さんちの玄関を再生してました」

「再生って……。見た光景を映像で覚えてるの?」

「え?……」

「カメラみたいに?」

「再生はできます。コピーはできません」

「コピー?」

「他の人に見せるとか、そういうのはできないです」

「映像は、いつまで記憶に残っているの?」

「ひと月くらいは普通に……。きっかけがあれば十年前でも……」

あくまで機能として説明する口調である。


由衣は、しばらく大樹を見つめる。

「もしかして、それ、普通のことだと思ってる?」

「違うんですか?」

即答である。迷いがまるでない。


「普通は、できないわよ。そんなふうに“再生”なんて」

「え……、どうしてですか?」


本気で分かっていない顔に、由衣は言葉に詰まる。

「……どうしてって言われても、そういうものだから、としか……。それ、多分ね。大樹君の能力」

「能力……。そうですか」

納得したというより、そういう”考え方もあるのか”と受け取っただけの反応である。


「ねえ、何か気になったものあったら描いてよ」

「……と、特に無いです」

(正面の階段とあの写真……、描いたところで何の役に……)


「そう」

(やっぱり何か隠してる……。しかも隠してる自覚が薄い)


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